猫耳転生! 〜ケットシーの錬金術師〜

双葉鳴🐟

アルルエル幼少期(7歳)

第1話 末っ子アリーは変わり者

 僕の名前はアルルエル。家族からはアリーって呼ばれてるよ。

 どこにでもいる普通のケットシーさ。

 唯一他のこ子との違いを挙げるとするなら、朝は頗る弱いと言うことかな?


「アリー、起きなさい」


 早速ねぼすけの僕を叩き起こしに来たお母さんの声が般若のそれだ。

 この世界にそんなものはないけど、あえて僕はそう例える。

 ここで狸寝入りするのは容易だけど、その後が怖いのでのそのそと起き上がる。


「ふわぁああ、なに、お母さん?」


「お姉ちゃんたちはみんな起きて狩りに行ってるのよ? 後はあんただけだから早くなさいって言ってるの!」


「わかったぁ」


 返事をしたらもう大丈夫だろう。

 のそのそと布団の中に入り込んだ。

 ふわぁ、お布団最高〜。すやぁ。


「そう言いながら二度寝するな!」


 にぎっ。

 僕は掴まれた。否、ケットシーが一番弱点とするウィークスポットを引っ張られたのだ。お陰で変な声が出てしまう。


「んぎゃ!」


「これに懲りたらさっさと起きる!」


「ふぁい。むにゃむにゃ」


「全く誰に似たのか。お姉ちゃん達は立派に育ったのにあんたと来たら!」


 僕はどこにでもいる普通のケットシー。

 けどケットシー族の中では一番の落ちこぼれ。

 朝起きれないのもそうだけど、狩猟も苦手。

 唯一の取り柄は毛並みがいいくらいだ。


「ほら、お姉ちゃん達のように朝食を獲っておいで!」


「はぁい」


 正直に言うと寝不足だ。

 尻尾を引っ張られて起きれたけど、頭はふらふらの千鳥足。

 これで満足に狩猟が出来るか? と言われたら怪しいものだ。

 でも行かなきゃならない。

 7歳になったら狩猟できて当たり前。それがケットシー族のマナーだからね!


 ◇


 結局日が登りきるまでに狩った食材は野ネズミ一匹。

 僕ならこれで十分なのだけど、朝一の狩猟は家族が全員で一日を乗り越えるための食事を取るのだ。

 だからこれで合格点をもらえることはまずない。

 世の中は不条理である。


「アリー、あんたまた一匹しか取ってこなかったでしょ?」


 長女のサーニャがお冠だ。

 姉妹の長女なだけあって責任感が強い。


「あんたねぇ、あたし達が沢山取ってくるからって手を抜いてるんじゃないでしょうね?」


 次女のナナンも釣られて怒る。だってしょうがないじゃない。

 伸ばした爪で動物の皮膚を切り裂くのは慣れないんだもん。

 すぐに慣れろって言う方が無理だ。だから僕は絵道具を使う。

 一人だけ罠で引っかかった獲物を出すと、皆が呆れたような顔をする。

 全員の獲物は激戦を予感する名誉の傷がついてるのに、僕の持ってきた野鼠だけ無傷だもんね。

 ケットシーは戦士の家系だから戦えない子はそれだけで恥なのだ。

 いいもーん、僕は愛嬌だけで生きていくから。


「残念ながらこれが僕の全力だよ、お姉ちゃん」


「アリー、だからその『僕』っていうのやめなさいって。折角の美しい毛並みが台無しよ? うちの姉妹で一番人気はあんたなんだから」


 毛並み。それがケットシー族の美しさを象徴する部位。

 顔でもスタイルでもないのが普通に謎だ。

 僕たちケットシー族は人間の素体に猫の耳と尻尾を持ついわゆる獣人と呼ばれる種族である。


 そもそもこの世界に人間などいた試しがない。

 親についていって街に出かけた時もみんながみんな獣の特徴を頭かお尻につけている。それ以外は至って人間なのに肝心の人間がいやしないのだ。


 僕の生まれた世界はとってもファンタジーで溢れていた。

 なまじ前世の記憶があるので顔とスタイルが優れているのに毛並みの悪さだけで落ち込んでいる姉達を滑稽に思う。


 姉達の姿は前世基準で美少女なんだよ。金髪碧眼、スタイル抜群! そこに猫耳がつけば一級のヒロインになってもおかしくない!

 だと言うのに当の本人は毛並み毛並みと憂鬱に浸っている。

 だからこう言ってやるのだ。


「世のオスどもは本当に見る目がない! お姉ちゃんは可愛いよ、もっと自信持って!」


「まったく、あんたって子は変なことばかり言って。あたし達にとって一番の優先順位は毛並みよ? 顔とか体に執着するのはあんたぐらいなんだから」


 解せぬ。僕の見解はいつも家族や姉達にこのようにあしらわれる。折角の美貌が台無しだ。世界の損失。そう思っているのは僕だけのようだった。

 ちなみに僕の自慢は毛並みの良さだけなので、姉から見たら羨ましいそうなのだ。意味がわからん。


「アリーは狩猟の才はないけど、物作りの才は持つのね?」


 朝食の支度時、一番貢献度の低い僕は母の手伝いをすることでその代わりを果たす。

 肉を割くのは得意じゃないけど、物作りは得意なんだ。任せて。

 伸ばした爪で器用に細工物をしてるとゲンコツが落ちた。


「痛てっ」


「こら、遊んでんじゃないよ。さっさと解体バラしな」


「ふぁい」


 生きてる動物はダメだけど死んでる動物はただのお肉だ。

 こう言うのは割と得意なので包丁でざくざく切っていく。

 爪で切り裂ける部位は皮くらいだ。枝肉にするのは包丁の方が適しているのだが、家族からは奇異の目で見られてる。

 ケットシーの戦士は己の爪で仕留めて、その牙で肉を食すのが一般的。

 でも僕はお肉は焼く派。

 家族達も一度僕の焼いたお肉を食してからはそれ以外を食せなくなっていた。

 母の肉の調理法は沸かした湯で煮るぐらいだが、僕はフライパンでこんがり焼く派。

 母の手伝いの傍で僕は僕のメニューを仕上げていく。


「まーた変なの作ってる」


「これが美味しいんだよ。お姉ちゃん達も食べる?」


「そうね、折角だしいただこうかしら?」


 もう既に匂いで体が屈服してる姉達が、母の料理の合間に僕に作った皿へと爪を伸ばす。口に含んで咀嚼すれば瞬間表情が蕩けていく。

 お肉、美味しいもんね?

 分かるよ。血の滴るお肉もいいけど、たまにきちんと火を通したお肉もいいよね? 僕は特に味にうるさいからこれでも満足はしていない。

 母の料理もお肉に火を通すことで寄生虫を殺すことを意識しただけでも大したものだけど、味付けがね?


 僕たちケットシーはあまり調味料を受け付けない体なのもあって、これでも十分美味しいのだが、前世日本人の僕には全然物足りない。


 最終的には牛丼、作りたいよなぁ。

 玉ねぎが天敵だから抜きで、でもまずは調味料から揃えないと。


 姉達は腹を満たしてそれぞれの持ち場に帰っていく。

 母は食事中ずっと気になっていたのか皿をぺろりと舐めていた。


「アリー」


「何、お母さん?」


「後でこの料理教えなさい」


「いいけど、僕がいなくても出来る?」


「どうにかするわ」


 こうやって少しづつ相互理解を高めていくことから始めている。

 まだ香辛料も何も使わず、ほんの少しのハーブと野菜で彩りを重視したものだけど。

 今の食事よりは全然豪華だ。


 なんと言っても見た目が赤くない。

 カラフルな野菜とお肉の彩りが良いよね?

 そしてお肉も焼くことによって無駄な油が出て引き締まった美味しさになる。

 肉汁溢れるのもいいけど、デブる未来が見えるのでヘルシーに行きたい。


 その為にも今の研究を進めなくちゃいけなかった。


 ──才覚。

 この世界におけるスキルは、何かを成し遂げれば勝手に増えていくものではない。

 これは僕がこの世界に生まれ落ちて経験したことから考えられる。

 

 そして残念な事にこの世界に魔法はあれど、操れる種族には限りがあった。

 ケットシー族にその才覚はない事も、幾度の経験から知り得ている。

 ではどうして巧みに火を操ることができるのか?

 このガスも電気もない世界で。


 そこへ至る研究こそが僕の前世知識を生かす場所だった。


 ──錬金術。

 魔法の才能がなくても、技術と暗号で魔法に似た現象を起こす魔道具を操る才覚。

 僕は生まれながらにそれを有していた。

 そして作り上げた道具の一つが火起こしの魔道具。

 お母さんが湯を沸かしたのも、僕がフライパンで肉を炒めたのもこれらの恩恵によるものだ。

 

 家族は当たり前に使ってるけど、この世界ではまだそこまで認知されてない知識。

 僕はこれでこの世界に安寧をもたらそうと決めていた。

 と言うか食文化革命を起こしたい。


 でもその前にやっておくことがある。

 僕の毛並みに嫉妬する姉達を嫉妬の炎から解放してあげたい。

 その為に僕はとあるアイテムをプレゼントする準備を始めた。

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