この命果てるまで
エビス
序章
第1話 朝の一幕
目覚めて始めに感じたのは、身を切るほどの肌寒さだった。
「さむっ・・・!」
全身に鳥肌が立って震えも止まらない。どうやら昨日は布団もかけずにリビングで寝落ちしたらしい。
寒さにうめき声を漏らしながらエアコンの暖房を点け、床に転がっていたスマホを手に取った。
時刻を確認すると現在、午前5時27分、その数字を見てホッと胸を撫で下ろす。
(良かった、寝坊したかと思った・・・)
いつもだったら6時くらいに起きているから、それに比べたら全然早い。
きっと寒くていつもより早く目が覚めたんだろう。おかげで余裕を持って朝の準備が出来る。
なんだったら二度寝も・・・なんて考えが一瞬頭をよぎったが、自分の頬を叩いて誘惑を断ち切った。
寝ていたソファから起き上がり台所で珈琲を作る。そして戸棚から買っておいた惣菜パンを取り出して、リビングに戻った。
戻ると直ぐにテレビを点ける。やっていたのは朝の情報ニュースだった。
パンを齧りながら、そのニュースを見る。
『今年の5月は例年より冷え込む予想です。朝夕は暖かくしてお過ごし下さい。
・・・続いては世界のニュースです。 アメリカでまた”能力”を使った犯罪が起こりました。 この後、詳しくお伝えします』
キャスターが頭を下げて、番組がCMへと入った。流れるCMを黙って見ながらさらにパンを齧る。
そしてもうすぐ番組再開という所でスマホが振動した。テレビから目を離して、スマホを見ると着信画面に『母さん』と表示されている。
ニュースが気になりつつも俺は、その電話に出た。
「もしもし・・・」
『もしもし。おはよう、
「おはよう、母さん。どうかした? 朝に掛けてくるなんて珍しい」
俺が聞くと母さんは言葉を選ぶようにして答える。
『えっと、ちゃんと起きれてるかなって。それに、最近何かと物騒だし』
「あー・・・」
この物騒というのは、さっきニュースでもやっていた事を言っているのだろう。
最近、世界を騒がせている”能力”。
発端は数年前、ヨーロッパで透視能力を持った少年が見つかった事だった。それを皮切りに世界中で特殊な能力に目覚める人が現れるようになった。
例えば口から火を吹いたり、計算機みたいに正確な計算が出来る人だ。
報道されている数は少なく、中にはインチキも混じっているが、今では殆どの国で”能力”に目覚めた人達――通称、”能力者”が存在している事を認めている。
そして問題なのが、一部の能力者による能力を用いた犯罪が増加している事だった。
なんせ銃やナイフを使った犯罪は身体検査や金属探知機で対策も出来るが、探知する手段のない能力はそうもいかない。
規制も民主国家では人権による権利の主張が、独裁国家では抑圧に対する反発が起きて混乱は深まっていた。
そんな世界情勢の中、日本は元々の治安の良さのおかげか混乱は比較的抑えられている方だった。
少なくとも、高校生の実質一人暮らしが成立する程には治安が良い。
だから俺は、軽い口調で母に言った。
「大丈夫だよ。物騒なのは海外で、日本は平和だ」
『そうだけど、おじいちゃんは殆ど病院暮らしで家に帰れないのよ。あなたに何かあったら・・・』
「そこら辺はちゃんと話し合ったじゃないか。むしろ都心の母さん達の方が人が多くて危ないかもなんだから、気をつけてよ」
『鈴斗・・・』
悲しそうな母さんの声に少しだけ心が痛んだが続けて言った。
「じいちゃんを一人に出来ないしさ。転院だってあの状態だと厳しい。まぁ、何かあったら電話してよ」
そう告げて電話を切ろうとする。だが、その前に母が呟いた。
『・・・
後半の母さんの話は頭に入ってこなかった。
アイツらの名前が出てきた瞬間、暗い感情が心の奥底から噴き出してくる。スマホを握っている手にも力が入り、珈琲で苦くなった口の中がより一層苦く感じた。
「ごめん、遅刻するからもう切るよ」
『ちょっと、鈴斗!』
焦った母さんの声を無視して今度こそ完全に通話を切ってスマホを放り投げた。静かになった部屋の中でテレビの音声だけが響く。
『・・・大統領はこの事件を受け、遂に”能力”の申告を義務化する法案を上院に提出しました。これに対しアメリカ国内では、”能力”の登録は人権侵害か否かの議論が巻き起こっています』
気になっていたニュースが流れているがもう興味は失せていた。
テレビを消して、残ったパンと珈琲を胃袋に詰める。洗面台で顔を洗い、歯を磨いた。風呂は沸かす時間がないのでシャワーだけ済ませて、制服に着替える。
それが終わると6時半になっていた。鞄に教科書と参考書を入れ、玄関へと向かう。
外に出る前に誰も居ない室内を振り返る。
見送りなどいない。今この家には俺一人しかいないから当然だ。
両親と妹は東京の自宅だし、ここの家主のじいちゃんは病院にいる。
「・・・」
ふと、さっきの母さんとの会話を思い出した。
そしてそれを鼻で笑った。
「はっ・・・こっちは二度と会いたくないんだよ・・・」
俺はアイツらとは違う。
たまたま天才達の近くに居た、輝きに焦がれるだけの凡人。
それが俺――
もう切ったんだ。思い出すな。
俺も思い出さないから。
お前らの人生に俺なんて不要なんだよ。
「・・・いってきます」
誰も居ない室内に告げて家を出る。
扉を開けると朝の寒さに身体が震えるが、しっかりと鍵を閉め、じいちゃんの軽トラや狩猟で使っている道具が置いてあるガレージへと向かう。
シャッターを開けるとそこに置いてある自転車に跨った。
そしてそのまま通っている高校へと漕ぎ出して行った。
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