第4話 シシリーさんちのズボラ飯
病気の回復をきっかけに、僕はうさ耳少女ことシシリーのおうちによく通うことになる。
その度によくオス達からの視線を攫うが、どこ吹く風で受け流す。
毛並みの良さがそんなに羨ましいか、メスからの嫉妬の視線も含まれた。
「シシリー、そんなにくっつかれると動きにくいんだけど?」
「アリーちゃんは私が守るの!」
どうやら彼女なりに責任を感じているようだ。
この世界の美しさの順位が毛並みで左右されるため、ボサボサのシシリーと僕とじゃ天と地がひっくり返らない限り縁がないぐらいに思われてるんだろうなぁ。そんなこと全然ないのに。
「ただいまー、お母さんアリーちゃん連れてきたよー」
「お邪魔します」
「あら、よく来てくれたわね。興味食べていくんでしょ?」
「ご馳走になります」
僕がこの家に奇異の視線に晒されながらも通う理由。
それが……シシリーのおばさんの作るご飯がきっかけだった。
通常、僕たち獣人は種族によって食の好みが分かれるものだが、彼女はもともと料理に携わっていた経緯があり、生の人参を齧ることで生き甲斐を感じるラビリアンとはまた毛色が違っていた。
まず最初に肉は温めるし、ニンジンも皮を剥く。
切ったり煮込んだり、さらに発酵させたりと。とにかく日本の食文化に近いことをやっていたのだ。
僕は通ううちに『揚げる』技術を提供し、既に技術の一つにあったソースをかけて食べるコロッケが完成したのだ。
そのたねにいくつかの魔導具の貸し出しをしている。
僕の扱う刻印式のものではなく、魔石を燃料にして取り替えるタイプのものだ。本当ならシシリーのおばさん専用にしたいのだが、シシリーも見様見真似で作る時が来るかもしれないと、限定を解除しておいた。
僕の刻印は盗難防止を込めて本人のみ扱えるようしてあるけど、シシリーの家は魔石さえ用意すれば誰でも扱える。
ただし一般家庭での出番はほとんどない。
料理をする家庭なんてほとんどないからだ。
そしてやはりと言うか、この家では食事を皿に盛る。
一見当たり前のように思うが、僕の家では僕が用意しなきゃ普通に生肉を食ってたし、野菜も生でぼりぼり食ってたからね?
だから僕はこの家に通うのだ。
シシリーの友達ですよ〜と言う名目を使ってでも。
「たくさん作ってあるからたんとお食べなさい」
「わぁい!」
「シシリーにはキャロの素揚げも用意してあるわ〜」
「わぁい!」
キャロの素揚げ。それは前世のポテトチップスに近い。
素材がニンジンなので、ポテトチップスと同様にカリカリにはならないが、揚げたてはラビリアン曰く最高なのだとか。
僕の舌ではその旨さは感じ取ることができなかったが、コロッケは美味しくいただけた。
僕の体は塩分をあまり受け付けない。
それはつまり保存食をあまり受け付けないと言うことだ。
家族がなんで生肉を尊ぶのかと言えば、それが理由だろう。
僕がここで自分に合う料理を覚えて持ち帰ることで食事のグレードも上げていきたいな。
ここでは獣人に合う食生活が学べた。
でも、コロッケは美味しいけどその受け皿となるご飯は必要不可欠だ。パンでもいいけど、まずパンが売ってないからな。
そのパン作りの素材は、意外にもこの家にあった。
シシリー宅はおばさんのズボラさが招いた保菌庫がある。
ソースの熟成場所として今現在使われてるのにお邪魔して、僕は果物からパンの酵母菌を作り出してるところだ。
小麦は生で食う種族がいるので確保できたが、生憎と粉を挽く技術がないのでそこは僕の魔導具が解決してこうやってコロッケをいただくことができている。
卵は普通に売られてるよ。
無精卵はバーディアンのお小遣い稼ぎにもってこいだからね。
「ご馳走様でした!」
「でした〜!」
「お粗末様でした。ここらの部族ではあまり料理が受け付けないみたいでね、おかげでうちは変わり者扱いさ」
「前はどこの部族の支配地で働いていたんですか?」
「そうだねぇ、ハーゲン様はご存知かい?」
僕は首を横に振る。
「モーリー様の治めるこのナーガの集落より更に北にメイ様の治めるジーの集落がある。そこから大陸を跨いで渡った先にあるのがハーゲン様の治めるダッツの集落だよ。そこで私は育ったのさ。旦那とは同じ職場で出会ってねぇ。ここ、モーリー様の集落が生まれ故郷だから大陸を渡ってきたのさ」
おばさんは懐かしげに目を細めるが、僕の頭の中はアイスクリームメーカーでいっぱいになった。
もしかしなくてももしかするんだろうか?
僕が知らないだけで、ここってなんかのゲーム、またはアニメの世界だったりする?
なんてこったい。どうりで食事は荒々しいのに服とかはそれなりにおしゃれなものが揃っていると思った。
つまり、僕たちが野蛮な暮らしを余儀なくされてるのはその原作がそう言う設定をしたからだな?
「アリーちゃん、難しい顔してうんうん唸っちゃった」
「何か考え事をしてるんだろうねぇ。きっと新しいお料理のことでも思いついたんじゃないかい?」
「そうかも!」
「シシリー、洗い物するからお水出してくれるかい?」
「はぁい!」
僕が考え事してる横でマイペースに家事が繰り広げられる。
脂っこい皿は汚れが落ちにくいだろうと思ったら、一応お湯を沸かして火を消してから皿を投じていた。
これもダッツの集落で得た知識だろうか?
技術力がここの1000年先を行ってる自覚があまりないみたいに扱ってる。
これは貧乏とか関係なさそうだぞ?
僕は家族水入らずを邪魔せずに保菌庫へと向かう。
そこではぶくぶくと泡を出す果実の酵母菌を取り出すと瓶をよく振ってから元の場所に戻した。
順調に育ってくれてるね。
あとはパンを作る上で一番重要な釜戸と、発酵室か。
これは僕が実際に作ってみないとわからないからな。
大量に作るならともかく、まずは自分用で何個か作るところから始めよう。
レシピの調整はその都度決めればいいか。
その日はコロッケをご馳走になりながら、保菌室の状態を模倣しながら自分の部屋にも似たようなものを作った。
そして、一週間後。
僕はついにパン一号を手に取って天高く掲げた。
「何してるのよ、アリー。あら美味しそうな匂いね。なんのお肉?」
二番目の姉、ナナンが僕の手からパンを引ったくると、そのまま口に入れる。この泥棒猫め!
「あー、お姉ちゃーん! 返してよー」
「なんだかふわふわしてるわね。アリーにしては美味しいに直結しないもの作るなんて珍しいわね?」
「これはまだ途中なの! 僕の薬タイプのお肉は少し脂身が多いじゃない?」
「たしかにそうね」
「でもね、これに挟んで食べたら?」
「たしかにこのふわふわなら、脂身を吸収してくれる?」
「うん。僕はそう思ってるんだ。それに、ほんのりお魚風味!」
「あら、たしかにそうね。ひもじくなったらこれも足しになると?」
「満足はできないだろうけど、小腹の足しにはなると思うの」
「そっか。じゃあできたらあたしにいの一番に食べさせなさい?」
「えー」
僕はあからさまにブー垂れる。
「あら、サーニャ姉なき今あたしがこの家の筆頭狩猟長よ? お肉の提供はあたしがしてると言っても過言じゃないわ!」
そうだった。一番上の姉は恋人を作ってさっさと家を出て行ったんだ。今では二番めの姉が家族の食糧調達の要。
僕は相変わらず野鼠一匹が限界。なので仕方なくお肉サンドはナナンの手に渡った。と言うか奪われた。
「美味っしー!」
「お姉ちゃん、それ何?」
「何ー?」
3番めと4番めがそれに食いつく。
僕は母に睨まれながら、パンをひたすら焼く係に回った。
とほほ。
でもお魚フレーバーは僕が握ってるので、あの味だけは僕のものだ!
と、思っていたのも束の間。
「アリーちゃん? お姉ちゃん達に何か隠し事してないよね?」
翌日の事だ。
二番目の姉ナナンが三番目と四番目を従えて僕の部屋へと押しかけた。
それもよりによって僕が秘密のお魚フレーバー入りパンを焼いているときにである。やはり匂いか? 匂いが原因か?
「そ、そんな事ないよ?」
僕は視線を泳がせた。
そして、姉達にお魚フレーバーパンを強奪された。
毛並みを整えてやったのにもかかわらず、姉妹に絆なんかは存在せず、ただ弱肉強食だけが存在する。
誰かー、末妹にも慈悲を!
今度からパンはシシリーのお宅でひっそり焼こう。そう固く誓うのであった。
南無。
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