第35話 一矢報いる為に
「ここら辺でいいか」
俺は、とあるビルの屋上で持っていたアタッシュケースを下ろしながら呟いた。
「さて、それじゃあ何処に撃ち込もうかね」
あんまり都庁に近すぎると二人が侵入しにくいし、かといって遠すぎると陽動にならない。
さらに都庁の周りは高層ビルが多い。
万が一、倒壊して二人や捕まっている人を巻き込んだら笑えない。
「うーん・・・」
少し悩んだ末、俺は道路に弾を撃ち込む事にした。
撃ち込むのに丁度良さそうなポイントを探す為、ビルの端へ移動し、そして自分の"能力"である『目が良くなる能力』を使った。
すると周囲の風景が、まるでレンズを通したかのように良く見える。
そのまま良さそうな場所を探していくと、ある道路が目についた。
見張りもいて警備も厳重そうで、程よく都庁から離れている。
あそこに撃ち込めば、混乱も大きいだろう。
俺は、ビルの端にアタッシュケースを持ってくると鍵を開けて、中に入っている84mm無反動砲を取り出す。
軽く点検してみるがこれといった不具合はない。
発射に支障は無さそうだ。
そのまま弾を込める。
そして、俺はその作業中、何故自分がこうしているのかを思い出していた。
この事態になった時、俺は所属していた部隊の仲間と共に、永田町で国会議事堂の警護を命じられていた。
そこへライオウがやって来た。
俺達は直ぐに交戦を始め、多数の銃弾が奴を直撃した。
しかし、それだけの攻撃を受けても奴は無傷だった。
その後、奴の身体から閃光が迸り、焼けるような熱気と雷のような轟音が鳴り響いた。
俺は、反応すら出来なかった。
本来、あそこで焼け死んでる筈だった。
だが、たまたま後方にいたのと攻撃が届く前に、部隊の仲間の一人だった中原という男が俺を建物の陰へと突き飛ばした。
目が眩むほどの閃光が俺以外の部隊の仲間を包み、そして・・・
次に目を開けた時には、周囲は焼け野原だった。
俺は建物の陰に隠れて雷を避けられたが、直撃を受けた俺以外の部隊の仲間は、判別も出来ないほど黒焦げになっていた。
助けてくれた中原の遺体も分からなかった。
仲間の死に理解が追いつかない俺を余所に、その屍の山を悠々と踏み越えてライオウは国会議事堂へと入って行った。
生き残った俺など、奴の眼中にはなかった。
そして俺も奴に対する怒りとか、憎しみとかそんなものは湧いてこなかった。
あの時の俺は・・・ただただ死にたくなかった。
自衛隊としての任務も、黒焦げになった仲間の遺体も、全部捨てて無様に逃げ出した。
そんな俺の背後で、また閃光が迸った。
雷の落ちる音がして走りながら振り返ると、国会議事堂が瓦礫の山と化していた。
俺はそれに立ち止まる事なく必死で逃げた。
東京から逃げる人の波に乗って逃げ続けた。
そして、ようやく外に出られる寸前になって、何故か・・・足が止まってしまった。
思い返したのは、黒焦げになった部隊の仲間の事だった。
一人は最近になって母親が再婚していた。
ソイツはいきなり新しく出来た父親との関係に悩んでいた。
別の奴は、レンジャー資格を取ることに熱意を燃やしていて、毎日頑張っていた。
そして、俺を助けてくれた中原には嫁さんと小さい娘さんがいて、よく三人で撮った写真を見せてきていた。
生きていれば中原に言ってやりたい。
嫁と子どもを残して死んでんじゃねぇ!と。
「・・・」
俺は、ライオウを憎んでいる訳じゃない。
奴を恨むつもりもない。
ただ・・・
ただ、どんな方法でもいいから奴に一矢報いたい。
それだけだ。
俺は無反動砲を担ぎ上げ、照準器を覗き込み照準を合わせる。
自分の"能力"も使ってより正確に狙いを定める。
絶対に外しはしない。
このチャンス無駄にはしない。
あの二人が目的を達するまでは、連中の注意は出来る限りこっちに引き付けてやる。
修造さんは、とても頼りになる人だ。
元猟師らしく勘が良い。
見張りの隙間を縫って自力で東京に侵入してきた。
それに、とても高齢の老人とは思えない動きをする。
多分、身体能力を上げる"能力"なんだろう。
孫の方は、ブッ飛んでいる。
銃を眼前に突きつけても、頭突きをかまして形成逆転を図ってきた。
銃弾が耳を抉っても意に介さず、ナイフで刺し殺そうとしてきた。
アレは、痛みも死もまるで恐れていない。
間違いなく長生きなんて出来ないだろう。
だが、この変わってしまった世界では、そんな狂人にこそ道は拓かれる。
そう信じたい。
「頑張れよ・・・鈴斗」
俺はここにはいない男に向かって呟くと、指先に力を入れて引き金を引いた。
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