第26話 橋

 東京へ入るルートは主に二つ。


 東京湾に沿うようにして進むルートと、湾内に作られた千葉と東京を結ぶ橋、それに連なるトンネルを通るルートだ。


 そして俺は橋とトンネルを通って東京へ行くルートを選んだ。


 理由はそちらの方が着くのが早いからだ。


 それと彩記ちゃん達が東京から逃げて来たのもそのルートだ。


 同じ道を辿れば結衣達にたどり着き易いだろうし、駄目でも何らかの手がかりは掴めるだろう。


 そんな事を考えながら進んでいくと自転車でようやく橋の近くまでやってきた。


 だが遠目にも入口付近で見覚えのない男女の集団が休んでいるのが確認出来た。


 俺は自転車を少し離れた場所に置くと、ポーチから双眼鏡を出してその集団を観察する。


 全員、ぐったりとしていて、敵意のようなものは感じられない。

 まるで何かから必死で逃げてきた後みたいだ。


 俺は念のためバッグからクロスボウを取り出し、隠れながら集団に近づいた。


 身を隠す建物が多かったのと、彼らが疲れていて注意がおざなりになっていたのもあってかなり近づく事が出来た。


 彼らの話し声に耳を澄ませる。


「・・・本当に逃げちゃって良かったのかな?」


「じゃあどうすんだ?戻れってか?」


「そうじゃないけど・・・!でも・・・」


「二人ともよせ。もうどうにもならない。私達が生き残っただけ奇跡だ」


「クソっ・・・!め・・・!」


 


 瑞記さんが話してくれた名前が彼らの口から出る。


 東京で随分と幅を利かせている奴らしいが、口調からして彼らはそいつらの仲間という訳では無さそうだ。


 だからといって味方の保障もないが。


 どっちみちここに陣取られていると橋へ向かうのに邪魔だし、穏便に通らせてくれるのか確認する必要がある。


 穏便にいかなければその時は、殺す。


 考えを決めて、俺は彼らが気づくようにわざと大きな音を立てて姿を現した。


「な、なんだ!お前!?」


 突然現れた俺に、彼らが警戒心を剥き出しにする。

 そんな彼らに向かって俺は静かに言った。


「そんなに警戒しないでくれ。聞きたい事があるだけだ」


 そう言うとこの集団のリーダーらしきメガネを掛けた壮年の男性が俺の言葉に応えた。


「何が聞きたい?」


「この橋は通って良いのかってのと、東京についてだ。東京から来たんだろ?」


「それを知って・・・どうする?」


 壮年の男性が少し怪訝そうに尋ねてくる。

 俺は真顔のまま鼻を鳴らすと言った。


「何でも良いだろ?それより通って良いのか悪いのかだけは答えてくれよ。後ろから襲われたらたまったもんじゃないからな」


 言いながらクロスボウの引き金に指を掛ける。


 それを見た彼らの内の一人の女性の髪が伸び、蛇のようにうねり始めた。


 明らかに何らかの"能力"だ。


 他の者もそれぞれ何時でも"能力"を行使できるように身構えている。


 一触即発の空気が流れる。


 だが壮年の男性は目を閉じ息を漏らすと、彼らを手で制した。


「止めろ」


「橘さん!?でもこのガキ、明らかにヤバ・・・!」


「いいから。私に任せてくれ」


 男性は彼らを宥めると俺に向き直って言った。


「この橋は私達の物ではないから好きにすれば良い。それとキミの言う通り、私達は東京から来た。向こうでライオウと敵対し、そして敗れた集団の生き残りだ」


 敗れた、その言葉に俺と話している男性以外の表情が苦々しげに歪む。


 男性は続けて言った。


「奴は強力な"能力"者を次々仲間にしていて、東京で一大勢力を築きつつある。逆らう者は殺されるか、"能力"の内容によってはあらゆる拷問にかけられて、配下になるよう迫られる」


 男性が淡々と話す。

 ただそれは、どことなく淡々と聞こえるように努力しているような言い方でもあった。


 何か思う所があるのかもしれない。

 でも今はそれよりも情報の方が大事だ。


 俺は、彼の話しを聞いた中で生まれた疑問を口にした。


「"能力"者を捕らえるなんて無理だろ。手足を縛っても"能力"は使える。簡単に逃げられるぞ?」


 特に強い"能力"者であればあるほど、捕らえるなんて不可能だ。


 そう思ったのだが、男性は首を横に振った。


「いや、奴らには『"能力"を無効にする能力』を持った者がいる」


「何?」


「それに加え、ライオウの仲間も奴自身も異常なまでに強い。私達ではライオウ一人さえ止められなかった。奴の"能力"は・・・『雷』だ」


 男性はそこで一旦言葉を区切り、少し目を伏せる。

 そしてそれまでの淡々とした口調とは少し違い、感情を混ぜて言った。


「キミが何をしようとしているのかは知らんし、止める義理もないが・・・東京へ行くのは止めておけ。あんなとこ、命が幾つあっても足りない」


「・・・」


「逃げるのは決して悪い事では・・・」


「そういうのはいらない。ライオウの拠点はどこだ?」


 俺は男性の忠告を遮って尋ねる。

 男性はそれに目線を上げると俺を見た。


 そして、諦めたようにため息を吐くと答えてくれた。


「M区、SN区が一番の勢力圏だ。捕らえた人間はその辺のビルや学校の中に押し込められている」


「そうか。分かった」


 情報を受け取った俺はそう言うと、彼らに向けて言った。


「『市街地』を進むとデカい病院がある。あんたらみたいに、東京から避難してきた人を受け入れてる場所だ。そこに行けば、とりあえず安全だろう」


 俺は彼らを置いて自転車の場所まで戻るとそのまま乗り込んで、橋へ向かう。


 だがその背中に先ほどの男性から声が掛かった。


「待ってくれ。コレを持っていけ」


 そう言って差し出されたのは、先端に針金でタオルが巻かれた木の棒と緑色のペットボトルのような容器だった。


「これは?」


 差し出された物を見ながら俺が聞くと男性が答えた。


「松明と灯油だ。トンネル内は電気が点いてないから暗い。明かりがないとまともに進めないぞ」


 男性がグイっと俺の方に松明とボトルを押してくる。

 その目は嘘を吐いているようには見えなかった。


 俺は差し出された物を受け取り礼を言った。


「・・・ありがとう」


「いいんだ。もう私達には必要ないからな。それよりトンネルを抜けたら直ぐに奴らの勢力圏だ。用心しろ」


 受け取った松明とボトルを自転車のカゴに入れて、再度橋へと向かう。


 そんな俺に彼らはもう話し掛けて来なかったし、俺も振り返る事はしなかった。


 ◆◆◆


「こ、怖かった・・・なんなんですか、アレ・・・」


 彼が去った後、細江くんが呟きながら地面にへたりこんだ。

 他の者も緊張の糸が切れたように一息吐く。


 私にも村林くんが声を掛けてきた。


「橘さんも大丈夫ですか?」


「問題ない。それよりも悪かったな。勝手にこっちの物資を渡してしまって」


「いいっすよ。アイツ、何かヤバそうな奴でしたし・・・どうみても高校生位にしか見えなかったのに・・・」


「・・・そうだな」


 私は彼が去って行った橋の方を見る。

 そして、私と同じようにへたり込みながらも橋の方を見ていた細江くんが言った。


「でも、私達を助けてくれたおじいさんにちょっと似てましたね。顔というか、雰囲気というか・・・風音修造さんでしたっけ?」


「ああ」


 私達がトンネルを抜けてこっちに渡ってこれたのは、修造さんが追って来たライオウの手下を撃ち殺してくれたからに他ならない。


「そういえば、修造さんもさっきの奴と同じ事を聞いてきましたね。何か関係が・・・」


「止めよう。それより、もう少し休んだら彼が伝えてくれた病院を探す、いいな」


 村林くんが私の言葉に頷く。

 他のみんなもそれに従い、休憩に戻って行った。


 そして、人が近くに人が居なくなってから私は呟く。


「ヤバい奴か・・・」


 村林くんはああ言ったが、私には彼が必死な人間にしか見えなかった。


 必死に何かを成そうとしているそんな人間。


 それがなんなのかは分からないが、その必死さは、かつて私達がライオウと戦った時に持っていたもので、今は無残に打ち砕かれたものに近いような気がした。


 だからこそ、少しだけ助けてしまったのかもしれない。


「・・・」


 私は、未練がましくもう一度橋の方を見た。


 だが彼の姿は、もう頼りない点のようにしか見えなくなってしまっていて、誰の声も届かないように思えた。

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