第9話 娘の才能(母親視点)
「にゃぁん、お母にゃん返して! 返してにゃー!」
「またこんなもの作って! シシリーちゃんのお母さんから聞いたわよ? これで遠く離れた場所でもおしゃべりできるんだって?」
「そ、そんなや事ないにゃよ?」
目が泳いでいる。
全く、この子の嘘のつけない素直さは嫌いではないけど。
それでこの先やっていけるかは別問題。
ここは親としてきちんと躾けてやる必要がある。
この子は馬鹿じゃないけど、煽てに弱く抜けてるところがあるから親としては心配なのだ。
まだ子供と周りは言うかもしれないけど、まだ子供だからこその問題だ。
初め
何せあの子がハーゲン国のダッツの街に居たのは物心がつく前。
だと言うのに今回作り上げたのはその当時の魔道具技術でさえ到達不可能と言われた遠距離通信を可能とするものだった。
それを子供が内緒話をするためだけに使うと言うのだから勿体ないどころの話ではない。
今ではすっかり信用を失った夫ロバートより、この子の発明の方がハーゲン王国への帰還に一役買いそうなほどの価値がある。
それを言えば一家離散の危機だから口にはしないが、あたしはいざとなったらその方針を取るつもりだった。
「別にあたしはね、怒ってるんじゃないのよ?」
「にゃん? そうなのにゃあ?」
怒ってないと言えば、さっきまでの激しい抵抗はすぐに消えた。
ニコッと笑って上機嫌になるあたり、この先騙されないか急に不安になる。
何せこことは違い、都会は悪意に満ちている。
成功者の裏には必ず敗北して、惨めに散った脱落者がいる。
そんな綺麗な街並みとは裏腹に住んでる人たちは成功者の足を引っ張ることに懸命だ。
そんな場所にこの子が清いままでいられるか?
戻りたいと言う気持ちとは裏腹に、この子はここで育った方が幸せになれるんじゃないかと言う親心が勝った。
実際のところ、ナーガ王国は住めば都だった。
最初こそ、その食生活や風土、死生観に引いたが。
都会と違ってご近所さんの対応が温かいのだ。
物がないからこそ助け合い、そしてひもじいからこそ食料のありがたみを知る。
娘たちも逞しく育った。
夫はアリーをハーゲン王国へ輿入れするつもり満々であるが、もし強行するつもりなら離婚も視野に入れなければいけないだろう。
「いい、アリー。お母さんはね、アリーに平気で嘘をつく子になってほしくないの。何か新しく作ったらまず最初にお母さんに見せて欲しいわ」
「にゃあ、怒らないにゃ?」
「モノによっては怒る……いいえ、びっくりしすぎて大きな声を出してしまうわ。でもね、あたしはアリーの味方よ。お腹を痛めて産んだ子だもの」
膝立ちで視線を合わせ、ギュッと抱き寄せた。
子供の体温は高い。あまり動き回らない子だけど、微熱が肌を濡らした。
「にゃあん、くすぐったいにゃ!」
サラサラとした髪が腕を摩る。
本当にこの子だけはよくわからない成長をした。
上の子はまだ一般的なケットシーの子供。
でもアルルエルは、アリーは本当にあたしの子なのかと目を疑うほどに毛並みが綺麗だ。
この綺麗さは貴族や王族並み。
王宮勤めの夫が、拐かしてきたのでは?
そう思う程の毛色の違い。
けど五年前までは確かに普通だったのに、何がこの子を変えたのだろうか?
やはり一度死に瀕したからか。
だからってそれだけでこうも魔力に満ちた毛並みにはならない筈よ。
十分に娘の体温を堪能した後、今度は抱き上げながら話すを聞いた。
「それで、このサイズで遠く離れていることもお話しできると言うのは本当なの?」
「にゃん! 本当にゃ。でも、お姉にゃん達には内緒にしてほしいにゃ」
「それはどうして?」
「僕達だけの秘密道具だからにゃん」
「秘密道具の域を超えてるじゃない」
「でも、これぐらいできないと僕はあの中でお荷物だからにゃ」
そんなことを気にしていたのか。
たしかにアリーは運動音痴だ。
3歳まで寝たきりで、外をはしゃぎ回る姉達を見て育った。
動けない事に負い目を受けていたのは分かっていたつもりだった。
でもそれ以上に、彼女は深刻に物事を捉えていた。
「だから、頭脳で役に立とうと思ったのね?」
「にゃん! でもお姉にゃん達も持ってたら特別感が薄れてしまうにゃん。僕とチロル団だけのものにしておきたいにゃん。仲間の証にゃん!」
すごくいい笑顔で答える。
これは無理に取り上げたら喧嘩になりそうだ。
ならばやんわりと問いただしてみようか。
「アリーはこの道具がみんなの暮らしをよくする為なら情報の公開はしたほうがいいと思う?」
「んにゃー? これがお金になるにゃん? お母にゃんが喜ぶならいいけどにゃ、後悔したとして、作れるのが僕だけじゃ意味ないと思うにゃ」
やはり賢い。
この子はきちんとこの技術の性質を把握して、かつその利用法まで考えて秘匿する事にしているのだ。
そして、情報の開示をしたところで作れなければ意味がない事まで理解している。
「じゃあ、みんなには内緒にしましょ。お母さんも何も見なかった事にするわ」
「いいにゃん?」
「だってお母さんが騒いだらアリーはお母さんと口を聞いてくれなくなっちゃうでしょ? それは困るわ。お母さんにとってアリーは手間はかかるけど大事な家族だもの。ううん、手間がかかるからこそ大事なの。もしお父さんがアリーの才能を見出してハーゲン王国に輿入れすると言い出しても、お母さんは一緒に反対してあげるからね? どこに行きたいかはアリーの意思を優先していいのよ?」
「にゃあん、ハーゲン王国にゃん? お父にゃんとその国はなんの関係があるにゃん? 輿入れって何のことにゃ?」
意外に食いつきが良かった。
ハーゲン王国についてまるで知ってるかのような食いつきだ。
一度として話題に出したことはないのに、どこで知ったのやら。
「ええとね、実はお母さんたちもともとその国出身だったのよ」
「にゃん!? そうだったにゃ!」
「でもね、あなたはまだ小さい頃だったから覚えてないでしょうけど、食べ物が合わなすぎて、このままじゃ三歳まで生き長らえることはないだろうってお医者様に診断されてしまったのよ」
「僕が原因でここに来たにゃん?」
「そうね、不思議と添加物の全く使われていない、新鮮なお肉はよく食べたわ。あたし達はあなたを通じてここの人達と関わりを持って、あなたが元気になってくれるのなら、ここに骨を埋めてもいいと思ったの」
「にゃあ……そんな経緯があったんにゃー」
「でもね、お父さんはまだハーゲン王国に未練があるみたい。だからね、もしアリーの才能をハーゲン王国に売り渡そうとしてきたら、お母さんに頼って頂戴?」
「お父にゃん、僕が要らないにゃ?」
「いいえ、大好きよ。自慢の娘だと言いふらしてるもの。でもね、あの人にとって一番大事なのは自分なのよ。己の経歴と、そしてプライドが何よりも高いの。今はそう見えないでしょうけど、お父さんは当時文官でね、本よりも重いものは持てない人だったの。今からでは想像もつかないでしょ?」
「にゃ! そうなんにゃ!?」
「そうなのよー」
「にゃあ。でも僕、魔法について興味があるにゃ」
「シシリーちゃんのお母さんが宮廷魔導士だったってお話は聞いた?」
アリーは首を横に振った。
初めて知ったとばかりに目を大きく輝かせている。
ではいったいどこからハーゲン王国のことを知ったのか?
「むかし、そこに住んでたってお話は聞いたのにゃ。シシリーもそこで住んでたらしいにゃ。僕、シシリーからそこでの暮らしを聞いて目を輝かせたにゃ。いつか行ってみたいって思ったにゃ。お父にゃんも僕を連れて行ってくれるにゃ?」
「そうね……でも、お母さん達も一緒に行くとなると先立つものが足りないの。そこでお父さんはアリーの発明品を売り出すかもしれないわ。アリーが許可を出すのならお母さんも助かるけど、無理はしなくていいからね?」
「にゃー、僕の魔道具って売れるにゃ?」
「そうね、魔道具じゃなくても欲しがる人は居ると思うわよ?」
「にゃん?」
「ブラジャーだったかしら? お姉ちゃん達がつけて自慢していたじゃない? 最近肩が凝って大変なのよ。もしあれがあったらお母さん家事が楽になるわー」
「にゃあ! お母にゃんも作るにゃ?」
「作ってくれたら嬉しいわねってお話よ? 無理矢理作らせようってお話ではないわ。でも世の女性はこう言う商品はきっと喜ぶと思うのよ。当時のハーゲン王国にも無かったわ。だから無理に魔道具に頼らなくても、人の助けになるアイディアでも十分お金になると思うの」
「にゃあ」
「お母さんも出来が良ければご近所さんに自慢しちゃうもの。それぐらいはしても大丈夫かしら? アリーが負担になると思ったら自慢は控えるわ」
「にゃん! 別に負担にはならないにゃ。でも一日に作れる数は制限させてもらうにゃ。お父にゃんがそれをお金にしても僕は特に何も思わないにゃん」
「そう? ありがとう。ごめんなさいね? 本当ならお父さんやお母さんが頑張ってあなた達を楽させてあげなきゃいけないのに」
「僕が今ここに要られるのはお母にゃん達のおかげにゃから。だから、恩返しくらいはさせてほしいにゃ!」
本当になんていい子なのだろう。
これでまだ7歳と言うのだから末恐ろしい。
一番上のサーニャですら親孝行をしようだなんて考えはないと言うのに。それくらい自分のことで手一杯。
それはアリーも同じだろうに。
だからこそ、その言葉と行動に誰よりも感謝した。
◇
そして空いた時間で作ってもらったブラジャー。
付け方があるそうで、教えに従って付けてみると……
「まぁ! 肩が軽いわ! 凄い楽になるのね!」
姉妹達がつけていて、いったいどれくらい違うのだろうと気にはなっていた。
そして実際つけてみた感触は、世界が広がって見えた。
それくらいの差があった。
肩の痛みそのものが消えたわけではないが、肩にかかる負担が違う。
そして曲がっていた腰がすっきりと伸ばされた気すらした。
「お母にゃん、若返ったみたいにゃ!」
「お世辞でも嬉しいわ」
「お世辞じゃないにゃん」
どこから持ち出したのか、アリーが姿見を手に持ってこちらに向けた。
そこに映ったのはいつも水瓶越しに見る疲れきった自分からは遠くかけ離れていた。
「え? これがあたし?」
「にゃん!」
「嘘でしょ? 結婚当時より若々しいわよ?」
今年で30になるとは思えない。まだ全然現役で通じる美貌がそこにある。
「にゃあ、それがお母にゃんの本当の姿にゃ」
「ありがとう、アリー!」
もはやあたしの方から抱きついた。
先ほどまでの子をあやす母親のものではない。
恩人に感謝を伝えるハグになっていた。
やっぱりこの子はあたしの子供よ。
こんなにいい子を王国に取られてなるもんですか!
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