第21話 現状

「会長のお母さん・・・ですか」


 俺が目の前の女性、御薬袋棗さんに向かって言うと、彼女はそれに頷き、口を開く。


「こうなる前は、この病院で医者をやっていたわ。もっとも、キミのお祖父さんの担当医じゃないから面識はないけどね」


「はい。初めてお会いしました・・・先生が俺を治してくれたんですよね?」


 そう聞くと、棗さんは少し微妙な顔をして肯定し、俺の手の甲に自分の指先をそっと置いた。


「"能力コレ"が治療と呼べるならだけどね」


 彼女の指先が黄金色に光り、触れあった箇所から温かいがドクドクと俺の身体の中に流れ込んでくる。


 それに不快感は全くなく、むしろどんどん体調が良くなっていく気がした。


「これは?」


 俺が疑問を口にすると、棗さんが答えた。


「私の"能力"よ。私は植物とか動物といった生き物から命を『採って』、それを第三者に分け与える事が出来るわ。与えられた者は傷が早く治ったり、病気が良くなったりするの」


 棗さんが喋っている間も触れている箇所からが俺の身体に流れ続け、身体を巡っていく。


 やがて彼女の指先の光りが消え、俺の手の甲から指が離れた。


 俺は何回か手を閉じたり開いたりして、感覚を確かめる。


 さっきまでの寝起きの気だるさみたいなものは、最早感じない。

 むしろこのまま走り出せそうな位に体調が良い。


 それを伝えると棗さんは、苦笑いして言った。


「それはもう少し先の話ね。とりあえず今は身体を休めなさい」


「分かりました。ああ、でも意識のない間に何があったのかは知りたいです」


 俺がそう言うと棗さんは眉を上げ、ベッドの脇にある丸椅子に腰掛けた。


 そして俺が意識を失ってからの事や、彼女達の事を説明してくれた。


 ◆◆◆


 説明を聞くと、どうやら駐車場であの男と戦ってから既に2日程経っており、俺はずっと寝ていたようだ。


 その間に会長達は学校に戻り、校内に残っていた人達を『市街地』に連れて来た。

 そして今は『市街地』中を探索して、食糧等の物資をかき集めている。


 棗さん達は太陽が光ったあの日から、この病院を拠点にしていて、事態が終息するまでここで凌ごうとしていたらしい。


 だが、『市街地』に俺が殺したあの男が現れた事で事情が変わった。


 ヤツは『市街地』で人を手当たり次第に殺した後、デパートを根城にしてしつこく病院を襲撃してきたそうだ。


 棗さん達も話し合いは諦めて応戦したが、あの男から逃げた生存者や怪我人を抱えていた事や、戦えるような"能力"者が少なかった事から撃退するので手一杯だった。


 あの男を殺した日、あの日も棗さん達はヤツの襲撃をどうにか撃退したのだが、根城にしていたデパートから戦闘音が聞こえ、様子を伺う事にした。


 やがて戦闘音が止み、長田さんが自分の"能力"である、『壁に張り付く能力』を使って駐車場内を様子見していたのだが、それがバレて、呼び掛けを聞いた棗さんが会長に気づいて合流し今に至る、という流れだ。


 ◆◆◆


「――だいたいこんな感じかしら。分かった?」


「はい、ありがとうございます」


 説明を終えた棗さんに俺はお礼を言う。

 それを受けて彼女は、椅子から立ち上がった。


「それじゃあ、今日はここまでにしましょう。私はまだ診ないといけない人がいるから、これで失礼するわね。桜子ちゃん、後はお願い」


「はい」


 棗さんは長田さんにそう言い残し、彼女を置いて病室の出口へ向かう。

 そして去り際に立ち止まり、俺に向かって言った。


「人が死んで感謝なんて、医者としておかしいと思うけど・・・ありがとう、風音くん。キミのお陰で色んな人が救われた」


「いえ、俺の方こそ。先生が居なかったら俺は死んでました。ありがとうございました」


 そう言って頭を下げる。

 それを聞いた棗さんは少し沈黙した後言った。


「・・・それが仕事だからね。お大事に」


 疲れたような、救われたような笑顔を残して棗さんが病室から出ていく。


 それを見送ってから俺は長田さんにもお礼を言った。


「長田さんもありがとうございました。ずっと看病して下さって・・・」


「いえいえ。先生の言葉を借りれば、これが私達の仕事ですから。それはこんな世界になっても変わらないし・・・変えたくないんです」


 長田さんは少し複雑そうにしながらもはっきりとそう言った。


 その言葉には、きっと色んな意味があるのだろうが、俺はそれ以上詮索はしなかった。


「・・・ところで、あの・・・祖父はここにいますか?」


 俺は話題を変えて、じいちゃんの事を長田さんに尋ねる。


 じいちゃんはこの病院に入院していたし、担当だった長田さんがここにいるのだから、今も入院している、


 この時の俺はそう思っていた。


 だが、長田さんは俺の質問に少し申し訳なさそうにするとこう答えた。


「ごめんなさい。修造さん、実はもう病院に居ないんです・・・どうやら風音くん達と入れ違いになるように、自分の足で出ていかれたみたいで・・・」


「・・・どういう事ですか?動けるような状態じゃなかったですよね?」


 じいちゃんの病気は、もう末期で先は長くない。


 当然だが殆ど寝たきりだった筈だ。

 出ていくなど、まして自分の足でなんて出来る訳がない。


 俺が困惑していると長田さんが言った。


「はい・・・そうだったんですけど・・・修造さん、太陽が輝いてこうなったあの日から、もの凄く体調が回復されて・・・最後は歩ける位になってたんです」


「それは・・・棗さんの"能力"のお陰って訳じゃないんですよね?」


「はい。先生の"能力"も万能ではありませんから。特にご年配の方には効き目が薄くて」


 棗さんの"能力"のお陰じゃない。

 とすると俺が考えられるのは一つ。


 じいちゃん自身の・・・"能力"。


「自分の"能力"について何か言ってましたか?行き先は?」


 手がかりを求めて俺が尋ねるが、長田さんは首を横に振った。


「何も・・・修造さんはとても警戒心の強い方だったので・・・」


「それは、そうですね・・・」


 じいちゃんが警戒心が高かったのは本当だ。

 長年猟師をやっていたからか、人一倍それは強かったように思う。


(手がかり無しか。何処に行ったんだ、じいちゃん)


 じいちゃんは、幾ら動けるようになったからってはしゃぐような人じゃない。


 冷静に状況を観察してから行動する人だ。


(ましてやこんな世界だ。出ていくからには、それなりの理由があったと思うんだが・・・)


 それこそ出ていかないといけない位、切羽詰まった理由が。


 俺が考えていると長田さんが「あっ!」と声を上げた。


「そういえば・・・修造さん、居なくなる直前、東京から逃げてきた方達と話してました」


「東京から・・・?」


「ええ」と長田さんが頷き、続けて言う。


「今の東京はかなり危険な状態らしくて、色んな"能力"者が暴れ回り、それを取り締まろうとする警察や自衛隊と衝突を繰り返しているそうです。それを避ける為に、近隣の県へ逃げる人も多いんだとか・・・」


「・・・」


 東京。


 その単語を聞いただけで、自然と身体が強張っていた。


 東京は俺の実家がある場所。


 父さんが、母さんが、が居る場所だ。


 そして、今はとても危ない場所らしい。


 そんな所にじいちゃんは行ったのか?


 何の為に?


「その東京から逃げてきた人達は、今何処に?」


「えっ・・・ああ、病院近くの市民ホールに避難されてますけど・・・」


「そうですか」


 その後もじいちゃんの事を幾つか質問し、ある程度経った所で、長田さんが「病み上がりですし、これぐらいにしましょう」と言ったので今日は切り上げる事にした。


 長田さんが去り、一人になった病室で俺はベッドに横になりながら目を瞑ろうとする。


 だけど、出来なかった。


 妙に目が冴えてるし、漠然とした嫌な予感が身体にまとわりついて離れてくれない。


 それに形はなく、その感情の名前も分からなかったが、ある種の確信だけが俺の中にあった。


 きっと俺は・・・この嫌な予感に向かって突っ込むのだ、という確信が。


 たとえ、そこに何が待ち受けていようとも。

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