おじとめいの距離③
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気がついたのは、透流君と別れる前のことだった。逆方向の透流君の待ち時間を一緒に待ったのは、たまたまだ。一度解散した後、コンビニで鉢合わせたものだから、そのままなし崩しに一緒に待った。
透流君は、人当たりがいい。人付き合いの悪い貴ちゃんが仲良くなっているだけのことはある。貴ちゃんには自覚がないようだったが、かなり人付き合いが悪いのだ。
そこには、兄と二人の家庭事情が関係しているのだろう。母子家庭や父子家庭。祖父母と暮らしているものはいた。だが、兄と二人。両親がいないという状態は、なかなか珍しいものだ。
少なくとも、周囲にはあまりいなかった。
そして、貴ちゃんの両親は事故死している。ニュースにもなったし、そのせいで周囲にはあっという間に広がった。
決して、すべてのものが悪意を持って貴ちゃんに接したわけではない。……だろう。
しかし、こういうものは下手な気遣いが傷をつけることもある。微妙にズレた心配や過剰な気遣いが、貴ちゃんの気持ちを捻じ曲げた。捻くれてしまった貴ちゃんは、結構頑なだ。
だからこそ、時雨ちゃんとの関係は特異に見える。
私の友達だから、と貴ちゃんは言った。それは多少はあるだろうが、それにしたって限度はある。私には他にも友達はいるのだ。その人たちと貴ちゃんが交流を深めたりはしていない。
時雨ちゃんは特別だ。
もちろん、透流君までを巻き込んで、グループになってしまったこともあるだろう。それにしても、という気持ちは拭えなかった。当人に直接確認した今でも、その疑念は心に根付いてしまっている。
透流君も二人の関係をからかっていたけれど、私ほど訝しんではいないはずだ。からりとした態度は、後に尾を引くことはない。今も静かに電車を待っている。
人好きはするし、愛想はいい。けれど、とにかくおしゃべりというわけでもなく、空気に馴染んでいる。透流君のそういうところに、貴ちゃんも気を許しているに違いない。
貴ちゃんも、静かなほうだ。元々、静かであったけれど、両親が亡くなってから、より穏やかになった。
寂しさに溺れてトラウマを抱え、戻ってこられなくなっているわけではない。ただ、やっぱり、無邪気で奔放な子どものままではいられなかったのだろうと思う。それは裕貴さんのほうがよっぽど顕著だろうけれど、貴ちゃんはそんな裕貴さんの変化を悟れるほどには賢い。
頑張っているお兄さんを前にして、脳天気ではいられなかった。今の貴ちゃんは、そういう貴ちゃんだ。
そういう貴ちゃんも、ちゃんと貴ちゃんではあるけれど。
「時雨ちゃん、そっち電車来るんじゃない? 大丈夫?」
透流君のほうも、そろそろなのだろう。緩く声をかけられて、私は時間を確認しようとバッグからスマホを取り出した。
その最中に、キーホルダーが視界を掠める。はっとしてそれを確認すると、それは時雨ちゃんのキーホルダーだった。イルカのキーホルダーは、鍵が本当についているキーホルダーだ。
「これ……」
「時雨ちゃんの?」
「まずいよね?」
どこの鍵かは知らない。いつの間に紛れ込んだのだろう。外側のポケットに引っかかるように潜り込んでいたから、更衣室だろうか。落とさなくて良かった。けれど、これが家の鍵だった場合、かなり切実な問題だ。
実家暮らしだろうから、ご家族が帰ってくるだろうけれど。けれど、絶対はない。旅行に出ているだとか、夜勤だとか、そうでなくても残業で帰りが遅いだとか。家から弾き出される理由なんていくらだってある。
「時雨ちゃんの家は知ってる?」
「最寄り駅は聞いてるけど」
自分が戻る駅からひとつ前。貴ちゃんの引っ越し先もその辺りだったはずだが、貴ちゃんは学校へ自転車で通っているので、詳細は分からない。
「もう帰ってるかな?」
「寄り道して帰るかもしれないって言ってたから、もしかしたら……」
「落としたかと思って、駅に戻ってきてる可能性もあるんじゃないか? 電話してみたら?」
「そうだね」
こういうピンチに遭遇すると、普段ならすぐに思いつく候補が抜け落ちるものだ。すっかり忘れていた連絡手段に頷いて、私はすぐに時雨ちゃんに電話をかけた。しかし、時雨ちゃんは気がついていないらしく、呼び出し音が鳴り続ける。
一分以上、長々と待ってみたが出ることはない。電車の中だろうか。それとも、気がついていないだけだろうか。こればっかりは想像の域を出ない。電話に出ないという確然たる事実を受け止めるより他になかった。
何も言わずにスマホを離すのだから、結果は透流君にもすんなり伝わる。
「……最寄り駅まで行ってみようか」
透流君のその親切心に溢れた言葉が、私を悲しみへと導く一手になろうとは思いもしていなかった。
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