第10話 準備
自己紹介も終わり、俺は『市街地』へ向かう準備の為に、小野寺くんと永瀬さんと一緒にサッカー部の部室に来ていた。
「ほいこれ。会長から預かって来たぞ。後、お前のリュックサックもだ」
「ああ、ありがとう、小野寺くん」
部室に入ると、小野寺くんがオレンジ色をした登山用ジャケットとリュックサックを手渡してくれる。
俺はそれを受け取り、着ていた制服の上着を脱いでジャケットを羽織った。
それから小野寺くんに聞いた。
「それにしても・・・本当に小野寺くんも行くのか?」
「ああ!会長に頼んだらあっさりOKもらえたぜ!」
「いや、そういう事じゃなくて」
「?」
小野寺くんの頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる。
埒があかないので俺は小野寺くんの隣に居る永瀬さんに言った。
「いいのか?」
多分、小野寺くんが勧誘されなかったのは、彼が永瀬さんの彼氏だからだ。
もしも小野寺くんが『市街地』に行くとなれば彼女の永瀬さんも心配してついていくとか言い出しかねない。
それを恐れて小野寺くんは誘われなかったのだろう。
だが今、小野寺くんは危険な場所に自ら行こうとしている。
それについて永瀬さんはどう思っているのか?
俺が尋ねると彼女は少しだけ苦笑いをして答えた。
「うーんとね・・・本音を言えば危ない所には行って欲しくないんだけど・・・私の私情もあってね・・・」
「私情?」
俺が聞き返すと永瀬さんが頷いて続ける。
「自分の家族がどうしてるか気になっちゃって・・・本当なら自分で行きたい所なんだけど・・・」
永瀬さんは言いながら隣の小野寺くんを横目で見る。
それに合わせて小野寺くんが言った。
「でも無理だろ、今の状況じゃ。幸乃を学校外に出すなんて」
「そうだな」
彼の言う通り、今の状況で永瀬さんを学校外に出す事は出来ない。
理由はとても単純で、彼女の持つ『氷を生成する能力』以外でここの生活を維持する量の水が作れないからだ。
「だから俺が代わりに『市街地』行って、幸乃の家族の様子を見てくるんだよ。ついでに、自分の家族の様子も。あっ、勿論探索も真面目にやるぞ!」
小野寺くんがグッと拳を握り、ガッツポーズを作って気合いを込める。
それに続いて永瀬さんが俺に申し訳なさそうに言った。
「ごめんね。気を遣わせて・・・風音くんだって家族とか、友達とか気になってる筈なのに、私だけ・・・」
「・・・いや」
永瀬さんの言葉に俺は若干、戸惑いながら返事をした。
気になってる人か。
確かにアイツらの事は気になるが、これは、永瀬さんの言う気になるとは違うと思う。
それに全部切り捨てて来た俺が、今さらアイツらを気にするのもおかしな話だ。
アイツらは自力でどうにかするし、どうにか出来る人間なんだ。
気にする必要なんかない。
俺が本当に気にすべきなのは両親と、そして何よりじいちゃんの事だろう。
(どうするかな・・・)
まず両親の事は、気に掛けても仕方ないと割り切ろう。
二人が居るのは東京で、ここから歩きで向かうと何時間も掛かる。
それよりも、じいちゃんだ。
じいちゃんは、病気で『市街地』の病院に入院している父方の祖父で、俺が今住んでいる家も元々はじいちゃんの家だ。
じいちゃんは、長年この辺りの山で猟師をしていたが数年前から病に犯され、最近は殆ど病院暮らしが続いていた。
丁度良く、今の目的地は『市街地』だ。
様子を見に行くチャンスかもしれない。
ただ、やはり『市街地』の状況が読めないのと、病院の医療設備が駄目になっている可能性もある。
そんな状態で、病人のじいちゃんを見つけても俺ではどうする事も出来ない。
「・・・なんかさ、嫌だよね」
俺がじいちゃんをどうするか悩んでいると、不意に永瀬さんが疲れたような声を上げた。
彼女はそのまま言葉を続ける。
「こんな風に、大事な人の安否もよく分からなくてさ・・・私達、ほんの一週間前まではただの高校生やってて、普通に家に帰ってたんだよ・・・?それなのに・・・何なんだろうね、ホント」
話している永瀬さんの声が徐々に小さくなり、その顔を俯かせていく。
「夢なら、早く覚めて欲しいな・・・そうじゃないならせめて・・・希望くらいは欲しいよ。こんな状況を全部変えてくれる、そんな・・・」
「おい、幸乃・・・大丈夫か?」
小野寺くんが永瀬さんの肩に手を置いて名前を呼ぶ。
その瞬間、彼女はハッと顔を上げ、小野寺くんの顔を見て慌てて口を開いた。
「ご、ごめんね、辛気臭い事言って・・・」
その言葉に小野寺くんは首を横に振り、柔らかい口調で慰めるように言った。
「いいんだよ、俺に任せとけって。ほら鈴斗、早く準備しようぜ。会長達を待たせちまうかもしれないし」
「ああ」
小野寺くんに急かされて俺は、自分のリュックサックの中に水筒や食料、ロープなどを積めていく。
そして最後に集めた武器の中から、登山用の杖と包丁を手にした。
小野寺くんも金属バッドを手に持つと、こちらを見て冗談っぽく言う。
「使わないに越した事ないけどな・・・!」
「ああ、それが一番だ」
俺は小野寺くんに同意するが、内心ではそうはならないんだろうと思っていた。
きっと、それは彼も同じだったのだろう。
「ふぅー・・・」
小野寺くんが永瀬さんに聞こえないように小さく息を吐く。
「小野寺くん?」
不振におもっ俺が名前を呼ぶと、小野寺くんは少しだけ強張った顔をして言った。
「大丈夫だ。鈴斗も何かあったら俺に言えよ」
それだけ言うと小野寺くんはリュックサックを背負い、金属バッドを握ったまま、部室から出ていく。
その後を追って永瀬さんも部室を出る。
一人残された俺は、バッドを握りしめた小野寺くんの手が小刻みに震えていたような気がして、自分の手を見てみた。
全く震えていない、何時もの自分の指だ。
試しに包丁を握ってみるが、特に何とも思わない。
もし仮にこの武器を使う時が来たとしても俺は一切躊躇しないのだろう。
何故かは分からないが、それだけは確信を持って言えた。
「まっ、役には立たないけどな・・・」
ただ本当に、もしもの時が来たらその時は俺がやればいい。
それだけの事だ。
俺は包丁をリュックサックにしまい、登山用の杖を握ると準備を整えて部室を出た。
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