第8話 チロル団の軌跡

「アリー、凄いよこれ! 胸が痛くない!」


 目の前でぴょんぴょんと飛んだり跳ねたりしているチロルは、僕お手製のブラをつけて喜んでいる。

 クララも寄せてあげた訳じゃないのに結構なボリュームの胸をその場でジャンプして動きの邪魔にならないか確かめていた。


 その中で一人、気もそぞろで中腰でいるリジー。

 うん、彼には少し刺激的だったかな?

 でもおかしいな。同一種族以外では恋愛対象として見れないような種族特性があったように思うが?


「流石に恋愛対象にみれなくても〜、気にはしちゃうよ」


「そう言うもんなのかね? 僕としては運動性能向上のためのアイテムのつもりだったけど」


「実際に動きやすくなったよ〜。あとはもう少し運動して体力作んないとだけど」


「そこはまぁ、同意するよ」


 僕たち獣人は基本的に狩猟の際、道具……武器などを使わない。

 特にこのナーガの集落では爪や牙、場合によっては尻尾などを振るって武器とする。

 それでも僕は近距離攻撃だけに特化するのは危険だと思うんだよね。


 リジーは特にチロルやクララに比べて俊敏とは言い切れない。

 パワーはあるが、動きは遅め。

 盾やハンマーを持たせるといいタンクになってくれそうだった。


「これを僕に?」


 背を覆い隠すほどのタワーシールドを見上げながらリジーが訝しむ。こんなものがなくたって自分は戦えると言いたげだ。


「うん、リジーはこのメンバーの中で唯一のパワータイプだろう? そしてリーダーのチロルやクララが危険に迫った時真っ先に体を張る」


「そりゃ僕はこの中で唯一のオスだし。メスに怪我をさせたとあっては一族の恥だから」


「でもリーダー達だってメンバーのリジーにも怪我はしてほしくないよね?」


「そうだぞ! 今回ばかりはアリーが正しい!」


「うんうん!」


「だから僕はこう考える。この盾はみんなを守るための盾であると同時に君自身も守る盾だ」


「順序が違うんだ?」


 普通であれば自分の身を守るのを最優先とすべきだが、リザディアンの肉体はそこまで脆くない。

 それこそ体を張るだけで角ウサギの突進ぐらいは耐えてみせるだろう。

 だからこれは強敵を相手にする際にみんなを守るための盾とした。

 もし猪の子供の突進を防ぎ隙を作れたら?

 故意にそれを誘発するだけでどれだけ狩猟がやり易くなるだろう?

 

 そう情報を並べ立てればリジーは頷くほかなかった。


「成る程、だからみんなのための盾なんだ。でも僕にチャージボアを受け止められるかな?」


「受け止められなくても、弾いて進行方向をズラすだけでも戦略は広がるはずだ。動けない相手ならシシリーだって魔法の命中率が上がるでしょ?」


「うん!」


「成る程。逸らすだけでも優勢に立てるんだね。ありがとう、大事に使わせてもらうよ、アリー」


「そしてリジーだけにプレゼントするのもアレだからみんなにもブレスレットをプレゼントするよ」


「ブレスレット?」


「腕つけるアクセサリーかな? 僕たちの仲間であることを示すマークがつけてあるんだ。もちろん、リジーの盾にも同じマークがついてるよ」


 盾の中央には虎のマークとチロル団と可愛いロゴ入り。

 耳につけるイヤリングも最初考えたけど、正直耳って触られるのも嫌なので自粛した。

 シシリーは僕に触らせてくれるけど、誰でもいいって訳じゃないしね?


「おお! これ、あたしの種族か? それにあたしの名前! チロル団か! どう言う意味だ?」


「チロルを中心にしてまとまってる皆と言う意味だよ。新しいメンバーが増えても大丈夫なようにしてみたんだけどどうかな?」


「カッコいい!」


「かわいい!」


 チロルはカッコいいと叫ぶが、クララは可愛いと称する。

 主観の違いに早速張り合っている。仲がいいことだ。


 ちなみにそれぞれに刻印が記されてる魔道具だ。

 これはこっちの世界にあるかはわからないが、メンバー全員に声を届けるトランシーバーの役割を備えている。

 理由あって団から離れた時、離れてる時に寂しくならないように作った。

 いつでも一緒だぞ、という意味で話すと、家に帰ってからもお話ししようとかチロルが言い出した時は参った。

 もしバレたら取り上げられそうだ。


 普通に軍事利用できちゃうもんね、これ。

 ナーガの集落の人達がそう使うとは思いたくもないけど、これひとつで大きく戦略が動くのは間違いないもんね。


「リジーの盾にも同じ機能がついてるからね?」


「僕だけ大きすぎない?」


「もちろん取り外し可能だよ。この部分をペンダントとして首から下げられる」


「アリー、ってほんと器用だよね」


「よく言われる」


 今までただ集まって一緒に遊んでいたメンバーだったが、改めて集まりの名前を考えて行動し始めると趣も変わってくるものだ。


「やっぱさ、名前がついたからにはでっかいことしたいじゃん?」


 チロルにもそういう感情が芽生えたようだ。

 例えば? と促せば今はウリ坊ことミニボアで手いっぱいな僕ら。

 でもゆくゆくは親の猪、チャージボアも仕留めたいと言い出す。


 7歳児5人組でそれはデカすぎる夢だと思う。

 だがみんながみんな無理だとは思わなかったようだ。

 それができたら凄いよ!

 僕を除く全員の瞳が期待で満ち溢れていた。


「でもその前に、ミニボアを労せず仕留められるようになってからね? 僕だってできれば最高だと思ってるよ。でもいきなりは無理だ。練習を積まなきゃ。いや、君たち風にいうなら修行かな?」


「修行!?」


「修行か! 私も強くなれる?」


「己を知り、敵を知れば百戦危うからず。何処かの偉い人もそう言ってた」


「アリーちゃんでも知らない人の言葉?」


「ともかく、僕は直接戦闘に参加はできないけど、今度からこのブレスレットで一緒に作戦指示を出せるようになったから。あとはみんながどれだけ僕の言葉を聞けるかだね?」


 試すように聞いて回るが、誰も反論する様子もない。

 いい加減僕も料理当番以外の役割が欲しいとわかってくれたみたいだ。


「よーし! 今から行くぞ!」


「「「「おー」」」」


 チロルはリーダーとしての士気上げが得意で助かった。

 僕のブレスレットだけ特別性だと知ったら後で怒られそうだけど、早速僕たちは狩猟を開始する。


 前衛はチロルとクララの二枚看板。

 足の速さを売りに翻弄して中衛のリジーの前に誘い出す。

 

 森の中でリジーは一人誘い込ませたモンスター角ウサギを相手に、タワーシールドの練習を行っていた。

 

 頑張って木の上に登ってからメンバーに向けて作戦を飛ばす。

 まずはリジーからだ。

 同様にシシリーにも木の上に登ってもらった。

 真上からの方が狙いをつけやすいからだ。

 同じ木だと狭いから、向こう側の木へと登ってもらう。


『リジー、今君に向かってまっすぐ突き進んでいる角ウサギが見えるよね?』


『うん!』


『僕がタイミングを出すからそのタイミングで盾を前に押し出してみて?』


『押し出すだけでいいの?』


『それで相手がどうなるかを知る練習だからね?』


『そっか』


 返事は短めで、そして角をまっすぐ突き立てて一直線に向かってくる角ウサギ。

 「今!」という掛け声とともに突き出されたタワーシールド。

 角ウサギは体勢を崩して近くの木に角を突き刺していた。


「わぁ、こうなっちゃうんだ?」


「まずは上出来だね。相手が動けなくなれば僕でも仕留められるから。よい、しょっと」


 木の上から飛び降り、全体重を乗せた肉切り包丁で首を落とす。

 頭は正直いらないので、

 その場で木に吊るして血抜きも済ませてしまう。

 獣に食べられないように少し高めに吊るしておこう。


「さ、次に行こうか? まだ血抜きに時間かかりそうだし。みんなも体力有り余ってるでしょ?」


 さほど戦闘時間は多くない。

 本来なら追いかけ回して攻撃する等非常に疲れる狩猟だが、タンクが一人いるだけでこうまで安定すると知ったらメンバーはまるで自分たちが強くなった気分で次々と獲物を求めた。


 おかげで戦闘した場所は結構なスプラッタな光景になってしまったが、これ以上は持ち帰れないと判断して加工してお土産とした。


 食事を終えた後にブレスレットの新機能を伝えておく。


「あ、このブレスレット、多少の荷物なら入るからお土産持って帰る際には使ってみて?」


 軽く言ったら、何言ってんだこいつって顔で全員から見られた。

 そりゃそんな機能があると言われても寝耳に水だろう。


「アリーちゃん、唐突すぎるよ。声が聞こえるだけで十分だって言うのに」


「本当だよな。で、どうやって使うんだ?」


「えっとね、“収納”て唱えながらブレスレットを荷物に当てるだけでいいよ」


「本当だ、盾も入っちゃった!」


 早速リジーが試したのだろう。持って帰ろうもんなら何を言われるかわかったもんじゃない盾をしまった彼は安堵に包まれていた。


「盾は荷物枠じゃなく、リジーの呼びかけに応じて出てくれるよ。出ろって念じて見て?」


「そうなの? 出ろ! うわ、本当に出た!」


 それを見てチロルやクララが「「すげー」」と声を上げる。

 ちなみにブラについても紐付けしてあると伝えたら早速ある状態とない状態で試していた。

 家に帰った後にこれはどうしたのと聞かれた場合の対応策である。

 ブレスレットであれば、僕が作ったで言い訳がきくが、それ以外のものとなると説明しようがない。

 というか作ってくれと言われても面倒だ。


 重いものを持つのも修行だとし、お土産のお肉は持ち帰らせ。

 家族にばれちゃまずいものをブレスレットにしまって僕たちは別れた。


 そしてその晩、早速シシリーから内緒ばかしが伝えられた。

 今日はありがとう、お母さんも喜んでいたよとのことだ。

 二人して狩猟に向かなすぎる性格だからね。気持ち多めに渡したのを喜んでくれたならないよりだ。


 え、お前は何もしてないじゃないかって?

 僕は料理したからいいんだよ。

 料理人特権だ。

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