第10話 子供の時間

 どうやら母もブラが欲しかったようだ。

 一度チロル団の証を奪い取られた時は焦ったけど、しらばっくれたら簡単に騙されてくれた。

 

 母は余程のお人好しらしい。もしかしてこの世界の住人は母のようなお人好しが多いのかな?

 それとも僕の愛らしさが母を勘違いさせてしまったか?

 それはさておき、ブラを作ってあげたら上機嫌で抱きついてきた。


 僕がトランシーバーのようなものを作った時はすごく怖い顔をしていたが、これが金を生む卵のように扱われないでいてくれてありがたい。


 シシリーから何度か連絡があったのか、ブレスレットの中心の魔石がうっすら緑色に発光していた。

 こんなことなら留守録機能でもつけておけば良かったよ。

 流石にそれは技術革新的すぎるかな?


 あまり心配させすぎてもあれなのでブレスレットを装着して刻印を発動させる。

 実はこれ、刻印を発動させない限り音が聞こえないのだ。

 発光する色によって誰から声が届いたのかを教えてくれるが、音は溜めておけない仕組み。

 今はまだ、ね?

 僕の技術ではこの程度で申し訳なく思うけどね。


『ごめん、シシリー。お母さんとお話ししてたんだ』


『あ、そうなの? んっとね、こっちは大した用事じゃないんだけど、アリーちゃんの声が聞きたくなって』


 なんて可愛い理由だろう。僕は嬉しくなってニャンニャン鳴いた。


 どうも僕は自分で気付かぬうちに語尾に『にゃ』をつけてるらしい。全くの無自覚である。

 自分で発してる気がしないのだが、僕の声真似をするシシリーからの返事はニャンニャンニャンと愛らしいものだった。


 僕そんなこと言った?

 問えば言ってるらしい。無自覚とは怖いものだな。


 僕のアイデンティティが死に瀕している。

 クール系を目指していると言うのに、その道のりは遠く険しいらしい。


「アリーちゃん、お肉あるー?」


 お昼前。

 僕のお部屋にくるなり、二番目の姉ナナンがお腹を撫でながら食べ物の無心である。

 今年13歳になると言うのに、7歳の妹に集れる神経ときたら呆れて物も言えないよ。


「なんで僕が持ってるって前提なの?」


「カーラちゃんから聞いたよー? 最近妹ちゃんと連んでお肉いっぱい持って帰ってるらしいじゃない? ずるいぞー、お姉ちゃん育ち盛りだからいっぱい食べたいんだ!」


 カーラというのは確かチロルの姉だったか?

 どうやらうちの次女殿はカーラさんの傘下に降っているらしい。

 しかしブレスレットに封じず素直に持ち帰ってたのか、あの子は。


 家来からの貢ぎ品だから自慢したかったのかな?

 僕の味付けを好んでくれたらいいのだけど。

 うちの姉妹は添加物多めでも気にせず食せるからなぁ。


「ニニャお姉ちゃんとセリーヌお姉ちゃんには内緒にしてね?」


「するする!」


 僕は肩掛けカバンの中からスクロールを取り出す。

 封印してるのはキッチンだ。

 今じゃスクロールの中からキッチンが飛び出るのはこの家では見慣れた風景。しかし外でやれば当然驚かれるので口外禁止だ。

 チロル団のみんなにも緘口令を敷いている。


「パンもいいなぁ〜」


 その中で発酵中のパンを見て涎を垂らした。


「焼けるまでまだ時間あるよ?」


「焼けたのはないの?」


「朝の出来事を忘れたと言うのなら、一度頭の中を覗いてみる必要があるね?」


 僕はチャキン! と解体用ナイフを構える。

 ナナン姉は即座に距離をとった。

 冗談は通じなかったようだ。

 喧嘩では絶対に敵わないのにさ。


 鉄板に猪の油を敷いて火の刻印石を起動する。

 熱した鉄板は本来7歳児が扱うのは危険であるが、この家では僕がご飯の支度をするので許可が降りていた。


「それってボア肉? 凄い! 妹ちゃんのところはもうボア肉仕留めてるんだね! あたし達はようやく最近! って感じかな〜?」


「まだミニボアだけどね? 最近危なげなく処理できるようになってきたよ。うちは魔法使いいるし」


「あー、シシリーちゃんね。いいなー、傷を負ったら回復魔法とか使ってくれるのかな?」


「どうだろう? 僕はまだ水魔法しか見たことないや。あ、ステーキと生姜焼きどっちがいい? どっちかね?」


「どっちもは?」


「なしで」


「えー」


 僕は一度犯した過ちは犯さない主義だ。

 もしここで臭いの蔓延を招こう物なら三女ニニャや四女セリーヌへバレるのは必然。

 なのでこんなこともあろうかと換気用魔道具『吸い取る君』を起動させる。

 ぶおー、と風が鉄板焼きから煙を吸い込んでいく。


「あー、美味しい匂いが逃げてくー」


 顔一杯に煙を浴びてたナナン姉が寂しそうに鳴いた。


「じゃあ、両方作って、余った方を僕が食べる」


「ちょっとづつ食べ合いっこしよ? 正直どっちも食べたいのよ!」


「もー、なんでそんなに食いしん坊なのさ!」


 正直僕は生姜が食べれない。

 なので生姜を含めずに、蜂蜜でお肉を浸透圧で柔らかくする手段を取る。ついでに臭みもとれて一石二鳥。

 甘くて美味しいし、僕は好き。姉も好き。家族全員が大好き。

 姉達が食べる場合だけ、そこにおろし生姜を混ぜてやる感じだ。


「はい、できたよ。僕は生姜にアレルギー持ってるから、そっちの寄越されても困るからね?」


「わかってるって! あたしは料理上手の妹を持てて幸せだにゃー」


 姉達も油断すると“にゃー”と出てしまう。

 しかし僕は常日頃から出ているようだ。

 つまり常日頃から油断していると?


 そんなバカな……


「いやー、満腹! じゃああたし遊びに行ってくるから!」


「あ、お片付けくらい手伝ってよ!」


 昼前の小腹が空いてる時に、昼食でも多めの量をぺろりと平らげて出ていく姉ナナン。

 下の姉達はそこまで無法者ではないと言うのに。

 どうしてこうも破天荒なのか。


「あら、アリー。今日はお出かけしないの?」


 一人洗い物に心を殺していると、外に出ていた母が戻ってきて呼びかけてくる。

 すっかり背筋も伸びて美魔女になった母は、近所でも有名なメスケットシーとしてよく声をかけられた。

 五匹も子を産んでまだナンパされるなんて父が聞いたら卒倒しそうだ。


「ナナンお姉ちゃんがご飯集りに来たのー」


「それは災難ね。あとの洗い物はお母さんがやっておくから行ってらっしゃい。表でシシリーちゃんが待っていたわよ」


「わ、待たせてた?」


「お母さんのローザと一緒に来のよ。ローザとはこれから出かける予定だったのだけど、シシリーちゃんはチロルちゃんが呼んでると伝えてくれってメッセージを伝えにきてくれたみたいね。声は届いてなかった?」


「絶賛お料理中でした。今返事したから。洗い物任せても大丈夫なら、行ってきます!」


「はい、行ってらっしゃい。今度からお姉ちゃんに無理強いされても突っぱねて良いわよ?」


「そうなの?」


「あの子、外でも食べ歩いてるみたいなの。その中でもアリーのご飯が一番だからついついお願いしちゃうのね。あとできつく叱っておくわ」


「うん、ありがとうお母さん!」


「ついでに外で待ってるローザに伝言頼める? 中に入ってきてちょうだいって」


「わかった!」


 なんだかんだ母とはあのあとすこぶる仲良しになった。


 父が無理強いしてきても、率先して前に立ってくれるようになった。姉達は依怙贔屓だと言うけど、これも僕の処世術のなせる技だもんね!


 ちなみにチロルから遅刻の罰として干し肉の作業追加を求められた。どうやらお姉さんのカーラさんから羨ましがられたようだ。


 なんだったら今度招待してお料理をご馳走して貰えと迄言われたが、そこは謹んでお断りさせていただいた。


 僕はタダ働きするつもりはないからね?

 チロル団の一員だけど、チロルちゃんの部下になったつもりはないと言ったら「仕方ないか」と引き下がってくれた。


 どうやらダメ元で頼んでみたらしい。

 ワンチャン、引き受けてくれたら父の待遇が良くなったかもしれない話が来たが、別に父に恩を売るつもりもないので聞かなかったことにした。


 母曰く、どうも父は僕の技術でお金儲けを画策しているようだ。

 ブラの件は僕の都合で無料提供してるが、流石に僕は遊びを優先させてもらうよ?


 子供の時くらい、自由に遊ばせて欲しいもんだよ。

 お金を稼がざるをいかなくなった時は、また別だけど。

 今はまだ、ね?

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