第17話 明暗を分けたもの
「ああああっーーー!!!足ぃ!!!俺の足ぃ!!!」
ヤツの絶叫が階の中に響く。
俺は車の陰に身を隠すと、足を抑えてのたうち回る男を眺めていた。
ヤツの"能力"を始めて見た時に思った。
あの散弾のような金属片をばら蒔かれたら、正面から挑んでもまず勝ち目はない。
もし殺すなら、必ず奇襲でないといけない。
故にこの立体駐車場だ。
壁や柱、駐車された車のせいで見晴らしは悪く、上と下から攻撃出来る。
つまりヤツの正面に立たなくて済む。
上からの攻撃は俺と葛西先輩と柏村くんが、下からの攻撃は宮住さんが担当した。
宮住さんが下の階に降りた方法は単純で、彼女の『身体を伸ばす能力』を使い、自分の腕を命綱みたいにして降りて貰った。
勿論、ヤツに見つからないよう静かに、外壁材に身を隠しながら。
そして、下に降りたら入口の地面に刺さってる、ヤツが蹴り飛ばしてきた金属刀を拾って、また昇ってくるように指示していた。
立体駐車場に入る時の攻撃で、蹴り飛ばされた金属刀が俺達から逸れて近くの地面に突き刺さったのを見ていたから。
あの刀の鋭さと長さなら下階からコンクリートを貫いて、ヤツを下から攻撃できる。
(後は、こっちの轢き逃げ攻撃で宮住さんが攻撃しやすい場所にヤツを追い込んだだけ。大げさに転がってくれたのは、嬉しい誤算だったな)
因みに、この攻撃が上手くいかなかった場合は、葛西先輩には柏村くんを抱えて屋上から飛び降りて貰い、宮住さんには、また自分の腕を使って下階から逃げて貰うつもりだった。
俺はここで三人が逃げる迄の時間を稼ぐ。
これなら死ぬのは、俺だけで済む。
(・・・の予定だったけど、案外上手くいったな)
「ひぃーーー!!!足ぃ!!!足がぁ!!!」
絶叫を続ける男を尻目に俺は思う。
(もっとも上手くいったのは、ヤツが俺達が逃げているだけだと思っていたからだけどな)
そうでなければ武器になりそうな物を放置したりはしなかっただろう。
そもそも戦ってる意識があれば、自分の不利な立体駐車場なんかに足を踏み入れたりしなかったかもしれない。
結局、何処までいっても、どんな"能力"があろうとも、油断したら死ぬ。
それだけの事だ。
(もう戦う必要はない。あの出血量だ、治療手段の乏しいこの世界じゃ助からない。ほっとけば死ぬ)
そう思っていると車を落とす為に屋上に控えていた、葛西先輩と柏村くんが上から聞いてきた。
「先輩、大丈夫ですか!?」
「風音、やったのか!?」
「ええ、もう少しで死にます!もう車はいらないので、そのまま待っていて下さい!宮住さんも!」
下の階にいる宮住さんにも聞こえるように大きな声で言った。
直ぐに「分かった!」という声が下から返ってくる。
俺は、勝利を確信していた。
気が抜けていたと言っても良い。
油断したら死ぬ、とさっきまで考えていたにも関わらず。
だから、男が宮住さんの声がした下の階をすごい形相で見つめ、身体を丸めて何かしようとしているのに気がつかなかった。
そして次の瞬間、
「あ"あ"あ"あ"ぁーー!!!」
今までとは違う絶叫と共に、男の全身から刃のような金属が飛び出してきた。
「っ!?離れ・・・!」
俺が叫ぶより早く、男から飛び出した刃が、駐車場の柱、車、壁に傷をつける。
今までの金属片の攻撃と比べると、派手ではあるが威力はそれほどでもない。
だが、ヤツはその攻撃で俺達が動けない間に足元のコンクリートに穴を空け、宮住さんのいる下の階へと落ちていった。
「きゃああっ!」
直ぐに宮住さんの悲鳴が聞こえてくる。
ヤバい。
宮住さんが死ぬ。
「ぐっ!」
俺は駆け出し、先ほど無差別に発射され、車に突き刺さっていた刃を一つ掴んで、男が落ちた穴から下の階に降りる。
「先輩!」
「風音!」
上から葛西先輩達の声がしたが、答える余裕はない。
受け身を取りながら下の階に着地する。
そこでは、
「くそ『虫』がぁ!!!俺の足をぉ!!!」
「うっ・・・!」
落ちてきたコンクリートの破片に足を挟まれ、身動き出来なくなった宮住さんと、そんな彼女に這いつくばりながら迫り、金属片を振るおうとしている男の姿があった。
それを見た瞬間、俺は刃を握りしめて躊躇なく男へと走り出していた。
もう、死ぬまで待つなんて悠長な事は言ってられない。
このままでは身動き出来ない宮住さんが殺される。
ならば、彼女が殺される前に確実に殺すしかない。
ヤツも走ってくる俺の足音に気づいたのか、宮住さんへ向けていた顔を俺の方によこした。
そして、怯えた声を上げた。
「ひぃっ!!何なんだよお前ぇ!!」
ヤツはこっちに来るなと言わんばかりに、闇雲に腕を振るって生成した金属片を飛ばしてくる。
その殆どは狙いが逸れたが、一発だけ俺の脇腹に着弾し、肉を抉った。
痛みが、全身に走る。
衝撃に身体が持っていかれそうになる。
「・・・っ!」
だが足は止めない。
歯を食いしばって、一歩ずつ踏み出して前へ前へと進む。
そして、遂に持っている刃の間合いまで入ると、それをヤツの心臓目掛けてそれを突き刺した。
驚くほど簡単に、刃が胸の中へ埋没し、グシャと何かを潰すような感覚がした。
男は暫く上を見上げ痙攣した後、「佳苗・・・」と一言呟き、ようやく息絶えた。
それと同時に俺も刃を離し、脇腹を抑えて踞った。
「風音くん!」
宮住さんの声が聞こえる。
大丈夫だと言ってやりたいが、声が上手くでない。
息苦しい。
腹から生暖かい液体が漏れているのを感じる。
「風音!」
「先輩!!ああ、血・・・!血が一杯・・・」
「落ち着け、柏村!お前は御薬袋を呼んで来い!あいつの事だから近くに構えてる筈だ!」
「は、はい!」
上から降りてきた葛西先輩が柏村くんに指示する。
それを受けて柏村くんが必死で駐車場を走っていく音が聞こえた。
葛西先輩が俺の顔を覗き込み、大声で呼びかけてきた。
「風音!勝ったぞ!お前がやったんだ!だから死ぬな!死ぬんじゃない!」
「先輩!これ使って!中に救急箱入ってます!」
宮住さんが動けないながらも、自分のリュックから救急箱を取り出して腕を伸ばして葛西先輩に手渡す。
先輩はそれを受けとるとガーゼと包帯を取り出し、出血を止めようと俺の傷口に当てた。
だが、あっという間にガーゼも包帯も血で真っ赤に染まってしまった。
「クソッ!出血が多すぎる!御薬袋はまだか!?」
「風音くん!駄目!起きて!」
葛西先輩と宮住さんが呼びかけてくれるが二人の声が徐々に遠くなり、視界も暗くなっていく。
(ああ・・・これは・・・もう無理か・・・?)
だけど、それも仕方ない。
油断したら死ぬって分かってたのに、最後の最後で油断したのは、俺だったんだから。
"能力"者に"能力"を使わせる隙を与えてはいけない。
あそこは、動きを封じた時点で確実に息の音を止めておくのが正解だった。
(まぁ・・・もう意味はないか・・・)
死が近づいてくる。
その足音を聞きながら、俺の意識は・・・
『お兄ちゃん遅い!!』
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