第7話

 仕方なく再び食料を集めに森に戻った時だった。見慣れぬ影が見えた気がした。


「なにか見えなかったか」


「夢でも見たんじゃないの、お兄ちゃん」


「それはお前もだろ、妹よ」


「ほら、バカを言っていないで探しなさい。見つけられなかったらご飯は抜きだからね」


「はい、ママ!」


「怖いもの知らずだな妹よ」


 ふっとなにかが動いた気配がする。なにかを蹴ったような音。


「やっぱりなにかいる」


「ふぇぇ、獣?」


 頭上から音が聞こえ、咄嗟に頭をガードする。垂直な残光。血しぶきが散る。


 影は俺に蹴りを入れると距離を取った。


「痛ってえぇ。二人とも下がってくれ」


 腕から血が流れていた。鋭利な物で斬られたか。


 正面には長髪が腰まである人物。顔も髪で隠れ、人相がつかめない。手にはガラスのようなものを握っている。


「ふぅん。意外と硬いんだね。驚いた」


「なんで攻撃する」


「私が攻撃したいから。みんな死ねば良い」


「なんで死ねば良いなんて……」


「人間が糞だから。身勝手で、傲慢で、人の痛みなんか分かりもしない。だから分からせてあげるんだ」


「身勝手が過ぎるだろ」


「そう。それも含めてみなごろしにする」


「狂ってる」


「ありがとう。光栄だわ」


 再び切り込んでくる。瞬きの間に肉薄している。尋常ではない速さだ。ガードする他なく、次から次へと傷が増えていく。


 今さながらに武器一つも持っていない自分に苛立った。


「しぶといね。さっきの人は、二、三回斬ったら動かなくなったのに」


 そういえばシャツに防護の付与をしたんだった。感謝するぜメモの人。だが反撃する手段がない。


「二人とも退いてくれ。俺も隙を見て逃げる」


「お兄ちゃん死んじゃうよ」


「任せて良いの?」

 レイカが珍しく心配をしているようだった。


「大丈夫なんとかする」


「分かったわ。こっちはこっちでなんとかするから、死なないでね」


「了解、お嬢様」


「行かせると思うかい」

「そう言うと思ったぜ」


 足元の石を拾い、そのまま殺人鬼の進行方向へ投げる。殺人鬼は駆け出しており、レイカとイオンに迫る勢いだった。だが手が届く前に石が遮り、回避行動を取らざるを得なかった。


 髪の隙間から血走った目を向けてくる。


「イライラするね、君」


「弱いものいじめは好きになれなくてね」


「いじめ? どこがいじめだっていうんだ」


「なんだよ、いじめられてたのか? やるなら復讐にしろよ」


「うるさい。この後やるんだよ」


 再びつっこんでくる。動きは直線的だ。恐らくまだ不慣れなんだ。


 腰半分ほど屈み、つきあげる。ガラスが肩にあたったようだが、当身で弾けとんでいく。また、同時に殺人鬼にも当身が当たった。


 殺人鬼は空中に投げ出され、背中を打ち付けるはずだったが、体を反転、四つん這いで着地すると、次の瞬間手を伸ばしていた。


 手を伸ばした先にはガラスがある。俺の方が近かったはずなのに、先に手が届いたのは殺人鬼の方だった。


 刃を再び手にすると、間髪入れず地を蹴る。


「今度はとどめを刺す」


「くそっ、速すぎる」


 右から連続攻撃を食らったかと思えば、左から斬りかかってくる。


「もたねぇ……」


 ふいに誰かが割って入ってきた。視線だけ向けると、そこにはタンクトップで筋骨隆々の男が立っていた。


「待ちなさーい。そこの髪の長い子猫ちゃん」


「誰だお前」


慈夢ジムっていうの。よろしくねぇ」


「お前なんか呼んでない!」


 叫んだ瞬間、斬りかかった。慈夢は五月雨式の斬撃をただ無造作に受けている。しばらく斬撃はやまなかったが、殺人鬼の方から距離をとった。


 殺人鬼は肩で息をしていた。


「なんなんだよ、お前!」


「ウフッ、無敵のボディをもつナイスガイよ、子猫ちゃん。それとも子犬君かしら」


 そう言ってウィンクした。

 殺人鬼の手の中のガラスは砕け散っていた。手を凝視した後、俺達を睨みつける。


「次は絶対殺す!」


 そう言うと地を蹴り、現れた時と同様に影の如く姿を消した。


 呆気にとられたが、ひとまず安堵していた。


「なんとか助けられたようね」


「ありがとうございます慈夢さん?」


「いいのよ、慈夢って呼んで。近くで若い男が亡くなっていてね。もしやと思って周辺を歩いていたの。ところでお名前は」


「リクって言います」


「よろしくねリク君。逞しいわね」


 視線を受け、ふっと訪れた寒気に一歩下がってしまった。


「いえいえ、そんなことは。それじゃあまた今度。連れを待たせているので」


「あら残念、また今度ね」


 そう言って、足早にその場を立ち去った。背中からあの子もハーレムにとか独り言が聞こえた気がした。気付けば全力で走っていた。

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