第6話 会長のお願い
俺は小野寺くん達と別れた後、氷を溶かしには行かずに屋上へとやって来た。
この事態になってから、ここには滅多に人がこない。
きっとみんな空を見上げる余裕なんてないんだろう。
それは俺にとって、誰にも邪魔されずに一人になれて都合が良かった。
「・・・」
黙って重い氷の入ったバケツを地面に置いて空を見上げる。
今日の天気は、曇り空で分厚く黒い雲が空にかかっている。雨でも降ってきそうな天気だ。
それでも雲の隙間から僅かに太陽の光が漏れてきていた。
本当に忌々しい。
何時だって俺の上で輝き続けているアレがどうにもアイツらと重なって見える。
この事態になってからは、より一層そう思うようになった。
きっとそれは、いつまで経っても自分の”能力”が分からない焦りからきてるのだろう。
永瀬さん曰く、能力が目覚めるのには『きっかけ』があるらしい。
彼女の場合は、冷たい物に触れた時に「なんかいけそう」と思ったそうだ。
その後、手から氷を出せるようになった。
他の人にも話を聞いたが、大体みんな似たような些細な『きっかけ』で”能力”に目覚めていた。
・・・ただし、小野寺くんだけは、気づいたら使えたらしい。
まぁ本人の気づかない所で『きっかけ』とやらがあったんだろう。
ともかく重要なのは、俺にはまだその『きっかけ』がない事だ。
何にも感じる所がない。
もしかして俺だけ”能力”が無いのだろうか?
「・・・」
空に手を伸ばす。
忌々しくて嫌いで、それなのに、何故か目から離れてくれないあの輝きに手を伸ばす。
「頼むから、何か・・・何か俺にもくれよ」
何かくれ、俺にしかないモノを。
それを俺は求め続けてきたんだ。
それがあれば俺だって行けるかもしれないんだ。
胸を張って、アイツらの近くに――
「うっ・・・!」
その考えに至った時、急に吐き気がこみ上げてきた。
伸ばしていた手を下げて口元を抑える。
何考えてんだ俺は。
本当にどうしようもない。
才能に嫉妬して、その差に耐えられなくて、妹も親友も全部投げ捨てて逃げたクセに、今更近づきたいだと?
本当に・・・自分が嫌になる。
――ワクワクしたんだ。
一年前、”能力”ってモノの存在を知った時も、この事態になってみんなが”能力”に目覚め始めた時も・・・
俺は、ワクワクしてたんだ。
電気、水道、ガスが使えない事、電子機器が死んでいる事、そんな事全部どうでも良かった。
俺はただひたすらにワクワクしていた。
”能力”でアイツらとの才能の差を埋める何かが手に入ると思っていた。
だが結局、俺には何も無い。
才能も能力も・・・何も無かった。
これが、俺という人間に対する答えなのか?
なぁ、誰か答えてくれよ?
俺は、俺は・・・
どうやったら輝けるんだ?
『お兄ちゃんの・・・』
突然、背後から幼い頃の結衣の声が聞こえた。
驚いて振り返るとそこには、
「風音くん?」
「っ!?か、会長・・・!?」
少し呆れたような笑みを浮かべた御薬袋会長がそこにいた。
彼は表情と同じように呆れを含めた声で言う。
「キミねぇ・・・氷を溶かすって言ったのにどうして屋上に居るの?問題でも起きたかと思って心配したよ?」
「・・・すいません」
俺は会長に頭を下げて謝った。
会長はそれを見ると、表情を改めていつもの優しい笑顔に戻った。
そして屋上を見回して言った。
「それにしても・・・ここは、誰も居ないね。一人になるには最適だ」
そう言いながら目を閉じて、空に向かって腕を広げて伸びをした。
その姿を見ながら俺は考える。
俺は、基本的に小野寺くんや永瀬さんと一緒に居る。
だから会長とは何度か話した事はあるが、それだけだ。
別に親しい訳でもない。
それにこの人は本心を誰にも明かそうとしない気がしてどうにも・・・
「ふっ・・・」
そこまで考えて思わず自嘲気味な笑いが漏れた。
「どうかしたのかい?」
「いえ・・・」
本心だって?
俺はどの口でそんな事を言ってるのだろう。
俺だって誰かに本心なんて明かした事なんてないじゃないか。
汚く、醜い、この心を。
「で、どうかしたんですか?会長がわざわざ俺を探すなんて」
俺は気を取り直して会長に尋ねる。
すると彼は、困ったように笑って答えた。
「そんなに警戒しないで欲しいな。ちょっと君にお願いしたい事があっただけだよ」
「お願い?」
俺が聞き返すと会長は頷き、深く息を吸って珍しく真面目な顔を作った。
そして俺の目を見つめて言う。
「風音鈴斗くん。僕と一緒に『市街地』に来てくれないか?」
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