第7話 理由

「えっ・・・?」


 俺は、会長から言われた事が理解出来ずに困惑する。

 そんな俺をよそに会長は話しを続けた。


「ああ、すまない。正確には僕だ。僕とキミを含めた四人一組の計2チームで向かう予定だ。主な目的は、食糧の確保と情報収集。丸山先生と穂積ほずみ先生がそれぞれのチームを率いて・・・」


「ちょ、ちょっと待って下さい・・・!」


「うん?どうかした?」


 言うと会長は、自分の話を中断する。

 俺は頭の中で会長から言われた事を整理し、待っている彼に向けて言う。


「俺に『市街地』の探索なんて出来ません。足を引っ張るだけですし・・・第一、他に適任な人は一杯居るでしょう?」


 別に『市街地』に行くのは良い。

 危険だろうが、食糧や物資は必要なのだから俺一人ならさっさと向かっていただろう。


 だが、ここにはそれなりの人がいる。

 探索で頼りになりそうな”能力”に目覚めた人だっている。


 それなのに、何故俺なのだ?

 ”能力”も才能も、何も無いのに。


 いっそ捨て駒みたいな扱いの方がまだ理解できる。

 だが会長は、確信を持った様子で断言してきた。


「いや、この状況においてキミ以上の適任者はいない。少なくとも、僕はそう思っているよ」


 分からない。


 何故だ?


 何故この人は、俺が適任だと思うんだ?


「理解出来ないかな?僕がキミを推す理由が」


「・・・はい。だって俺には何もありませんから」


 少なくとも、人に誇れるようなモノは何も持ってない。


 一山幾らかの凡人に過ぎなかったのが、俺という人間なのだから。


 だから俺は、


「俺は・・・自分を信じてません。誰かに信じて貰えるとも思ってません。そう思って貰えるような『輝き』は、俺には無いんです。・・・すいません、会長が何を期待したのかは分かりませんが、期待外れです」


 俺は会長に謝罪をする。

 だがそれを見た会長は、顎に手を当て、何時もと変わらない優しげな笑みを浮かべて言った。


「今のが一番キミ自身の本音に聞こえたよ。そして、はっきり言っておこう、僕は君に期待などしていない」


「・・・えっ?」


 会長の言葉に俺はさらに困惑する。

 期待してないのなら何故誘う?


 彼は続けて答えを言った。


「残念だが、期待なんてモノが出来るほどの余裕は無い。外部の状況は不明で食糧には限りがあるからね。だからこそ、僕がキミを推す理由は、キミの人間性だよ」


「人間・・・性・・・?」


 会長は頷く。


「そうだ。キミはこの訳の分からない現状を正しく理解しながら――それを全く恐れていない」


「そんな事は・・・」


 ない


 そう言いたかった。


 だが、思考に反して何故か言葉が上手く出てこない。


 だって俺はこの状況に・・・ワクワクしていたからだ。

 ”能力”によって、自分が輝けるかもしれないと思っていた。

 恐いとか考えた事もなかった。


「・・・」


 でもそれが何の役に立つ?

 恐れない事に意味があるのか?


 そんな事を考える俺に対して、会長は見透かしたように言った。


「勿論、恐れがないからといって、それが役に立つとは限らない。でもね、僕はこんな状況では、キミのような人間が必要だと思うんだ。”能力”や才能の有無ではなく、理性を保ったまま、恐れる事なく一歩を踏み出せる、そんな人間がね」


 そう言って会長は俺に自分の手を差し出した。

 そしていつもの優しい笑顔を消して、真面目な顔で言う。


「改めて、僕らを助けてはくれないか?風音鈴斗くん」



 ◆◆◆


 会長が去り、一人になった屋上で、俺は空を見つめていた。

 相変わらずの曇り空、その隙間から僅かに漏れる太陽の光に向かって呟く。


「はっ・・・何が「恐れていない」だ。役に立つかよ・・・そんなもん・・・」


 会長はああ言ったが、それが役に立った事なんて一度もない。

 もし仮に恐れず一歩を踏み出せたとしても結局、才能と現実の壁を思い知るんだ。


 思い知ったから、ここにいるんだろうが。



 それなのに・・・散々思い知った筈なのに・・・

 

 なんで俺は会長の手を・・・



 分からない。


 分からない事ばっかりだ。

 この状況も、自分自身の事さえも。


 だけど、ただ一つだけ確かな事もある。


 それは、俺はまた踏み出そうとしているという事だ。

 何にも出来ないのに、大して親しくもない人間に、ちょっと言われただけで。


「忌々しいんだよ・・・今さら・・・」


 見つめている太陽の光が少し強くなった気がする。

 するとまた幼い頃の結衣の声が聞こえてきた。


『お兄ちゃんの・・・』


 幻聴だ。

 結衣はここに居ないし、こんなに幼くもない。


 でも、俺は頭の中に響くその声に向かって吐き捨てた。

 俺が欲しくてたまらなかった『輝き』を全て持って生まれた妹に向かって。


「俺は・・・お前みたいになりたかった。それだけだ」


 そして踵を返して屋上から出ていく。


 太陽はそれを見送るように輝いた後、やがて分厚い雲に遮られ見えなくなった。


 それはまるでこれから先、


 風音鈴斗という人間が歩む道を示しているようでもあった。

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