第5話 焦り
「みんな順番だよ。ちゃんと渡すから割り込まないようにね」
体育館の中心で、集まった生徒や教師に向かって永瀬さんが呼び掛ける。
その声にみんなバケツや鍋といった容器を持って、彼女の前に一列に並び始めた。
そして一番先頭の女子生徒が永瀬さんにバケツを差し出して言った。
「それじゃあお願い、永瀬さん」
「任せてね」
そう答えた永瀬さんは、腕まくりをすると差し出されたバケツの中に手を突っ込む。
すると手から綺麗な氷の塊が生成され、ゴトンと音を立ててバケツの中に落ちた。
「はい。溶かして使ってね。校庭で会長達が火を起こしてるよ」
永瀬さんが氷の入ったバケツを返す。
「うん。ありがとう」
女子生徒は、お礼を述べてバケツを受け取り、体育館の外へと出ていった。
氷を溶かして水を作りに行ったのだ。
その後も永瀬さんは、並んだ人々が手にした容器の中に次々と氷を生成し続ける。
その様子を俺と小野寺くんは少し離れた体育館の角から眺めていた。
(あれから一週間か・・・)
永瀬さんの作業を眺めながら太陽が強く輝いてからの事を思い出す。
まず電気、水道、ガスといった生活インフラは軒並み死んでいた。蛇口やスイッチを捻ってもうんともすんとも言わない。さらにスマホやパソコンといった電子機器類も動かなかった。
そしてこの非常事態にも関わらず救助の兆しが全く見えない。
これは、絶対におかしい。
普通、ここまでインフラが止まれば自治体や国から何らかのアクションがあって然るべきだろう。
例えば警察、自衛隊による避難誘導、支援物資の配給などだ。
だがこうなってから現在に至るまで、そんな様子は一切見られなかった。
そもそもインフラも電子機器も死んだこの状況は、どこまで広がっているんだ?
この地域だけなのか、それとも日本全体?
或いは・・・世界中?
「ふぅ・・・これで全員かな?」
考えているといつの間にか永瀬さんの前に並んでいた列が消えていた。
小野寺くんと俺が彼女に労いの言葉を掛ける。
「お疲れ、幸乃」
「お疲れ様、永瀬さん」
「ありがとう、光樹、風音くん。最後になってゴメンね」
永瀬さんはそう言って手から氷を生成し、俺達のバケツに入れてくれた。
小野寺くんがそれを見て言う。
「サンキュー。やっぱり便利だな”能力”。まともな水が作れるしさ」
「だね。大きい氷を作ると直ぐにバテちゃうけど」
”能力”。
それはあらゆる文明の利器が使えなくなった現状で、俺達に残された唯一の希望だった。
太陽が輝いたあの日から、生徒も教師もみんな何らかの”能力”に目覚めた。
小野寺くんは、『身体を強化する能力』で、常人の数倍の力を出せる。
永瀬さんは『手から氷を生成する能力』で、作った氷を溶かす事で新鮮な水を生み出す事が出来た。
だが俺は――
「キミ達、ここにいたのか」
三人で話していると体育館の入り口で声がした。
声のした方を見るとそこには、こんな状況でも制服をきっちりと着込んだ男子生徒がいた。
永瀬さんと小野寺くんが彼の名前を呼ぶ。
「あっ、
「
俺も二人に続いて言う。
「お疲れさまです、会長」
「うん。三人とも元気そうでなによりだよ」
名前を呼ばれた男子生徒は、優しげに微笑むとこちらに歩いてくる。
彼は、
この高校の生徒会長で、この事態になってからは生徒のまとめ役をやっている。
永瀬さんは部活の傍ら生徒会で役員もやっており、その縁で繋がりがあった。
そして彼が持っている能力は、『薬物を生成する能力』で、切り傷や火傷に効く薬を掌に生成する事が出来た。
その”能力”と朗らかな人柄で、俺と違って誰からも頼りにされ信頼されている人物だった。
「どうかしましたか?氷、足りなかったですか?」
永瀬さんが近づいてくる会長に尋ねる。
会長は、優しげな笑みを崩さず首を横に振った。
「ううん、氷は大丈夫。いつもありがとう、永瀬さん。負担を掛けてすまないね」
「いえいえ。こんな状況ですから助け合わないと」
「そう言って貰えると助かるよ。小野寺くんも力仕事をありがとうね」
「いいんですよ。俺の”能力”が役に立つならいつでも言って下さい!」
小野寺くんが元気良く言う。
会長は、それにも優しげに微笑んだまま、最後に俺の方を向いた。
「風音くんも・・・」
「何かあったんですか?」
俺は労ってくれようとした会長の言葉を遮って尋ねる。
永瀬さんと小野寺くんが少し驚いた雰囲気になるが、会長の方に全く気を悪くした様子は無かった。
優しげな笑みを絶やさず話しを続けた。
「実は、食糧が尽きそうでね。今は災害時用に学校で備えていた保存食を出しているが、残り2、3日の量しかない」
「そんな・・・」
「マジっすか・・・」
「マジだよ。そこで、先生方と相談したんだが『市街地』へ食糧の調達に行く事にした」
会長がそう言うと小野寺くんが直ぐに反応した。
「危険ですよ・・・!」
「それは百も承知だ。だけど食べ物がないと死んでしまう。救助も期待出来ないしね」
小野寺くんは尚も何か言いたげな表情だったが、その先は出てこなかった。
学校から降りた先にある『市街地』。
この高校の生徒の大半がそこから通学していて、こうなった初日にかなりの数の教師と生徒がそこに向かった。
そして未だに誰も戻って来ない。
加えて数日前から、断続的な爆発音みたいなものが市街地側から響いてきている。
だから小野寺くんが不安に思うのも当然だと思う。
(ただ会長の言う事だって最もなんだよな)
食糧が無くなるというのは、死活問題だ。
当たり前だが食糧が無ければ待ってるのは餓死だ。
それに校内に残っている人間は教師、生徒を合わせて5~60人は居る。
これだけの数の胃袋を満たすのは簡単ではない。
(狩猟や採取は・・・無理か。この山で大きな獲物は、イノシシ位しか居ないってじいちゃんが言ってたし。数人ならともかく、数十人となるとそれぽっちの肉じゃ・・・)
「・・・」
やめた。
俺なんぞが考えたって仕方ない。
そもそも、狩猟なんて出来ないのだ。
猟師だったじいちゃんが寝たきりになる前に何度か山に連れていってくれたが、それだけだ。
獲物を狩るのも、狩った獲物の解体も全部じいちゃんがやっていた。
俺はそれを後ろで見ていただけだ。
撃たれた瞬間とか、死んだ獲物から流れる血とか、解体時に見る内臓とかには全く動じなかったけど、この状況でそんなもの役に立たない。
それよりも俺は、早く自分の”能力”に気付かないと。
「取り敢えず、暫くしたら丸山先生から説明がある。そこで・・・ん、風音くん?何処へ?」
「氷を溶かしてきます」
「えっ?あっおい、鈴斗・・・!?」
会長の話の途中だったがバケツを持って体育館を出る。
そして火を炊いている校庭へは向かわず、校舎内の階段を登って行った。
◆◆◆
「・・・行ってしまったね」
僕は風音鈴斗が去ってしまった体育館で呟く。
出来ればこの先の話を聞いて欲しかったのだが、何か気に障る事をしてしまっただろうか?
首を傾げていると小野寺と永瀬が僕に向かって言った。
「えっと・・・あいつ、まだ自分の”能力”が分かんないみたいで、それで焦ってるだけって言うか・・・」
「普段ならもうちょっと素直です。・・・多分・・・」
どうやら二人は、さっきからの風音鈴斗の態度に僕が腹を立てたと思っているみたいだ。
こんな事で怒る訳ないのだが、彼らを安心させる為にも僕はいつもの笑顔を作った。
「別に怒ってないよ。僕は風音くんに話を聞いて貰えなくて残念に思ってるだけだよ」
「そっすか・・・ん、鈴斗に話?先生から連絡があるだけじゃなくて?」
「そう。僕から彼へ、個人的なお願いがあってね。まぁ後は、直接本人に聞いてみるよ」
二人にそう言って、僕は風音鈴斗を追って体育館を出た。
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