第3話 うさ耳少女シシリーとの出会い
さて、姉達の嫉妬から解放されたので午後からは自由行動を始める。まだ七歳とちんまい僕ではあるが、美人姉妹の末っ子という立ち位置を利用して街を散策していると、必死に道ゆく狩人に呼びかける声があった。
「あの、少しだけでいいんです。お話を聞いてください!」
「おい、ここはお前みたいなちびっこが来る場所じゃねぇぜ?」
歳の頃は僕より少し上か? 8歳か10歳くらい。
二番目の姉か三番目の姉と似たような背格好だ。
ピンと立った二つの耳が特徴的なラビリアン。
うさぎの獣人だね。ケットシーと同じくマスコットに見られることが多いらしい。
「それでも、お母さんが病気で大変なんです! 魔法は使えますから! パルミエルの霊草がある場所まで連れてってください!」
「おい、どうするよ?」
狩人の大人達が困ったように顔を見合わせる。
御涙頂戴話に乗っかるか乗っからないかで迷ってるようだ。
しかし、それに食いつくメリットがないように言葉を濁す。
少女の願いはそれだけ無理難題であるということか。
「お嬢ちゃん、悪いことは言わないからお家に帰りな。お嬢ちゃんが俺たちを雇える大金を持ってるようには思えねーよ」
それはわかってて相談してるだろうに、命惜しさに断るので精一杯って感じだった。
仕方ない、僕が人肌脱ぐかな?
両親への親孝行を終えた僕はそれなりの実験結果を出しているからね。ここらで新たなステップを踏んでおきたかったのもある。
人体実験といえば聞こえが悪いが、要は人助けである。
相手の容態がどのレベルまで進行してるかが問題だが。
「ねぇ」
「はぅ! すっごい綺麗な毛並み!」
顔、ではなく毛並みの評価をありがとさん。
君も綺麗だよ? って言うと大体怪訝な顔されるから言わない。
「あの、今の声は貴女が?」
「うん。困ってるようだったから、僕でよければお話聞くよ?」
「あぅ、えっと……僕?」
どうやらどう見てもメスな僕の一人称が気になるようだ。
残念なことにこの世界にボクっ娘は存在しないと証明されてしまったな。
「メスだよ、僕って言うのはキャラ付けだから」
「あ、うん」
納得してくれたような、よくわからないけど諦めたような笑顔を向けられた。これはきっと変な子だと思われたな?
変な子で間違いはないので問題はないな!
それよりも話を進めよう。
「貴女のお名前を教えて?」
「はぅ! シシリーです」
「シシリー。僕はアルルエル。よろしく」
勝手に手を繋いで、ぶんぶん振った。
なんていうかぼけっとしていて心配になる子だ。
普段姉から心配され通しだからね。
我が家の問題児の僕さえ気になるこの子、相当抜けてる気がしてきたぞ?
「アルルエルちゃんは、霊草パルミエルって知ってる?」
「さっきの狩人さんにお願いしていたお花?」
「うん、うちのお母さん。ずっと病気で塞ぎ込んでて。それでその病気を治すのにその薬草が必要らしくて……」
霊草パルミエル。確か図鑑で見たな。
どんな傷でも治せるエリクサー的ポジションのお薬だっけ?
素材の入手場所も断崖絶壁の頂上、その通り道にドラゴンが出てくるとかで難易度がバカみたいに高い。
いかに高名な狩人でも命を捨ててでもそれを入手するかって言われたらあきらめるように促すのが当たり前だと思う。
問題はそれじゃなきゃ治らない病気って方が問題だよ。
っていうか、らしいと言ってる時点で自分で知り得た知識じゃないんだよね?
「そのお話は誰から?」
「ウチによく来るおじさん達が言ってたの。お母さんの病気を治すのはお医者さんに頼むか、そのお金がなければそのお花を持ってくるなりしないと無理だって」
「そのおじさん達はシシリーのお友達?」
「ううん。そのおじさん達が来るとお母さんはいつも気分が悪くなるの。どうしてだろう?」
ああ、訳ありなのね。
きっと金貸しや借金取りかな?
そんな商売がこの世界にあるかはわからないけど、親しい関係ではなさそうだ。
「ねぇ、シシリー。シシリーのお母さんに合わせてくれる?」
「いいけど? アルルエルちゃんはお母さんの病気が何かわかるの?」
「うん。僕そういうの得意だから。だから分かるかなって」
「ほんと? じゃあこっち!」
シシリーに連れられて、僕は彼女のお家へお邪魔する。
その場所は街外れのあまり清潔とは言えないスラムの端にあった。
お家というより掘建て小屋だ。匂いもキツい。きっと何日も水浴びしてないのだろう。嗅覚が敏感になってからそっち系の匂いがとにかくダメになった気がする。
「ただいま! お母さん」
「シシリー、おかえりなさい」
ゴホゴホと本当に具合が悪そうなうさ耳お母さん。
お母さんて言うけどまだまだ美人。まあ10歳くらいのお母さんなら20〜30代だもんな。
こっちの世界の大人は15歳からだし、その歳から子供を作るのが常識みたいに扱われてるっぽい。
一番上のサーニャお姉ちゃんも行き遅れてなければ子供がいる年齢って言われてびっくりしたなぁ。
全然想像できない。僕もあと八年でその世界に飛び込むのかと思うとガクブルもんである。ヤダ、おひとり様でいたい。
オスに手籠にされたくない!
「あら、そちらの子は?」
「アルルエルちゃん。お薬に詳しいからって連れてきたの」
「まぁ、こんなに小さいのに凄いのね」
「はじめまして。家族からはアリーと呼ばれてます。今日はよろしくお願いします」
「ええ、それにしてもシシリーがお友達を連れてくるなんてね。この子、毛並みが悪いからそればかり気にして。貴女のような毛並みのいい子がお友達になってくれたら嬉しいわ。ゲホッゲホッ」
「お母さん!」
口に手を当て盛大に咳き込む。ベッドに寝ているからか、掛け布団に吐血の跡が残されている。
喀血するとか相当ヤバいんじゃ? ちょっと疲労が溜まってる程度かと思ってたけど、これは本格的に取り掛からないとヤバそうだ。
「シシリー、お水の用意はできる? その、出来るだけ魔法で」
「うん、できるよ!」
「じゃあ、用意してくれる? 僕は今からお薬を調合するから」
「うん。水精霊よ、我が掛け声に耳を傾けたまえ。集い、潤え。ウォーターボール」
魔法の詠唱中、彼女の毛並みが艶めくことはなかった。
おかしいな。うちの家族は魔法の才能を獲得したことで毛並みが良くなったのに。
ラビリアンはまた別の素質が必要なんだろうか?
「あ、お水はこのお鍋に入れてね?」
僕はカバンからスクロールを取り出して、床に広げた。
その上に魔石を置き、【起動】させる。
すると床に置いたスクロールの中からお鍋が飛び出てくる。
このスクロールは封印の刻印が刻まれている。
ここに置いたものを紙の中に封じ込めて、僕のような非力な子供でも持ち運べるようにしたのだ。
それを見たシシリーが目を見開いて驚いた。
「なにそれ! アルルエルちゃんも魔法が使えるの?」
「これは魔法じゃなくて技術だよ。魔石という媒介が必要不可欠だけど、魔法の素質がなくても魔法に近しいことが出来るんだ」
「凄い凄い!」
「でもこれだけじゃお母さんは治せないから」
「あ、そうだね。お水は今ので足りた?」
「もうちょっと欲しいかな? お湯を沸かすから、沸騰させるタイミングで蒸発しちゃうから」
お鍋の中に【火】の刻印を刻んだ魔石を入れて【起動】させる。
お鍋の中の水が、ぽこぽこと泡立ってきた。
刻印起動中は魔石がぼんやり光るので、効果がいつ切れるか分かりやすくていいよね。
「凄い凄い! 本当にお湯が沸かせるんだ!」
「シシリー、お水を先にお願い」
「あ、ごめんね?」
シシリーは自分も魔法を使えるというのに、僕の魔法っぽいインチキの力にいちいち驚くから話が進まなかった。
「おばさん、お水は飲めますか?」
「お水を入れてくれたの? ありがとうね」
「僕にはこれくらいしか出来ませんので」
一度煮沸させたお湯を、首から下げた鞄の中に入れたポットに注いで、そこに粉薬を混ぜる。
栄養剤と、ポーションの薬液、後は解毒剤。
呪いとかそういうのだと僕には対処できないから、本当にこれは応急処置だ。
ポットの蓋を閉めてよく振る。
このポットは冷却の刻印が施されているので、起動させながら振るだけで熱湯も冷たくなるのだ。
一度熱したのは粉薬を溶かす意味合いもあった。
「薬草を煎じたので少し苦味があると思いますが」
「本当にお医者さんのようね。ふぅ、冷たくて美味しいわ。これがお薬? ごくごく飲めてしまうわ」
「あ、おいしくてもゆっくり飲み込んでください」
「ごめんなさいね。普段はむせてばかりで、むせずに飲めるのが嬉しくてつい」
「それならば良かったです。シシリーもありがとう。僕もお水は出せるけど、魔法を使うとデメリットが大きいから」
サーニャお姉ちゃんと同様、お腹の奥がムズムズするデメリット付きだ。その日は一日中グテッとしてしまうのでなるべく使わないように心がけている。
「どういたしまして! 私もお母さんの病気が良くなってくれたら嬉しいもん」
シシリーが嬉しそうにしてるとほっこりするな。
毛並み云々で落ち込んでるのが勿体無いくらいの美少女だ。
いや、この場合は美幼女かな?
僕もそのジャンルに含まれるっぽいけどいまいち実感が湧かずにいる。
なんだよ毛並みの良さって。そこ褒められたって嬉しくないっての。
と、調査はこれで終わりではない。
問題はこれが人為的に起こされた場合だ。
僕はシシリーに協力してもらって、普段口に入れてる食料庫や井戸を案内してもらった。
「やっぱりあった」
それは腐った死体だ。なんの動物かはわからないが、腐敗が進行しすぎて原型を留めてなかった。
それが井戸の底に沈んでいる。これじゃあ飲み水が汚染されてるわけだ。
しかしピンポイントでシシリーのおばさんだけ病気になるものだろうか?
ご近所さんも病気になってないか聞いてみた。
「シシリー、この井戸はご近所さんで共有して使ってるんだよね?」
「ううん、みんなは近くにある川から汲んで使ってるよ。ここの水は澱んでるから美味しくないんだって」
「うん? じゃあおばさんも使ってはいない?」
「使ってないよ。あ、でも……」
シシリーは何かを思い出したように言った。
「お母さん、ズボラだから」
その一言で腑に落ちた。
きっと川まで汲みに行くのを面倒がって楽をしたのだ。
飲食には使わずとも掃除や洗濯に使っちゃったかなぁ?
それだったらじわじわと感染しちゃうのもわかる気がする。
「シシリー、今度からお水はシシリーが魔法で出してあげて?」
「その方がいいかな?」
「絶対いいよ」
「じゃあそうするね!」
その日から病弱だったおばさんは体調を良くしていった。
ただのズボラで起こった悲劇とか、マジで勘弁しろって話だよ。
でもなんだってあんな腐敗した遺体が放り込まれてたんだ?
それが妙に気になった。
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