第5話 決戦 その4

 西軍は右翼に集結した鉄砲隊を三列に並ばせ待機する。

 真っ先に突き進んで来たのはブコビィの騎馬軍団である。


「狙うはあの騎馬軍団だ。撃て!」


 ブコビィの騎馬隊が次々と撃ち倒されていく。


「二番隊、撃て!」


 横一例に並んだ火縄銃が火を吹く。


「三番隊ーー」


 だが怯む様子のないブコビィの騎馬隊が鉄砲隊の列を突き破る。さらに突進して来るが、それを遮った者がいる。


「ブコビィ!」


 進撃する軍団を止めるように現れ、声を掛けたのはブコビィの宿敵、隊長バルクであった。


「バルク!」

「ブコビィ、まだしぶとく生きておったか。だがな、おまえの命運もこれまでだ。今ここで決着を付けてやる」

「野郎!」


 ブコビィは剣を振り上げ掛かって来る。互いの剣が弾かれ、火花が散るーー

 どちらも生まれると直ぐに乗馬させられ生きてきた。タタールの戦士に馬上も地上も変わりは無い。いつの間にか取っ組み合い、地面に降りている。他の誰も割って入る事の出来ない死闘が繰り広げられているのだ。

 又離れ、鍔迫り合いをして剣士と剣士が激しく戦っている。二人にはもう東軍も西軍もなかった。

 だがその時だ、


「ウッ」


 バルクが顔を歪めた。

 ブコビィの仲間の一人がいきなりバルクに切り掛かったのだった。

 バルクが腕を押さえている。


「ウヌッ!」


 バルクを切った男がブコビィに一瞬で斬り倒された。そのままブコビィは馬に乗ると、


「バルク、次に会う時は必ず貴様の首を刎ねるからな!」


 そのままブコビィの騎馬軍団は囲みを切り抜け去って行く。

 日本の武士にも、大将同士の闘いには余計な手出しはしないという伝統が残っているのか、誰もブコビィの退路を邪魔する者は居なかった。


「鉄砲隊は列を作れ!」


 今度は東軍日本勢の来襲である。


 双方出合頭に激しい銃撃戦となり、一部では早くも斬り合いが始まった。先鋒の山内一豊隊は壊滅的打撃を被り、大将は流れ弾により戦死を遂げる。浅野幸長隊も執拗な攻撃を繰り返し東軍勢は次第に押し出して西軍に詰め寄る。この激戦で西軍も多くの死傷者を出した。

 西軍の立花宗茂隊は、この進撃を続ける東軍を迎え打とうとして激しく攻撃を加えた。長宗我部盛親隊は左方向から、長束正家隊は右手からと、連携して攻撃したので、東軍は大混乱となり、一時撤退かと思われたその時、池田輝政隊が救援に来ると東軍は窮地を脱する。

 さらに池田隊は大接戦となるも、そこに駆けつけた毛利秀元隊に惨敗して多数の死傷者が出ると、池田輝政自身も負傷した。

 だがこの一進一退の戦闘を最前線で指揮していた毛利秀元は、脚部に敵の放った銃弾を受け負傷する。

 西軍はじりじりと押され始めた。


「バルク、敵の左翼を、ヤング殿は右翼を突いて東軍の後方を撹乱してくれ!」

「はっ」


 この様な劣勢でも撤退する訳にはいかない。寡兵の西軍がここで引き下がれば絶対に危うい。正に関ヶ原の二の舞ではないか。それに東軍の最後尾には未だ無傷の徳川軍65,000が控えているのだ。


 その時、安兵衛が声をかけてきた。


「殿」

「んっ?」

「トキ殿の力をお借り出来ないでしょうか」

「トキの力を?」

「はい」


 安兵衛が何を考えているのか分からないが、了承した。


「トキ」

「良いわよ」

「かたじけない、トキ殿」


 バルクとヤングの騎馬軍団が東軍を撹乱する作戦は功を奏し、東軍は混乱、その進軍を止める事は出来たようだ。


 しかしここで遂に家康と秀忠軍合わせて65,000が前面に出てきた。

 機関銃は弾丸が尽きている。ヤング軍団が敵の背後を突く作戦はもう通用しないだろう。槍も尽きたようである。

 最後の手段はトキに頼る事だが

 ……




「殿」

「安兵衛、何処に行っていたのだ」

「後ろをご覧ください」


 おれが振り向くと、そこに居たのは、


「王妃さま!」

「ユイト、久しぶりね」

「安兵衛、これは一体……」


 フランスの元王妃マリー・アントワネットである。さらに安兵衛は王妃の隣に立つ異風な武人を紹介した。


「オスマン帝国のムラト四世で御座います」


 ムラト四世の側近であった安兵衛は、二人に援軍を要請したのである。

 マリー・アントワネットはオーストリアの正規軍20,000、ムラト四世はオスマン軍30,000を引き連れてやってきた。だがその時、


「殿」


 今度は幸村が声を掛けてきた。


「あれは家康殿では御座いませんか!」


 ずらりと並んだ東軍勢、その前をたった一人でこちらに歩いて来るのは、確かに家康である。


「随分と頭数を増やしたようだな」

「家康殿」


 おれは家康殿と呼び掛けはしたが、明らかに別人だ。魔物に憑依されているのは間違いない。東軍の総大将である家康が家臣も伴わないで、たった一人敵軍に向かって歩いて来るなどあり得ないではないか。さらにその家康は刀を抜いているのだ。


「さて、誰が儂の相手をするのかな?」

「家康殿」

「その方か、この期に及んで御大層な戦闘をするまでもない。一対一なら手っ取り早いだろう。面倒は省く、刀を抜け!」


 思わぬ展開に東西両軍が固唾を飲んで見守り出した。


「殿、私が相手をしましょう」


 安兵衛が前に出て来ると、鯉口を切り静かに安綱の刀を抜き放った。

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