第27話 闇の中へ

 大破した車や、逃げた人が残していった物を避けながら橋の上を進む。


 やがてトンネルに出入りする際に通る事になる人工島が見えてきた。


 島の中には休憩施設や売店、レストランがあり、展望台もあって、少し休むには最適だ。


 勿論、誰もいないのが前提だが。


 俺は島に入る前に自転車から降りるとバッグからクロスボウを出し、紐を着けて肩に掛けた。


 作った刃も手に持って、空いた枠に貰った松明と灯油のボトルを押し込む。

 そうして島の中に乗り込んだ。


 内部はかなり荒らされており、人の気配はなく、レストランや売店には僅かな水と腐った食品しか残っていなかった。


 俺はレストランを後にして上の展望台へと向かう。


 ついた展望台で東京側を向き、双眼鏡で様子を確認してみる。


 どうやら東京を代表する二つのタワーは無傷で残っているみたいだ。

 あそこら辺がライオウの本拠地と言ってたから破壊されずに残っているのだろう。


 そしてそれよりも先、埼玉県との県境の辺りだろうか、そこからは黒い煙が立ち上っている。


 流石に何が起こっているのか詳細を確認するのは不可能だったが、状況からしてライオウは埼玉県側に勢力を拡大しようとしているみたいだ。


(これは、もしかしてチャンスか?)


 さっきの男性は、ライオウ達は東京一帯を抑えつつあり、捕らえられた人間は、M区、SN区の建物の中に押し込められていると言っていた。


 もしライオウ達にそのまま東京都内に籠られていたら、そこまでたどり着くのは困難だったろう。


 だが、他県にまで侵略を開始しているなら、俺一人が潜り込む余地はあるかもしれない。


 双眼鏡を下ろした俺は、建物内に戻ると売店に置いてあった地図帳を広げ、行き先を確認する。


(トンネルを抜けるとKW市だ。そこからM区、SN区へ行くには多摩川を越えないといけない。もし橋が封鎖されてたら川を泳いで行かないとか・・・)


 そう思った俺は、売店の中にある空のペットボトルを何本か集め、形を揃えてロープで結んだ。


 少々不安だが川を泳ぐ際に使う、だ。

 さらに濡らしたくない物の為に真空パックも頂いておく。


 そこまで準備して、ふと俺は自分が大分疲れている事に気づいた。


 思い返してみると、今朝彩記ちゃんから話を聞いた後動きっぱなしだ。

 まだトンネルも抜けてないのに、こんな所で疲れている場合じゃない。


 抜けた先がゴールじゃないんだ。


 そこからさらに川を超え、区を超え、アイツらを探し出さないといけない。


 俺は作業を止め道具を片付けると、良さそうな車を見つけてその中で休む事にした。


 念のためガラスを車の周辺にばら蒔いておく。

 もし誰かが通ったら音で気づくだろう。


 後部座席を倒し、広いスペースを作ると荷物を置いた。

 身体を冷やさないよう売店から持ってきた新聞紙を敷いて横になる。


 眠れなかったら会長から貰った薬を使おうと思っていたが、想像以上に疲れていたのかあっという間に意識がなくなった。


 ◆◆◆


 幼稚園ぐらいの時だろうか。


 まだ幼い俺が結衣と二人で砂場で遊んでいるといきなり声が掛けられた。


『おい、お前!』


『は?』


 俺は声のした方に顔を向ける。

 そこには絆創膏を張った野性的な少年が立っていた。


 その後ろでは人形みたいに可愛い少女と、切れ長の目をした少年が、残念なものを見る目で少年を見つめている。


 顔を向けた俺に少年が言った。


『お前じゃなくて・・・!お前の後ろにいる奴だよ!』


 少年が俺の隣にいる結衣を指した。

 結衣はキョロキョロと辺りを見渡し自分であることを確認する。


『私?』


『そう!お前だよ、お前!名前は!?』


 少年が結衣に強い口調で聞いてくる。

 それが怖かったのか結衣は俺の後ろに隠れてしまった。


『あっ!ちょっ・・・!』


 少年が結衣の元へ来ようとする。

 だが俺はその前に立ちはだかった。


『なんだよお前!お前じゃないっ・・・!』


『怖がってるだろ』


 俺は砂場で使ってたシャベルを握り締めて、静かに少年に告げた。


 少年の顔に冷や汗が浮かび、こちらに来ようとしていた足が止まる。


 殺気立った沈黙が流れる。


 それを感じたのか、少年の後ろにいた人形のような少女と切れ長の目をした少年が俺達に向かって口を開いた。


『ごめんね、怖がらせて・・・この馬鹿は、あなた達と仲良くなりたいだけなの・・・』


『そうそう。ただの馬鹿だから大丈夫だよ』


 その言葉に隠れていた結衣が顔を出して少年に言った。


『ばかなの・・・?』


『ち、ちげーよ!めっちゃ賢いわ!・・・多分・・・』


 少年が賢そうには見えない様子で結衣に反論する。

 少しだけ場の空気が緩んだ。


 そして、人形のような少女と切れ長の目をした少年が自己紹介をした。


『私は、姫咲若菜ひめさきわかな・・・よろしくね』


『僕は、西城怜さいじょうれいだ。ほら、キミも』


 怜と名乗った少年が結衣を怖がらせた少年を圧す。

 その圧力に少年が気まずそうに名乗った。


相場真司あいばしんじ・・・怖がらせてごめん・・・』


 そう言って少年が謝った。

 結衣はそれを聞くと俺の後ろから出て来て言った。


風音結衣かざねゆいだよ。お友達なら大歓迎です。ねっ、お兄ちゃん?』


『・・・ああ』


 結衣の言葉に俺が頷く。

 それを聞いた真司が呟いた。


『兄貴だったのかよ、ビビらせやがって・・・殴られるかと思った・・・』


 呟きに怜と若菜が苦笑いを浮かべる。

 そして怜が俺に向かって聞いてきた。


『それで・・・キミの名前は?』


『俺は――』


 ◆◆◆


「んっ・・・」


 痛む身体に促されて目を覚ました。


 何かとても懐かしい夢を見てた気がするが今一思い出せない。


(まぁ、どうでもいいか・・・それより・・・)


 体力はそれなりに回復したが、どうにも身体の節々が痛む。


 気をつけたつもりだったが、やはり新聞紙ではベッドと布団の代わりにはならなかったようだ。

 どうせなら余ってる雑誌類も敷いておけば良かった。


 後悔しながら身体を起こす。


 周囲を見てみると、寝る前と比べて大分暗くなっており日も落ちたようだ。


 今は0時前後だろうか。


 この分なら今からトンネルを抜ければ、闇夜に紛れて川まで行けるかもしれない。


 そう思った俺は身支度を整え、トンネルの入口へと向かった。


 入口に着くと松明を取り出し、先端に付けられたタオルに灯油を浸す。

 そこに持って来たマッチで火をつけた。


 ボウっと松明に火が点き、周囲の闇よりも一段と濃い、暗黒のトンネル内を浮かび上がらせる。


「・・・行くか」


 俺はバックとペットボトルを担ぎ、肩にはクロスボウを掛け、左手に松明、右手に刃を握り締めると闇の中へ一歩を踏み出した。

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