同級生のおじとめい④

「はぁ」

「ため息やめてよ」

「出るだろ」

「出るけど」


 あれから、俺たちは雪菜と透流と付き合いを続けている。上手に、というにはいくらか危ないシーンはあったかもしれないが、少なからず俺たちの関係はバレてはいない。

 だが、そうして仲を深めてしまったがゆえに、取り繕うハードルは徐々に高くなっていた。

 遊びに行こうと言い始めたのは透流で、雪菜がノリノリで頷いたのが、今日の待ち合わせの原因だ。

 俺と時雨は別々に家を出て、待ち合わせの駅前に再び集合していた。この無駄な時間の使い方には苦笑も浮かぶ。ましてや、二人より早く揃って到着してしまったものだから、一切合切無駄な工作としかいいようがなかった。

 今日の時雨は白いワンピースに大きめのカーディガン。足元のヒールで、いつもより少し頭の位置が高い。髪の毛は頭頂部で緩いお団子になっている。それもまた、少し身長をかさまししているかもしれない。

 それでも小柄であるが、胸はでかくて衆目を集めている。……いや、これはそうした部分的な興味ではない。

 可愛いのだ。

 トレーナーにショートパンツ。部屋着のロングワンピースやロングカーディガン。そうした普段目にするラフな格好でも、時雨は十分に可愛い。だが、かなり見慣れてきた。意識し過ぎては、やっていられないということもある。

 とにかく、時雨には慣れてきた。

 だが、こうして街中でオシャレしているのを見ると、落ち着かない。もしかすると、これは家族のよそ行き姿を見るむず痒さだろうか。

 ……そうだといい、と思い込もうとしている時点で、本心が別のところにあるのは分かっていた。


「貴ちゃん、時雨ちゃん」


 時雨から目を逸らして意識を散らしていたところに声をかけられて、目を戻した。時雨のそばに、雪菜が駆け寄ってくる。

 シフォン素材のオフショルダーに、ショートパンツ。足元がスニーカーなのが、アクティブな雪菜らしい。


「早かったな、二人とも」


 雪菜の後ろから顔を出した透流は、Vネックにジャケット、スラックスと綺麗めラインだ。金髪にピアスの装飾品に比べると大人しくて、そのギャップがイケメン度合いを上げている。よくよく考えれば、この友人は大層モテていた。


「じゃ、行こう! 楽しみだなぁ。何をする? 透流君は何がしたい?」


 拳を突き上げた雪菜がわくわくと俺たちを先導していく。すぐに続いた透流の後ろに、時雨と二人続いた。

 今日の目的地は、スポーツ複合施設だ。

 身体を動かすことが好きな雪菜が場所を提案した。すぐに乗ったのが透流なものだから、雪菜は透流を仲間認定しているようだ。

 俺だって動けないわけではないが、雪菜の相手には到底なれない。もちろん、雪菜は手加減で楽しむことも知っているから、それでも十分なのだろう。だが、白熱したほうがよほど楽しいもののはずだ。

 透流は運動神経がいい。どこまで雪菜と肉薄するかは分からないが、俺より歯ごたえはあるだろう。

 そういえば、と隣の時雨を見下ろす。


「……お前、運動好きなの?」

「あんまり?」

「いいのか? スポーツ施設で」

「体育の授業みたいに晒し者にならないなら嫌じゃない。遊ぶんでしょ?」

「……雪菜は結構本気だぞ」


 遊びではあるが、本気は本気だ。運動が苦手な人間となると、食い違うこともあるかもしれないほどに。

 時雨は少しだけ苦い顔をして、こちらを見上げた。


「フォローして」

「限度があるぞ」

「いいよ。貴大君を頼りにしてる」


 にっこり笑うのは、からかい半分だろう。

 時雨はこういった文法を使うことが多くなってきた。ちょっとばかり、慕っているというような。気を許しているというような。距離感を図るような態度で、表面上を取り繕っている。

 上手いやり方ではあるのだろう。

 だが、如何せん裏側の気持ちが分かっていると、手のひらの上で転がされているような気持ちになる。

 そして、やり返すというルールに則っているのは、初手の蹴り合いから変わっていない。


「じゃ、プールでも仲良くしよーな」


 ふざけているのは承知済みだ。時雨はわざとらしく片眉をつり上げた。


「雪ちゃんにセクハラしたら許さないからね」

「お前は俺をなんだと思ってるんだよ」

「だって、ムラムラしてんじゃん」

「……雪菜ではしてない」

「……私ですんな」


 ぱしんと腕を叩かれる。この野郎と思ったが、睨んだ先は頬を染めていたものだから、言葉を飲み込んだ。

 あんな暴露するんじゃなかった。ムラムラしているとまで言った覚えはないが、劣勢ではある。赤面なんてされてしまっては、こちらも気まずいやら何やらだ。その赤さを観察していると、目が合った。


「馬鹿じゃん」

「……うっせ」


 こうなると、もう調子は取り戻せない。お互いに罵倒で話を切り上げるのが定型となっていた。




 バスケは雪菜の独壇場になる。

 ので、本格的な対決ではなく、フリースローを遊びでやるに留めた。

 時雨は申告の通り拙劣なボールさばきで、見ていてハラハラする。リバウンドに遊ばれ過ぎて足元が覚束ない。貸し出しのスポーツシューズがこんなに似合わぬとは、と思うほどの運動音痴だ。

 危うくボールを顔面キャッチするところであるから、俺は慌てて手を出した。時雨は、ありがとうと笑っていたが、その頬が引きつっている。


「大丈夫か?」

「へいき」

「無茶すんなよ。雪菜を見ててもいい」


 雪菜のボールは、気持ち良いくらいすぱすぱゴールに吸い込まれていた。ボールに意思があるのではと疑いたくなるレベルだ。

 透流もすっかり脱帽して、手が止まりがちになっている。それと同じように休んでいても、誰も気に留めたりしないはずだ。

 時雨はこくんと頷くと、ボールを俺に手渡してきた。

 手渡されたボールを打つ。雪菜ほど完璧な軌道ではなかったが、リングギリギリを回ったボールがまぐれゴールになった。


「上手いじゃん」

「俺は普通」

「バカにしてる」

「してない。ただ、俺はあれくらいってこと」


 ここまで外してもいた透流のボールが、ネットにも触れずにすとんとシュートされる。見事。ああいうのを上手いという。


「でかいもんね、貴大君」

「そこかよ」

「少しは関係あると思いたい」


 入り交じっている悔しさには苦笑が零れた。運動音痴であることに足掻いているらしい。


「じゃあ、もうちょっとでかくなったら上手くなるな」

「うっ」


 目を逸らして呻く。自分でも苦しい言い訳だと分かっているようだ。

 実際、やはり運動神経は悪くて、次にやったバドミントンでも羽を頭にぶつけていた。

 強さのバランスを考えて、俺と雪菜、透流と時雨が組んでいたが、時雨は戦力外だ。透流がコートを駆け回っていた。だが、それだけのことだ。誰も時雨を責めもしないし、俺たちもその状態を気にせずにプレイを続ける。遊びなのだから、気が抜けるのだって構わない。

 時雨も楽しんでいるようで、自分のミスもケラケラ笑っていた。まぁ、頭にぶつけたりしているので、痛みに渋面にはなっていたが。

 そうしてスポーツで汗をかいてから、昼食を摂った。

 四人で食堂に集合するのが定番になってしまったものだから、フードコードでテーブルに囲むことに新鮮味もない。俺と時雨、透流と雪菜で向かい合うのも定番だ。初手にそうしたものが、そのままなし崩しに定着していた。

 時雨の味覚については、二人もそろそろ気がつき始めている。当人は相変わらず、まったく気がついていない。鈍感にもほどがあった。

 今日もまた、気にせずにうどんに七味をかけている。麺類好きなんだな、と毎度のことを思いながら、俺はたこ焼きを突いていた。

 熱さを逃がしながら頬張っていると、


「貴ちゃん、ひとつちょうだい。ひとつ持っていっていいから」


 と、唐揚げ定食を食べる雪菜がこちらに箸を伸ばしてきた。何も言わずに、舟を相手側へ押しやり、向こうからも唐揚げを奪う。


「じゃ、俺も。一切れいいぞ」


 たこ焼きのひとつは誘拐しやすいのだろう。言う通りに、透流のとんかつ定食から一切れを頂戴しておいた。

 そうしたやり取りに、うどんでは参加しづらいものだ。時雨はちらりとこちらを見ながらも、何も言わずに麺を啜っていた。


「ほら」


 舟を差し出すと、ぱちくりと瞬く。探るような目つきが、遠慮の色を灯していた。


「いいよ」


 こういうところの遠慮が身につきまくっていることに、思うところはある。

 時雨は、理彩さんを素直に好んでいるだろうけれど、それは気を遣わないのと同義ではない。むしろ、母に迷惑をかけないために、色んなことを飲み込む癖がついている。

 それが悪いことだとは思わない。時雨だって、好きでやっていることだ。辛いとか悲しいとか寂しいとか言わないだろう。思ってもないかもしれない。俺にも、心当たりがあるから分かる。

 だから、俺たちは最初、夫婦のために上っ面だけでも整えようとすらした。そういう性質はそう簡単には変わらない。

 俺はたこ焼きをひとつ爪楊枝で掬って差し出した。


「変な遠慮すんなよ」


 それがいつかの会話を指していると、時雨には伝わっただろう。

 肩の力を抜いた時雨が、顔を傾けて爪楊枝に近付いてくる。あ、と思ったときには、桃色の唇がたこ焼きを持っていっていた。はふはふと熱を冷ましながら、咀嚼する。時雨はまったく気にしていない。

 ……間接キスだ。

 軽くなった爪楊枝をどうしたらいいのか分からなくなって、一瞬身体を固める。それを見咎めたのは透流で、どうやら俺の心情までお察しらしい。忍び笑いを交わし合った。

 ほんの少し。思わないところがないわけでもないが、俺はそのままたこ焼きを食べ続けた。

 これくらい家族なら普通だろう、と言うのは自身の心を落ち着かせるための方便だったかもしれない。

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