第6話 女心と成長格差

 あれから、うちの食生活にパン食が加わった。

 一人で黙って食べるのは無事に阻止され、うちの新しい顔になった。


 というか、シシリーまでうちに食べに来るくらい定番になりつつある。おばさんまで来ていて、というか普通にうちの親と知り合いだったそうだ。

 なんとも狭い世間である。


「にしたって、シシリーのおばさんとうちのお母さんが知り合いだとはねぇ」


「世間は狭いねー」


 なんて笑いながら談笑してクロワッサンサンドを頬張る。

 この度、僕の魔道具もパワーアップしてね。

 オーブンや発酵室、保菌庫などの実験と失敗を重ねているうちにコツを掴んだのだ。

 ローラー云々は魔法刻印のノウハウでなんとかした。

 バターとかは、ミルクが売ってるのでそこから作った。

 生憎とここでは加工品はここでは売ってないのでね。作るしかないのだ。で、作った。


 お肉の加工も最近着手しつつある。

 流石に日本で食した味とは程遠いが、食品添加物の少ない僕向けの自然派の味わいでとてもシンプルで胃に優しい。

 もしかしなくても、前世の僕はこの手のジャンクフードで身を滅ぼした口か?

 だからかやたらと味にうるさい。というか普通に味の好みが激しい。野菜とかは普通に食べられるのに、食品添加物が全然ダメだった。

 解せぬ。

 生姜とか玉ねぎ、ニンニクとか人の食うモンじゃねーと僕の体が拒んでいる。


 ちなみに、姉ナナンはたいそう美味しそうに食していた。

 どうやらこの症状に苦しむのはケットシーの中でも僕くらいのものらしい。

 ますます解せぬ。


「それにしても驚いたわ、ロナリーさんがこんなご近所に越して来ているなんて」


 ロナリーというのはシシリーのおばさんのこと。

 シシリーは5歳くらいまで、向こうの大陸に居て、こっちに越してきたのは2年くらい前だとか。

 まだ存命だったお父上が、なんとも偉業を果たしたとかでようやく妻と娘を迎え入れられる段階になったそうで越してきたんだそうだ。


 と言うか、シシリーって僕と同じ年齢だって聞いて二度見したよ。

 どう見ても大人びている顔立ち、

 見た目にそぐわぬボディライン。

 僕のツル、ストーンな寸胴ボディと比べるのも烏滸がましいほど『女』をアピールしているではないか。


「どうしたの、アリーちゃん?」


「なんでもないよ。それよりお風呂入ってく? 洗いっこしよう」


「どうしたの突然?」


 ちょっと同年代の体つきが気になるとかそんなのじゃないぞ。

 断じて違うと言い訳させていただこう。

 そう言った興味は姉妹と洗いっこしてる時点で失せている。


 子供同士の洗いっこは戦争だ。生きるか死ぬかの戦いなのだ。

 シャンプーが目に入ろうと知ったこっちゃない。気分次第で髪が乱され、湯をかけるタイミングも完全にこちらの意識を無視したもの。

 なんだったら泡すら落ちてないのに終わりと言って放置される。

 そして姉妹五人で入れるほどうちの湯船は大きくない。

 導き出される結論は……一人寂しく湯冷めする僕と言う散々なものである。


 そこから一人抜けようと、僕の安住の地は風呂にない。

 というか、普通にシャンプーもボディーソープもある時点でおかしいと思っていた。

 しかし親同士の会話を盗み聞いてようやく合点がいく。


 これ、割と世界の技術形態は前の世界くらいあるだろ?

 でもどういうわけか、この場所だけ時代から取り残されてる気がヒシヒシと感じるのだ。

 そしてお風呂という密閉された空間でしかできない内緒話もある。


 僕はシシリーから都会暮らしのなんたるかを聞き出すべく誘い出したのだ!(早口)

 そして……


「くすぐったいよ、アリーちゃん」


「むむぅ!」


 僕はシシリーの身体を弄りながら物思いに耽る。

 これはいったいどういうことだ!?

 同年代でこれほどの格差があるのは納得いかないぞ?

 僕のほっそりボディとは大違いじゃないか!


 結局僕のボディとの差を見せつけられて終わったので、悔しくなってお湯に流した。

 別に、悔しくないもん。


「今度は私の番だね、頑張るぞー」


 シシリーがうさ耳を憤らせて元気よく僕の腕を洗う。

 最初こそ勢いがあったのだが、次第にその勢いは落ち着いていき……なんかすっごい丁寧に洗い出したんだけど、どうした?


「あの、終わらないからもう少し早く」


「ふえぇ、こんなご立派な毛並み、雑に洗えないよぉ」


 なぜか泣かれた。なんでだ? 

 うちの姉妹はもっと乱暴だぞ?

 そんなにこの毛並みが羨ましいか!

 僕だってシシリーのご立派なボディが羨ましいぞ!

 そう言いながらじゃれつく。


「大丈夫だって、僕はいっつも雑に洗うし。その程度でへこたれる毛並みじゃないぞ」


「ほんと?」


「ほんとほんと」


「じゃ!」


 そう意気込むのに、当初のような勢いは削がれてなんとか洗い終わる。湯に流され、一緒の湯船に浸った。


「ふぃー」


「アリーちゃん、オスみたいだよ?」


「だってすごい時間かかったモン。冷えた体にお湯が染みるよ」


「それは、ごめんなさい」


「シシリーは悪くないよ。僕の毛並みを気遣ってのことだったんだよね? えらいえらい」


「んなー」


 この子は頭を撫でられても嫌な気分にならないのだろうか?

 確認もせずに頭を撫でる僕もそうだが。


 ちなみに僕は触られるのも嫌。尻尾も同様で、『おう、誰に断って触っとるんじゃ』、なんて凄む自信がある。

 猫ってそういうところあるよね?


 って言うか、もしかしなくても僕ってジャンクフードに何かしら苦手意識があり、且つ日本の猫の特性をまんま引き継いでいるんじゃないか?

 だとしたら最悪としか言いようがない。


 むしろそれくらいのデメリットがないと錬金術のようなチートが貰えなかったまである。

 転生したって事は都合よく神様とかと出会ったんだろうけど、そこらへんの記憶はないんだよな。

 なんだったら前世の顔も名前も思い出せない。

 死因だって謎だ。でも、男であったことと食生活、趣味のサブカルだけは鮮明に思い出せた。


 そしてゆったりしながらぱちゃぱちゃとお湯を掛け合う。

 女児ふたりで浸かるにはこの風呂は大きすぎた。

 シシリーは顔を半分埋めて僕の攻撃を阻止長い耳をバタつかせて応戦した。

 僕の耳はそこまで長くないので防戦一方だ。くそう。

 ないものばかり、僕の手に届かない。


「アリーちゃん、そう落ち込まなくてもすぐに大きくなるよ?」


 その慰めが喧嘩を売る合図だと知っていて言っているのか?


「別に、羨ましくなんてないもん」


「よしよし」


「うぅっ」


 僕はシシリーにヨシヨシされてにゃんにゃん泣いた。



 「「ぶえー」」


 風の魔法刻印に二人して顔を突っ込んで声を鳴らした。

 僕たちは特に耳が弱いので乱暴に拭くのはNGなのだ。

 なので微風、では弱いので強くはない程度の風で、髪を乾かす。

 火の魔法刻印をブレンドして温風だ。

 あまり熱くしすぎると髪が軋むので油断大敵。

 僕は体も弱いが、肌も弱い弱々ニャンコである。


 うむ、自分で言ってて悲しくなってくるぞ?


 そのあと拭きあいっこして服を着る。

 その時シシリーが僕の特別制尻尾穴が珍しくて興味を示した。

 通常、下着の尻尾穴は切り込みが入っていて、その上を紐かなんかを通して結ぶのだが、僕がその下着を着用すると高確率で擦れて痛い。

 僕が幼少時(今もだが)下着嫌いだった理由はそこにある。

 ないなら作ればいいに精神で出来上がって今に至る。

 お陰でこれ以外の下着を見るのも嫌だ。

 洗濯しちゃうと、替が効かないからどうにかして代用品を考えているのだが、尻尾の開放感を知った姉たちが目をつけて履きたがるのが目下の不安要素と言ったところか。


「アリーちゃんの下着の尻尾穴、珍しい形だね」


「僕、特に尻尾の付け根が弱くて通常の穴だと擦れて痛いんだ。だから僕用に作った。えへん!」


「アリーちゃんお裁縫もできるの? 凄い!」


「まだ編み物まではできないけど、切って結んで縫いつけるくらいはできるよ?」


「それでも凄いよ! アリーちゃん多才だね!」


 おっと? ここにきてベタ褒め攻撃だ。

 それは僕がちんまいボディのことを気にしすぎて落ち込んでるから別のことを褒めて立ち直るきっかけをくれてるのかもしれないな。

 だとしたらとてもいい子だ。シシリー、いい子。僕覚えた。


「まぁ、それほどでもあるけどね?」


 僕は調子に乗った。

 そしてシシリー専用の下着に着手した。

 胸が育ってきてもきつい下着のままだと将来垂れてしまうだろうとブラのようなものを作った。

 前世男だった僕の知識ではすぐに解決できなかった。

 両親たちが言うハーゲン王国と言うところなら、ブラとか売ってるんだろうか?


「うわ、凄い! 胸元が苦しくないよ。ありがとうアリーちゃん!」


「もう少し動いてみて、ズレるようなら言って。調整するから」


「うん!」


 こうして僕は女性用下着に少しづつ詳しくなっていく。

 どうせお世話になるなら自分でも知っておきたい。

 姉たちにもブラの受けは良かった。

 特に狩猟の際揺れずに視界の邪魔にならないと絶賛だった。


 つまり揺れるらしい。

 走っても弾んでもピクリともしない僕とは大違いである。

 種族どころか姉妹なのにこの成長差ときたら。

 僕はその日から豊胸ストレッチを始めた。

 脂っこいお肉も頑張って食べて、やっぱり寝込んだ。


 どうやら僕に理想的なボディはまだまだ早いようである。

 ちくせう。

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