第2話 追いかけてくるのは
5月とは思えないほどの朝の寒さに震えながら自転車を漕いでいると、そびえ立つ坂道にぶつかった。通学路における最大の難所の上り坂だ。
俺は、立ち漕ぎに切り替えるとその坂道へ突っ込んでいく。
今通っている高校は、千葉県K市の市街地から少し外れた山の中にある。
じいちゃんの家から通えて、病院にも行けて、偏差値もそこそこで・・・という両親から出された諸々の条件に合う高校は、ここしかなかった。
そしてこの高校に来るための道は、大まかに二つある。
一つは、市街地から来る道。
坂が緩やかで通い易い、大多数の生徒が通学に使っている道だ。
もう一つが山から来る道で、俺が通学に使っている道。こっちから通っている生徒は、圧倒的に少ない。
理由は単純でこの坂がキツイからだ。
俺も中学時代にサッカーで鍛えた足がなければ通学を断念していたかもしれない。
「はっ・・・!」
そんな事を考えていると、しんどい筈なのに笑みが零れた。
一瞬でもサッカーをやっていて良かったなどと考えた自分が可笑しかった。
自分は凡人に過ぎないと思い知った、苦い記憶しかないのに。
「はぁ・・・!ふぅ・・・」
坂道を登り切り、ちょっとだけ休憩してまた自転車を漕ぎだす。
坂さえ超えれば、高校までそこまでの距離はない。
あっという間に校門が見えてきて、俺と同じ制服の人達が登校入っていくのが見えた。きっとその多くは、部活動に入ってる生徒で朝練の為に早く来たのだろう。
俺も彼らに混じって校門へ入り、自転車置場のいつもの場所に自転車を止める。
止めたらスマホを取り出して時刻を確認した。
現在、7時15分。朝のHRまで一時間以上ある。
(教室で寝るか・・・)
そう思って鞄を肩に掛けて下駄箱へと向かおうとした時、いきなり背中を強く叩かれた。
衝撃と痛みでよろめく俺の背後で、酷く快活な声がする。
「やっぱ
声がした方へ振り向くと、俺より長身の端正な顔立ちをした男子生徒が笑顔を向けていた。
俺は、その男子生徒を軽く睨んで言う。
「痛いって
それは至極真っ当な意見だった筈だが、男子生徒は首を横に振って答えた。
「無理!だって知ってる奴がいたらテンション上がるだろ!?そんでテンションが上がったら思わずやっちまうだろ!?」
男子生徒はそう言って、俺に白い歯を見せて更に笑った。
彼の名前は、『
去年、たまたま同じクラスになって話すようになり、今年も同じクラスになった。俺みたいなクラスの隅に居る奴にも積極的に話しかけてくれる良い人・・・なのだが、今みたいにウザイ時もある。
「ま、待ってよ、光樹・・・!いきなり叩くのは・・・あーもう!」
小野寺くんから僅かに遅れて、長い黒髪をした綺麗な少女が自転車置場へやってくる。
彼女は状況を見て、何が起きたのかを察すると、俺に謝った。
「ごめんね、止められなかった・・・」
「気にしてないよ。それより、おはよう
「おはよう、風音くん」
少女が俺に挨拶を返す。
彼女も同じクラスの『
小野寺くんの幼馴染兼彼女で幼稚園からの付き合いらしい。二人とも顔が良いので、一年の時はかなり噂になっていた。
まぁ、二人がどういう関係であろうと俺には関係ない。当たり障りのない会話だけしておこう。
「二人は、朝練?」
「うん。私は、テニスで光樹はサッカー。風音くんは?」
「たまたま早く来ただけ。それじゃあ、二人とも朝練頑張って」
それだけ言うと二人を置いて下駄箱へと向かう。内履に履き替えて校舎に入ると、数名の教師が廊下に集まって何かを話しているのに気づいた。
興味はなかったのでそのまま立ち去ろうとしたが、アイツの名前が出て来た瞬間、無意識に身体が固まってしまう。
「・・・春の模試、やっぱり『
「ええ。ウチの生徒も頑張ってましたが、あの子には・・・」
「ずっと一位ですし、ああいう子を天才というのでしょうね」
「でも天才なら1学年下にも凄い子がいますよ。名前は確か・・・
会話に聞き耳を立てるのを止め、急いで教師達から離れて教室へと向かった。頭の中は後悔で一杯だった。
折角思い出さないようにしてきたのに、これでは意味がない。
階段を駆け上がり、『2-B』の教室に入る。早い時間だからか誰も居ない。
俺は自分の机に座ると気分を紛らわせようとスマホを点けた。
”能力”に関するニュースでも見て時間を潰そうと思ったのだが、それよりもある記事の見出しに目が止まってしまった。
『
思わず指がその記事をタップしかける。
だが寸での所で思い止まり、俺はスマホの電源を落として机に頭を伏せた。
◆◆◆
鈴斗と別れた俺と幸乃は、並んでグラウンドへと歩いていた。
「仲良いんだね、風音くんと」
幸乃がこっちを見上げてそんな事を言う。
「んー・・・仲が良いっていうか、俺が元々あいつを知ってたっていうか・・・」
「?」
幸乃が可愛らしく首を傾げる。
それを受けて俺は制服のポケットから生徒手帳を取り出し、挟んであった写真を渡した。
そこには野性味溢れる容貌をした一人のサッカー選手がシュートを決める瞬間が写っていた。
「・・・何これ?」
それを見た幸乃が目を細め複雑そうな顔で呟く。
俺は自信満々で答えた。
「俺のライバルだ!次の全国ではこいつに勝って優勝を・・・」
「いや、そうじゃなくて・・・!えっとね、もしもなんだけど、私の生徒手帳から女の子の写真が出て来たら、光樹はどう思う?」
幸乃から女の子の写真・・・?
考えてみると複雑な気持ちになった。
具体的に言うと、「あれ?俺って彼氏だよな?好かれてるよな?」的な気持ちだ。
それを正直に幸乃に告げた。
「・・・複雑かも」
「そうでしょ。今の私は、実際そんな気持ち」
それで彼女の言いたい事が理解出来た。
頭を下げて、めちゃくちゃに謝り倒す。
「ゴメン!今度から幸乃の写真だけにします!部屋にあるポスターも全部幸乃に・・・」
「部屋に行きづらくなるから気持ちだけでいいよ。それで誰なの、この人?」
幸乃は、少し頬を赤くしながら写真を返す。
俺はそれを受け取って言った。
「
「・・・凄い人だね。でもそれが風音くんと何の関係が?」
「ほらここ」
俺は写真の1ヶ所を指差し見せる。
シュートを放つ相場真司の後ろに居る、一人の選手だ。
ピンぼけしてるが、それを見て幸乃はこう言った。
「風音くん・・・?」
「多分な。この写真は全中決勝の時のやつなんだけどあいつ、サッカーやってたんだよ」
「へぇ。あれ、でも今は・・・」
「ああ、なんでか知らないけど今のあいつ、サッカーやってないんだよなぁ。あー入ってくれてれば去年全国でナマ相場と戦えたかもしれないのに!」
この高校は、去年の夏は出場を逃し、冬は全国の一回戦で敗れた。
相場の率いる麻二の背後すら見えてない。
「もしかして風音くんと親しくしてるのって、彼をサッカー部に?」
「そのつもりだったんだけど、あいつ、めちゃくちゃ心の壁が分厚くてさ。一年経っても何考えてんのかよく分からないんだよな・・・」
俺はもう一度写真を見る。
躍動感ある相場の姿とは裏腹に、その後ろで鈴斗は立っているだけだ。
呆然とした様子で相場を見つめているだけだ。
俺にはその時の鈴斗が何を考えて相場を見つめていたのか、やっぱり分からなかった。
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