第7話 同世代コミュニティ
いつものように、シシリーと一緒に遊んでいると。
周囲から視線を感じた。
「おいお前ら!」
誰だろうか? 街の雑踏の中で複数人に呼びかける場合、個人名を呼びかけるのが一般的だ。
悲しいかな、今世の僕の知り合いといえば家族かシシリーさん一家ぐらいしか居ない。
きっとどこかの誰かに向かって言ったのだろう。立ち止まろうとするシシリーの手を引っ張って先に進もうとする僕に向けて、今一度大きな声がかかった。
「そこの貧弱そうな猫耳のチビ! お前の事だ!」
「誰が豆粒どチビだクラァ!!」
「そこまで言ってないよ、アリーちゃん」
どうやら僕たちについて呼びかけていたらしい。
犬っぽい垂れ耳を下げた少女は腕を組み、取り巻きと思われる子分を従えて不敵に笑っていた。
さっきまで楽しい気分だったのに、急転直下で沈んだぞ、どうしてくれる。
「おい、お前。みない顔だな。どこの家のもんだ?」
「まず貴方が誰ですか? 人に名前を聞くのなら、自分から名乗るのが礼儀では?」
「む、そうなのか? あたしはチロル・ナーガ。ここ、ナーガの集落の長の五女だ。今度はそっちが名乗る番だぞ」
「僕はアルルエル、こっちはシシリー」
「家の名は?」
「僕の家族が君たちとの会話をする上で何か関係があるのか?」
何やら親の七光りでしか威張れない可哀想な人達のようだ。
「いや、ないな!」
無いのかよ。じゃあなんで聞いたし。
言った本人はどこか誇らしげだし。
さっきからやたらと震えてるシシリーが逆らうなと目で語る。
どうやら近所のいじめっ子集団のようである。
「とにかくだ、あたし達はこの集落で手を取り合い生きていく宿命! 長の娘としては同年代の子の面倒を見る責任があるわけだ。分かったか」
要は要職についてる両親の進退を決めるのも自分の親。
他の子達は逆らえずに付き従ってるんだろうな。
「なるほどね。なら僕は君の助けは必要ない。お帰り願おうか?」
「なに?」
チロルと名乗った少女は、僕のような回答をしてきたものが始めたのだったのだろう。
「おい、話と違うぞ」と急に仲間を頼りだして泣き言を言った。
どうやら力で押さえつけてるだけの親分と言うよりは、親にそう言われて責任を感じて無理している感じが見て取れた。
取り巻き達も「チロルちゃんがんばれ!」と応援してる。
なんだ、ただの口下手な子なんじゃないか。
シシリーがやけにビビってるから僕も気を引き締めてしまったじゃないか。少しばかり悪いことをしてしまったか?
「分かった、分かった。僕たちが悪かったよ。仲間になる、それでいいのか?」
「アリーちゃん、大丈夫なの?」
「どうやら力で押さえつけるタイプじゃなさそうだからね。僕としては会話が通じるだけで十分さ」
「でも、アリーちゃん運動音痴でしょ?」
うん? 友達になるのと運動のできることに一体なんの関係が?
さっきからシシリーの懸念点がいったいどこに向いているのか、どうも僕は間違えていたらしい。
仲間、というか友達になり。
そして一緒に行動するようになってはっきり分かった。
「ぐへー」
「アリーちゃん! 大変、チロルちゃん! アリーちゃんがバテちゃったよ!」
「またー?」
僕は同年代の少年少女の基礎体力を舐めていた。
そりゃそうだ。僕の姉妹ですら家族の為に体を張って狩猟をしている。僕が落ちこぼれだからと同年代が同様に落ちこぼれというわけではない。
なんだったらとびっきりの身体能力を持て余す。
それが付き合って初めてわかるチロルという少女のスペックだった。さすがこんな蛮族達を纏めている集落の娘なだけはある。
取り巻きの少年少女達も同様に飛んで跳ねてついていく。
少し遅れてシシリーが入っていき、僕は途中でリタイアする事が多かった。
「お前、そんな体力じゃこの集落で生きていけないぞ?」
「うるさいなぁ、そんなの僕が一番分かってるよ。あと僕はアルルエル、アリーって呼んでよチロルちゃん」
「じゃあアリー」
「うん、それでいいよ」
親からそう躾けられてるのか、チロルは頑なだった。
リーダーとはかくあるべき。一に仲間の為、二番目に使命を尊ぶ。
でも僕のような落ちこぼれを入れても、僕を見捨てることはなかった。いっそ見捨ててくれた方が楽できるのに、彼女は一人の犠牲者も出す事なく使命を完遂する事を心がけているようだった。
それもリーダーとしての資質なのかな?
「じゃあ一旦休憩だ。クララ、あたしと一緒に食事用の獲物の準備。リジーは食事の準備な? 新入り達に教えてやれ」
「うん!」
「はーい」
本当に子供だけで何でもかんでもやるようだ。
わからないことは親や先輩から聞いて学び、そしてこのコミュニティの中で昇華させる。
そうやってこの地域の人たちは生きてきたのだろう。
クララは狼の耳を持つ少女。
リジーはトカゲの尻尾を持つ少年だ。
胸元を隠してるか隠してないかがこの年齢の少年少女を見分けるコツかな?
女子は僕くらいの年代でも普通に膨らみ始めてる。
チロルもブラ無しで辛そうだが、リーダーとして弱音は吐けないのかみんなの前では平然としていた。
リジーは火打ち石を擦って枯れ木に火種を起こそうと頑張っている。しかし何分経ってもうまく火がつかず、半べそ状態。
当番制なのか、前まで担当していたものが別の当番になったのかで今はおらず、コツを聞き出そうにも聞き出せない。
そんな場所に僕は割って入った。
「手伝うよ」
「まだ体力戻ってないだろ、ここは僕がやる。僕が任されたんだから」
おや、責任感はあるようだ。
だったら僕は僕のやれることをするべきだな。
肩掛け鞄唐スクロールを取り出して広げる。
刻印魔石を並べてる途中でリジーが話しかけてきた。
「なにしてるの?」
「気になる?」
「べ、別に」
「隠さなくてもいいじゃないの。うりうり〜」
「ち、近いよアリーちゃん」
ウリウリとシシリーにするような距離感でほっぺをくっつけたら顔を真っ赤にして俯いてしまった。
どうやら僕の方に問題があったらしい。
話を戻して僕は説明をする。
「これはね、魔導具って言うんだ。刻印を刻んだ僕にしか使えないけど、こういうことができる。見てて──“収納、解除”」
ボフン、とそこに現れ出でたるは。
キッチンである。
僕は物を運ぶ際、このようにスクロールに収納して運んでいた。
全ては僕が貧弱であるが故に、こうでもしなきゃ持ち運べないからだ。
「凄い! アリーちゃんは錬金術師なの?」
「これって錬金術なの?」
「知らないけど、なにもないところから何かを生み出すのは錬金術だってお母さん言ってたから」
ふむ。この場所でもそういう知識がある程度広まってるんだな?
生活習慣が野蛮だとはいえ、一般知識にそこまで偏りはないと見るべきか?
ちなみに錬金術は他にどんなことができるのか聞いたら、よくわからないとのこと。
凄いと言うことはよく分かるが、詳しくは知らないようだ。
そして暫くすると、チロルとクララが一抱えする程の小型のウリ坊を担いできた。この歳でそれを仕留めてくるとは凄まじいな。
僕達に見せびらかすためか、はたまた人数が増えたから頑張って捉えたのか、その表情からはドヤ顔が見て取れる。
いや、これはドヤっても仕方ない。僕でもドヤる。
しかしそれ以上に目を見張ったのが僕の持ち込んだキッチンだったようで、チロルはクララと支えていたウリ坊を持つ手を緩めて叫んだ。
「って、うお! なんじゃこりゃ!」
ウリ坊はドサリとその場に落ちた。クララ一人じゃ支えきれないようだった。
「アリーちゃんが用意してくれたんだ。彼女、錬金術師みたい」
「錬金術師ってなんだ?」
チロルはクララに聞くが、クララもよくわからないらしい。
どうやらこの中では偶然リジーが知ってただけだったっぽい。
「僕は体力よりも知識担当だってこと。台所も用意してある。今のうちに解体しちゃおう。獲物はこっちに運んで、ここに吊るしちゃおう」
「う、うん」
「アリーちゃん、手慣れてるね?」
「家では僕は料理当番だから。体力がないからこれくらいはさせてよ。シシリーはいつものでいいよね?」
「大丈夫でーす」
元気のいい返事をもらう。
チロルの許可を取って、調理を開始。
解体は迅速に、死んだ瞬間から鮮度は落ちていくからね。
僕の肉体は特に死にたてがベストと言わんばかりに好みが狭く限定的。だから調理の際も無駄な動きはない。
運動神経は悪いけど、手際はいいとだけ付け加えさせていただく。
「わっ凄い」
「本当だな、さっきまでの鈍臭さが嘘みたいだ」
「誰にだって得意分野があるからね」
「アリーちゃんは特にこっちが得意だよ! お料理も絶品! お母さんが褒めるくらいなんだよ!」
「へぇ、大人を認めさせたのは凄いな。アリー、あたしにも手伝わせてくれ」
「じゃあこのお皿をみんなに配って」
「そんな雑用じゃなくてさ」
「雑用一つ満足にできないで、もっと大変な料理をやるつもり? それに雑用だって大きな仕事だよ? せっかく美味しく料理を作れても、それを盛り付けるお皿が用意されてなかったら台無しなんだ。この意味はわかるよね?」
「よーし! この大仕事、ナーガ族の娘チロルが引き受けた!」
「よろしくね〜」
チョロい。シシリーより扱いやすくて助かるよ。
料理はシンプルに鉄板で炒めたステーキと小さく切った生姜焼きのような臭み消し系のハーブを用いた香草焼き。
実際に生姜もあるし、それは作れるけど、僕のお腹は受け付けないんだよねぇ。
姉達には評判がいいから作ろうか迷ったけど、当てにされすぎても困るかな?
だから単純な料理と、たいした手間ではないけど香辛料を使った料理を作る。
残りは調味液に浸してから干し肉にする。
猪って臭みもそうだけど、油分も多いからね。
僕はその両方がダメだから家族へのお土産かな?
チロル達に持ち帰らせてもいい。
そして実食。
僕はチロル達同世代の胃袋を完璧に掴んでしまったようだ。
よく動く子には香草焼きのようなおしゃれな奴よりも、でかい! 美味い! のステーキの方が喜ばれた。
特にチロルとクララが大絶賛だ。
唯一、リジーだけが香草焼きを評価してくれた。
憂い奴め。僕も香草焼きをつまんで食べて、休憩はおしまい。
夕方まで遊んで唐帰路についた。
帰りが遅くて心配した両親に今日の馴れ初めを話すと、良かったねぇと喜んでくれた。
どうやらこの年にもなって友達がシシリーしかいないことを心配してくれたらしい。
僕なりにうまく立ち回っていたつもりだけど、親からしてみたら僕は一人遊びが好きな陰キャだったようだ。
無念。
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