第9話 狂気

「御薬袋、お前どういうつもりなんだ?」


 自己紹介も終わり、各自で装備の準備をしていると、葛西が僕に話しかけてきた。


 僕は準備していた手を止めて彼に応える。


「どういうつもりとは?」


「とぼけるな。あの風音とかいう奴だ。あんな”能力”のない奴を連れてきて、何を考えている?」


 葛西の口調はどこか荒っぽくて、 怒っている様にも聞こえる。


 でもまぁ、彼の言いたい事も分かる。


 ここに集まった者達の”能力”はそれぞれ探索で役割がある。

 志願にせよ、勧誘にせよ、そういう者を選んだのだから当然だ。


 だが風音鈴斗には、”能力”がない。


 きっかけがないのか、本当に彼だけ”能力”がないのかは知らないが、そうらしい。


「なぁ・・・お前はあいつをどうしたいんだ?」


 葛西は重ねて問いかけてくる。


 彼をどうしたいかって?

 そんなの決まってるじゃないか。


「特にないよ」


「・・・はっ?」


 そう答えると険しかった葛西の顔が、キョトンとした表情に変わる。

 僕はその変化を面白いと思いながら続けた。


「だから、彼をどうこうしようなんて考えてもないよ。それと本人にも伝えてあるけど、僕は彼に何の期待もしていない」


 今はね、と僕は内心で最後に付け足す。


 そして葛西に笑いかけて言った。


「でもね、彼は危険を承知で、覚悟を持って来てくれたんだ。それは”能力”の有無より尊い彼の人間性だよ。僕はそれを尊重してあげたい。勿論、他のみんなの覚悟も・・・」


「もういい・・・真面目に聞いた俺が馬鹿だった」


 言葉の途中で葛西が背を向ける。

 どうやらこれ以上聞いても無駄だと思ったらしい。


 その様子に僕は肩をすくめ、出発の準備を再開する。


「覚悟じゃないだろ・・・あいつのアレは・・・」


 もう行くと思っていた葛西だが去り際に一言呟いた。

 どうやら彼も気づいていたらしい。


 そう、本来覚悟とは恐怖の上にあるものだ。


 あれが怖い、これが恐ろしい。

 そんな感情を土台にして作られていくものが覚悟なのだ。


 そしてそれは生きている限り、常につきまとう。

 大なり小なり、人はそれと戦いながら生きていくのだ。

 それと常に戦うからこそ世の大部分の人間は常人なのだ。



 だが、風音鈴斗は違う。



 彼は何も恐れてない。

 この状況も、今の自分自身も。


 心が無い訳でもないのに恐怖はない。


 つまり、彼の心には恐怖すら凌ぐ何かが有る。


 それが何なのかは分からないが、そういうモノをなんと呼ぶかは分かる。


 覚悟とは似て非なるモノ。

 僕らのような常人が決して持つことの出来ない、恐怖を凌ぐモノ。


 それは・・・


「葛西・・・覚悟との違いなんてね、僕達みたいな常人には、決して理解出来ないんだよ」


 それがこの変わってしまった世界で、僕が風音鈴斗という人間を推す理由。


 きっとそれこそが、この世界で生き延びる為に必要な人間性なのだ。

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