第4話 決戦 その3

 歩兵の持つマスケットは銃口から火薬と弾丸を装填する形式 で、立った状態で装填する。弾丸に回転が与えられないため有効射程距離は100メートル以下で、発砲速度は1分間に3発程度である。狙いを定めずに敵に向けて弾幕射撃を行った。

 だから歩兵部隊はマスケットの火力を生かすため、3 列の横隊を組み各列が一斉射撃をする事で発射速度をあげた。

 西軍の機関銃隊まではまだ300メートル程と、射程距離外にある為前進しなくてはならない。

 歩いてくる敵歩兵は有効射程距離の長い機関銃の格好の餌食である。行き掛けの駄賃とばかりに新たな敵を仕留めると欲を出したのだ。


「ユキさん、いけません」

「でも……」

「ユイトさんの指示を忘れたのですか。敵の砲兵を倒したら即座に撤収です」

「…………」


 トキの判断は適切であった。機関銃隊を移動させた直後、ナポレオンの指示を受けたブコビィの騎馬軍団が風のように来襲して来た。

 ハックの機関銃隊は間一髪で助かったのだった。ナポレオンを侮ってはならない。


「ユキさん」

「ごめんなさい。私が間違ってました。あのまま留まっていたら、貴重な機関銃隊を全滅させるところでした」

「ユキさん、でも成果は有りました。これで敵の大砲を沈黙させる事になるでしょう」


 数十門の大砲を操作するには数百人の砲兵が必要だろう。だがその砲兵を殆んど倒してしまったのだ。

 砲兵は職人でもある。いくら当時の大砲が簡単な構造でも、操作をするにはそれなりの知識がいる。今すぐ歩兵に代わりをさせるような訳にはいかない。


 一部始終を単眼鏡で見ていたナポレオンは呆然と立ち尽くしていた。

 突然現れて砲兵達を皆殺しにした部隊が再び消えている。


「一体何が起こったんだ!」

「何をもたもたしておるのだ」

「これは家康様」


 背後から現れた家康に、ナポレオンは頭を垂れ敬意を表す。


「直ちに全軍で片付けてしまえ。相手はあのような寡兵ではないか」

「はっ!」


 全軍に突撃命令が下った東軍は、雪崩のような勢いで西軍に襲いかかった。


 もちろん西軍の最前線にはハックの火縄機関銃隊が並んでいる。

 50基の機関銃から発射される弾丸は、一分間に約4,000発である。

 対して東軍の歩兵が手にするマスケットは、その準備を立ったままやるのだ。興奮した戦場においては一分間に一発撃てれば良い方だろう。発射の準備中にも機関銃の弾丸は止まない。

 それにマスケットは敵の前面100メートル以内に近づかなくてはならないが、機関銃はその三倍も離れた位置から撃ってくる。

 これではもうマスケットを手にしてただ撃たれる為に前進せよと言われているようなものだろう。

 結局東軍の歩兵達は100メートルどころか200メートルも手前で止まってしまう。戦さにならないのだ。


 もちろんナポレオンもただこの状況を見て手をこまねいていたわけではない。事は急を要する。騎馬軍団の出番である。


「コサックに敵の左翼を突くようにと指令を出せ、ブコビィは右翼だ」


 この頃東軍の日本人勢は大きく迂回して、西軍の右翼を標的にしつつ前進していた。





「左右から敵の騎馬軍団が来るようだな。才蔵、左に来る騎馬軍団が特に大軍だ」

「…………」

「ダニエルさんの軍団にコサック軍団を迎え撃てと連絡せよ」

「分かりました」

「佐助」

「はい」

「毛利秀元殿をはじめとして全ての日本勢は鉄砲隊を右翼に結集して、東軍の攻撃に備えろと連絡だ」

「分かりました」


 正面のフランス軍は機関銃の猛攻を受け撤退してしまった。但し機関銃の弾丸が尽きたと連絡があった。だが当面は左右の戦局に注目する必要がある。


 左翼に接近して来るコサックの騎馬軍団は15,000、対して迎え撃つヤングの騎馬軍団は5,000だ。

 但しヤングの騎馬軍は馬の機動力を活かしながら、アトラトルを使っている。人力を容易に上回る飛距離と威力を生み出す、非常にシンプルな器具で100メートルも飛ばす事が出来る。

 使用する槍は短いが、その威力は、馬のスピードが加わると凄まじいものになる。一騎が五本から六本の槍を所持し、馬を走らせながら次々と新手が投げて行く。

 剣だけを振るうコサックの騎馬軍団はこの槍に驚愕した。圧倒的な勢力差にも関わらず、その進軍が止まってしまう。

 ついに撤退し始めると、それを見たヤングは追撃を命じる。


「いかん、トキ、ヤングを止めてくれ」

「分かったわ」


 寡兵の西軍がナポレオン率いる大軍に追撃は絶対にタブーである。何をされるか分からないのだ。

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