第6話 決戦 その5

「ふふん、儂が切れるかな」

「安兵衛、身体は家康殿だ、切る訳にはーー」

「殿、承知しております」


 だが家康はいきなり切り掛かって来るが、安兵衛はその刃を受け止めるだけで反撃が出来ない。

 ジリジリと下がり続けている。

 魔物に憑依されているとはいえ、身体は家康殿である。やはり切る訳にはいかない。本人は全く自覚が無いのであるからなおさらだ。


「なんだ意気地が無いのお。それでもサムライか?」


 薄笑いを浮かべる家康を前に、正眼に構えていた安兵衛は、刀を反した。


「チェース!」


 いきなり小手を喰らった家康は刀を落とした手首を握りうめくーー


「ウヌッ」


 安兵衛は再び刀を正眼に構える。


「キサマゴトキニーー、グアッアーーーー!」


 家康の口が裂けるように開くと、なにやら黒いモノが這い出ている。


「出たな、化け物」


 やがてそのモノは全身をあらわにすると、倒れている家康の上を旋回し始める。

 赤く裂けた口らしいもの以外は型をなしていない。 

 だが刀を構える安兵衛に魔物が、


「フフフ、やはりお前に儂は切れぬぞ」


 黒い影が舞い上がって安兵衛の周囲を回り始める。

 安兵衛は刀を顔の横に引き寄せ、目をつぶった。示現流を安兵衛が更に改良した一撃必殺の剣法。

 さらにこの安綱の刀は龍神の力を得て創られたものだ。強い意志を持てば切れないものは無い。

 閉じた瞼の裏側にさまざまな色が現れては変化して行き、やがて黒一色となる。そこに灰色の魔物が現れた。

 真っ赤な口を開け襲い掛かって来る!


「イエッーー」


 龍の化身となった刃が魔物に食い込んで行く。


「ギャァーー」


 魔物は見事に断ち切られていた。

 飛び散った血が直ぐに黒ずんで行き、ついには染みとなって消えてしまった。



 魔物の呪縛から解放された家康殿や東軍皆の顔付きが変わっている。


「結翔さん」


 突然声を掛けられ振り向くと、魔物に囚われて心配だったユミさんではないか。


「ユミさん、大丈夫でしたか?」


 ユミさんは魔物が居なくなり自由を得てやって来たのだった。

 だがまだ本当に魔物が居なくなったのか分からない。黒いモヤのようなものが血溜まりから立ち昇り渦巻く様に消えて行ったからだ。




 外国勢はトキに頼んで元に戻してもらい、安兵衛はムラト四世を送ってオスマン帝国に行った。




 ここは現代に戻ってスターバックスである。


「もう、何で言ってくれなかったの!」


 結菜さんが激怒だ。


「いや、なにしろ急だったから」


 トキに呼ばれて関ヶ原の世界大戦に行き、時空移転で現代に帰って来るまでに要した時間は、結菜さんが台所に立ったほんの一瞬の間だったのである。


「また戦争をしたんでしょう。全く、戦争なんか何が面白いのよ」


 一瞬の出来事だから分からないだろうと思っていたが、王妃さまが一緒でバレてしまった。


「あの、結菜さん、面白いんじゃなくって、今回は魔物が日本を攻撃するかも知れなかったの」


 そう言って王妃さまが助け船を出してくれた。


「結菜さん、そんな事よりも、これ美味しそうじゃない」


 メニューの写真を結菜さんに指差して見せ、しきりに興奮している。やはりマリー・アントワネット王妃さまはスターバックスがお気に入りなのであった。




 安綱の刀に関しては、更にこんな話がある。安綱と作刀の腕を競い合った相手は名も知られぬ者であったが、なんとしても世に出ようと、既に名声を得ていた安綱に勝負を挑んで来たのだった。だが男は胸を患っていた。玉鋼を打つ間にも血を吐いた。


「ウッ!」


 手で止める間もなく、真っ赤な血を玉鋼に吐いた。男の口の周りも血糊で真っ赤である。歯を食いしばった口の端からもタラタラと血を流す男は、両手が血で真っ赤になろうと、玉鋼を打つのを止めようとはしない。それは既に猟奇の世界、男の顔は鬼と化していた。


 勝負の後、安綱と別れた男は山中で追い剥ぎに惨殺され、奪われた刀は数奇な運命を辿る事になる。


「これは見事な業物ではないか!」


 抜き身を前に魅入られたように動かない武士がいる。

 刀身に浮かぶ波飛沫の様な紋様が見る者を魅了して離さない。だがそれは見ようによっては血飛沫にもなる。武士は偶然手に入れた刀を見ていたのである。

 やがて武芸にて世に出んと願う男は、運よく士官の道が開ける。だが重臣にまでなっていたというのに何故か、突如謀反の兵を挙げ、一夜の内に主君を誅殺する。逃げ惑う家族、下働きから女子供に至るまで皆殺しとした。男の握る刃には文字通りの血飛沫が散っている。

 しかしこのあまりにも乱暴なお家乗っ取り騒動はお上の知るところとなり、男は捕らえられ連座する者共は揃って打ち首となった。

 その後も刀は関わる者達の生き血を求め続けるかのように、数々の怪奇な事件を引き起こし、いつの間にか、血染めの妖刀と呼ばれるようになる。


 ここは関ヶ原の戦場跡である。抜き身の刃に散る血飛沫の紋様に見入っている者はブコビィ。

 背後にドス黒いモヤのようなものが立ち昇っていた。

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戦国関ヶ原で世界大戦の巻 @erawan

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