第29話 出会ったのは

 首都高を徒歩で移動しながら多摩川を越えれそうな場所を探していく。


 しかし、


(ここも駄目か・・・)


 双眼鏡で川に架かっている橋を調べていたが、どの橋にも炎の光源があって、見張りのような人影もある。


 さらに検問所のつもりなのか、乗り捨てられた車でバリケードまで築かれていた。


 守りはかなり固そうで、まだ薄暗いとは言え、あのバリケードを気付かれないよう通り抜けるのは厳しい。


 かといって警備の薄い箇所なんて探していると夜が明けてしまうし、多摩川は山梨県まで続いているから地続きの場所から都内に入るのも現実的に無理だ。


 こうなると必然的に川を泳いで渡るしかないのだがそれにも問題があった。


(そりゃ当然対岸にも置いてるよな、見張り・・・)


 双眼鏡を使わなくても向こう側の川岸に光源がちらついているのが分かる。

 きっと川を渡って侵入する者がいないか警戒しているのだろう。


 アレに気付かれないよう川を渡る自信は、正直ない。


 何か陽動になるものがあれば良いのだが、そんな便利な物も、使える"能力"も俺にはない。


 ただそれでも諦める訳にはいかない。

 ここを越えない限り、先には進めないのだから。


 俺は橋を渡るのを諦め、隠れながら川の土手へと向かった。


 到着すると濡れたら困るマッチや薬は真空パックに詰めて密封する。


 泳ぎ易いように服も脱いで下着だけになり、脱いだ服は畳んで小さくしてバックへとしまう。


 そして浮きとして作ったペットボトルを出し、それにしがみつきながら静かに川の中へ入った。


 俺は出来るだけ音を立てないように手で水を掻いて川を泳ぐ。


 作戦らしい作戦がある訳じゃないが、泳ぎ切ったら茂みに身を隠して、見張りを始末するか避けて進むつもりだった。


 だが川の中ほどに差し掛かった辺りで、ドンと重たい金属音が周囲に響き渡った。


「っ!」


 まさか、バレたのか?

 そう思って身構えたが、どうやら違うようだった。


 音がした後、通るのを断念した橋の方から誰かが叫ぶ声と怒声が響いてくる。

 それを聞いた対岸の見張りが浮き足立ち、動揺によって隙が生まれた。


 理由は分からないが、これはまたとないチャンスだ。


 俺は混乱に乗じて川を渡りきり、そして茂みに身を隠した。


 服を着てさらに様子を伺う。


 そうしているとまたドンという重い金属音が響き、橋から声が上がる。


 こうなると混乱は顕著で、持ち場を離れて橋へと向かう見張りまでいた。


 厳重だった警戒態勢に穴が空く。


 俺はその穴を駆け抜けて、一気に川の土手を越え都内に入る。


 そして民家とマンションを隔てる小さな道路に出た。


 やったぞ。

 俺はようやく戻ってきたぞ。


 東京ここに。


 小さな達成感が胸に広がる。


 だがそれに浸る余裕もなく、川を渡り都内に入った事で油断していた俺は、誰かに首根っこを掴まれて地面に叩きつけられた。


「ぐがっ・・・!」


 倒された衝撃で持っていたクロスボウを手から落としてしまう。


 すぐに起き上がろうとするが、そんな俺を制するように、眼前に黒く長い銃が突きつけられた。



 駄目だ、避けられない。


 この距離では外す事にも期待出来ない。


 奴らからしたら"能力"のない俺を生かしておく必要もない。


 つまり、


(まさか・・・ここで終わり?ここまで来て、こんなんで終わるのか?)


 俺は・・・


 結局・・・


 何も出来ずに・・・




 ――ふざけるな。


 ――何を諦めてやがる。


 ――俺はアイツらの元に辿り着くんだ。


 ――こんなとこで終わる訳にはいかないんだ。



「ああっ!」


「むっ・・・!」


 突きつけられていた銃口を額で思いっきり叩く。


 襲撃してきた者は、まさか俺がそんな行動に出ると思っていなかったのか、かなりのけ反った。


 その反動で引き金が引かれ、ドンという音と共に発射された銃弾が俺の頬を掠めて耳を抉り、コンクリートの地面を跳ねた。


 耳から痛みが走って、血が首元を伝う感触がする。


 だがまだ手も足も動く。


 俺はまだ死んでない。


 何も問題ない。


 そのまま起き上がり銃の間合いの内側に入ると、襲撃してきた者の腰に抱きついて今度は俺が地面に引き倒す。


 そして上にのし掛かった俺は、ポーチからナイフを引き出して、襲撃してきた者の顔面に振り下ろした。


 襲撃してきた者は咄嗟に持っていた銃でそのナイフをガードしたが、態勢は俺が圧倒的に有利だ。


 そのまま顔にナイフを押し込もうと満身の力を込める。


「ぐくっ・・・!」


「っ!こいつ・・・!」


 ジリジリとナイフの刃先が襲撃してきた者の顔面に迫る。


 もう少しだ。


 もう少しで・・・



 結衣。


 真司。


 怜。


 若菜。


 待っててくれ。

 こいつを殺して必ずお前達に辿り着くから。


 今度こそ逃げない、何かはしてみせる。


 だから・・・生きて・・・



 ガンッ!


「がっ!」


 だがもう少しといういう所で頭の後ろに強い衝撃が走った。


 目の前で火花が散る。

 意思に反して身体が動かなくなる。


 そして意識を失う直前、話し声が聞こえてきた。


「――夫か。平――?」


「ええ、なん――・・・ありがとうございます。修造――。危なかった――、とんでもねぇ、ガキ――。殺した方が――」


「い、いや、ちょっと待ってくれ・・・!こいつは俺の――。何でここに――」


 片方の声は初めて聞く声だったが、もう片方の声には聞き覚えがあった。


 この声は・・・


 だが何か言葉を発する事も出来ず、俺の意識は完全に失くなった。




*次は日曜日投稿を予定してますが、場合によっては週明けになります。


よろしくお願いします。

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