第2話 家族への恩返し

「お姉ちゃん、これあげる〜」


 僕は早速行動に移す。今までの恩返しだとばかりに猫撫で声で近づいてプレゼントアタックを仕掛けた。


「あら、綺麗な石ね。私の毛並みに似合うけど……それって嫌味よ?」


「うぬぅ」


 人間の時であれば好みの服に合わせた色合いの宝石を送るのが定石でも、獣人社会は毛並みの美しさが全てにおいてトップなせいか、美人筆頭である僕からそれ以下の姉に贈り物をするのは理解できないとされてしまうのだ。何てこった。そう言うところだぞ、獣人社会!


「貰ってよぉ、せっかく作ったんだからぁ〜〜」


 こう言う時は末っ子特有の駄々をこねるで引き留める。

 見よ、7年培った本職の駄々のコネ具合を。

 僕はこれで何回も父を陥落させてお小遣い前借りしたもんね!

 決して毛並みのいい僕が脅したとかはないぞ?

 迫真の駄々のコネ具合で勝ち取ったのだ。

 ビバ、末っ子!


「まったくあんたって子は。オスからたくさん貢いでもらえるのに、それを袖にしてまでモテない私なんかにこんな贈り物をしたがる。はっきり言って異常よ?」


 異常って言われた。いや、でもさ僕から見たらお姉様方の方が美少女揃いでそれといつも比べられる方が気が引けるって言うか。

 顔がいいだけじゃなくてスタイルも抜群!

 僕なんて子供だからつるん、ストーンと絶望的な未来しかないんだぞ!? 

 だと言うのに毛並みがいいからって嫉妬の対象に挙げられる。

 元男としてそれだけは許せなかった。

 このレベルの姉達が負けヒロインだと?

 獣人社会はどうなってるんだ!


「だってお姉ちゃん綺麗だもん。僕ばかりチヤホヤされるのは嫌なのー。お姉ちゃんも一緒に綺麗になろうよぉ〜」


 お腹にタックルしながら頭をぐりぐりと擦り付けてやる。

 ふへへ、末っ子のタックルは効くじゃろ?

 僕の甘えん坊タックルは父を何度も撃沈した必殺技である。

 なんでか同性には効かないので母を筆頭に姉達からは簡単にひっぺがされるが。


「これをつけたら綺麗になるの?」


「うんうん!」


 疑わしげな視線を送られる。まぁ誰が見たって嘘だってわかるもんな。

 それをまだ成人もしてない七歳の末っ子が言ってるのだ。

 信じる方がどうかしてる。


 でも、もしそれが本当なら?

 何せ僕がこの毛並みを手に入れたのが6歳の頃。

 それまでは一般的のパッとしない毛並み。

 姉が食いつくのも無理はない。

 毎晩異音と異臭を発生させてる僕の怪しい研究が結果を出したことはあまりないが、それでも試してみたくなると言うのが乙女心だ。

 特に美に強いこだわりがあるなら尚更藁にもすがる思いだろう。


「ま、せっかくあんたが作ってくれたんだし、貰ってあげるわ」


「やった! えへへー、僕がつけてあげるね?」


「ええ、お願い」


 姉、サーニャが後ろ髪を捲り上げてチラリとうなじを覗かせた。

 ちょちょちょ、お姉さん!? 誘ってるんですか?

 同性ながらドキリとする。こんな美少女に目もくれないオス達は本当に見る目がないと僕は思うわけだよ。

 毛並み毛並みって犬猫かってーの!

 ケットシーは猫だって? 知ってるよ!

 

「どう?」


「超似合ってるよ! やっぱり僕の見立ては大したものだ!」


 パチパチと手を叩けば、サーニャお姉ちゃんも満更でもないようにポーズを取った。エクセレント!

 こんな美少女に尽くせるなんてなんて役得なんだ。

 実際は僕の方がモテモテなのに目を瞑ればだが。

 だから僕は姉達を獣人基準で美少女に持ち上げてやろうと画策した。

 僕のプレゼントはここからが本番である。


「じゃあ今から魔法の刻印を刻むね? ちょっと苦しいけどすぐ終わるから」


「ちょっ、アリー!? 聞いてないわよ!」


 僕は魔法の詠唱をした。

 足元の魔法陣がぐおんぐおん唸りをあげる。

 カタカタと震える魔石。そして僕の額に刻まれた魔法陣が古傷のように浮かび上がり、事前に刻んであるネックレスのアクアマリンが共鳴した。


「魔術刻印・水流!!」


 ブワッと僕を通じて姉、サーニャと刻印がリンクする。

 まるで熱病にかかったように体がだるくなり、意識が朦朧とする。

 魔法使いは毎度毎度この儀式を乗り越えなければいけないとか、どれだけケットシーに魔法適性がないのかよくわかるだろう。

 正直僕もこれさえなければバンバン魔法を使うのに、一発打つだけでノックダウンするので早々に諦めている。

 それと言うのも、姉の口ぶりから察せられた。


「くっ、身体中が熱い! まるで発情期に入ったみたい」


 そう、発情期だ。

 15歳を超えたらケットシーは一年の内数週間発情期に入りっぱなし。月に数週間といえど、年間を通せばその回数は過半数では効かない。

 一番上の姉、サーニャは僕の8つ上の15歳。

 今とってもオスに見せられない顔つきでうっとりしていた。

 ケットシーが魔法使いになれない最たる理由がそこにある。

 

 僕はまだ未体験だが、姉の顔を見るに今から恐ろしい。

 あの普段から凛としている姉が一瞬でふにゃふにゃになってしまった。だが、それ以上の効果がその毛並みに現れる。

 僕はタイミングを見計らって手鏡を渡した。


「うそ、これが今の私?」


 驚きに満ちた顔。先程の地獄はまさにケットシーの呪い。

 愛玩動物として飼われてきた過去がケットシーから戦闘能力を奪ってしまったのだ。

 なので子供を産んで育てる能力だけがやたら高い。

 多産なのもそれが理由だろう。


 なのに姉と歳が離れてる理由が気になるって?

 単純に一番上の姉が売れ残りだからである。

 今は五人姉妹として暮らしてるが、本当なら13姉妹なのだ。


「ね、綺麗になったでしょ?」


「今まで僻んでてごめんなさい」


 姉が僕の胸に泣きついてきた。

 ようやく僕に向けてた嫉妬心が霧散したらしい。

 こんな美少女を泣かせる世界基準なんて許せねぇ。

 僕はぽんぽんと姉の背中を撫でた。

 別に変なところは触ってないぞ。


「うん、随分と遠回りしちゃったけど……ようやくお姉ちゃんを綺麗にすることができてホッとしてる」


「あんたって子は……本当に不器用なんだから」


 涙ぐんだ目で抱きつかれてお姉ちゃんからいっぱい甘えてもらう。

 元男としてこれ以上の役得はないよね?

 まあ、興奮とかは一切しないんだけど。


 と、一番上の姉が片付いたら次もやってしまおうと二番目と三番目と、四番目の姉にも同様にプレゼントと称して渡した。


 やっぱり最初こそ何か企んでるって誤解されたけど、毛並みが美しくなったらこぞって手のひらを変えて喜んだ。

 なんだかんだで美しさへの執着が半端ないのは人間もケットシーもおんなじだよね。

 僕はほら、精神が男なもんで「かわいい!」だの「美しい!」だの「地上に舞い降りた天女!」だの言われても「はぁ、そっすか」としか返しようがない。


 姉達は違う。なまじ五人姉妹とライバルが家庭内に多いので姉妹内での嫉妬や妬みがひどかったのだ。


 その日から僕は本当の意味での姫プ生活が始まる。

 姉が突然美しさを手に入れたら、女親が気にならないわけがないのだ。みんな僕のプレゼントしたネックレスで美しく輝く毛並みを手に入れたとなれば、親孝行をするのにもタイミングが良かった。

 メスが毛並みを尊ぶなら、オスは狩猟の腕を尊ぶ。


 うちのお父さんは女系家族の大黒柱であるが、同時に唯一のオスであるからか非常に立場の弱い生活を強いられている。

 特にある日突然毛並みの良くなって天狗になった姉達が、唯一のオスであるお父さんを品定めするように見てしまうのは仕方のないことだった。


 なので僕は元オスとして身体活性のブレスレットをお父さんに送った。お母さんには姉達と同様に毛並みの良くなるネックレスだ。

 魔法を使えるけど、使うと一気に毛並みが悪くなるので使わない前提で言明しておく。と言うか、この情報をうるだけで僕は一生遊んで暮らせるだけの大金を得られるんじゃないかと思ってるが、姉からは絶対に漏らすなとお小言をいただいている。


 そりゃ、ライバルは増やしたくないもんね。

 なお、水の魔法を使い切ったら二日間水甕の中にネックレスを鎮めるだけで魔力がチャージされる。


 姉達はいかに毛並みをキープするかで対策会議を開いていた。

 いつの間にかその場に母も混ざっているのが面白い。


 僕? 僕は特になにもしなくたって毛並みいいからね。

 姉からの嫉妬の目は霧散したので悠々自適にやれてるよ。

 お父さんからは狩猟自慢がうざくなってきたところで距離をとった。

 男の自慢話は人間も獣人も変わりないくらいにウザいのは何でだろうね?

 僕も前世でそうだったのかと思うと途端に気が滅入ったよ。

 はぁ、お布団の中が僕を一番輝かせてくれる。

 睡眠最高! いいことをした後の睡眠はなにをおいても最高だった。

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