第3話 決戦 その2
「ユキさん」
「はい」
「東軍の先発隊がこちらに進んで来ているようです。ハックの機関銃隊を移動させて迎え撃ってください」
「分かりました」
「トキ、頼む」
「分かったわ」
細川忠興隊5,000が東軍の先陣として出陣して来ている。ウィリアム・ハックの率いる火縄機関銃隊の出番だ。
火縄機関銃はフリーター結翔のアイディアを聞いて、その才能が花開いた鉄砲鍛冶仁吉の傑作である。銃身が200センチを超え、ライフリングが施されている為、弾丸は真っ直ぐ飛ぶ。有効射程距離は300メートルもあった。
円錐形の弾丸は紙製の薬莢と一体となり、薄い板状のカートリッジになっている。それを一人が上から押し込んでいく。弾丸はカートリッジから離れて銃身内に入る。
だがここで問題になるのが、火薬が爆発した際、そのエネルギーをどうしたら前方だけに集中させる事が出来るかだ。このままでは弾丸の入口から爆風が銃身の外に出てしまう。
そこで天才仁吉が考え出したのは、ダブル・スライド式遮蔽筒だ。弾丸を押し込める度に、二本のレバーを使い互い違いにスライドさせて銃身内に爆風を閉じ込め、前方だけにエネルギーを噴出させる方式である。
これで三人目の射手が一発ずつ引き金を引くと、連携に慣れれば一分間に80発位撃てた。台座に支えられる銃身は上下左右に狙いを移動出来、車両付きの台車に乗っている。
「撃て!」
ハックの命令で50基の火縄機関銃が火を噴いた。もちろん細川隊も当初火縄銃で応戦しようとしたのだが、機関銃の弾幕があまりに凄すぎてたちまち壊滅してしまった。
「よし、撤収だ」
機関銃隊は直ぐに前線を離れた。
やがて東軍の大軍勢が姿を現した。中央の家康本陣前にナポレオンの軍団が大砲を前面に押し出している。右翼にはコサックの軍団。左翼にはタタール傭兵騎馬軍団のブコビィと徳川秀忠を筆頭に日本国内勢が並び立っている。
対する西軍は、前面に火縄機関銃を並べるウィリアム・ハック、そしておれの周囲に黄母衣衆、さらに立花宗茂、島津義弘、毛利輝元、長宗我部盛親、安国寺恵瓊、長束正家ら日本国内勢、右端にバルク、左端にカヤンの領主ダニエル・ヤングが居る。
但し東軍の151,000強に対して、西軍は70,000と圧倒的な勢力差である。
単眼鏡を伸ばして西軍の様子を見ていたナポレオンが両手を下ろすと、首を振った。
「これを見てみろ」
単眼鏡を副官に渡したナポレオンは訳が分からんと呟いている。勢力差よりも、西軍の前面に並べられた火器が気になっているようである。
「あの貧弱な火器は一体何なんだ!」
火縄機関銃を言っているのである。
「奴らはあのマスケットを車輪に乗せたような火器で、この大砲とやり合うつもりなのか?」
おれは先ず敵の大砲を何とかしてしまおうと考えた。西軍は大砲を用意していない。今回の戦闘では大砲抜きで戦う。なにしろナポレオンは砲術の天才でもある。そんな奴とは同じ土俵で戦わない方がいい。
「ユキさん、相手の砲手だけを狙い撃ちして下さい」
「分かりました」
「トキ、頼む。ただし敵の砲を黙らせたらすぐ帰ること」
「分かったわ」
開戦直後で勝者と敗者の側に大きな損害の差が無い場合には、退却する敗者を、軽歩兵や騎兵で追撃することで打撃を与え戦果を決定的にする事が出来る。騎兵の価値は小銃、大砲の発展と共に低下していくが、突撃、追撃といった用法にはまだ利用価値があった。 ナポレオンは追撃を活用した戦術を取ると言われている。彼との戦いでは追撃される様な状況に陥るべきでは無い。
ナポレオンが活躍する初期の野戦砲は、有効射程距離が一キロ程である。それでも火縄機関銃の三倍は有るのだ。トキには大いに活躍してもらわねばならない。
おれは機関銃隊を大砲陣地の300メートル以内に移転させるタイミングを見計らっていた。
ナポレオンは振り向き、
「では大砲の威力がどんなものか、奴らに見せてやろうではないか。砲撃用意!」
そしてナポレオンの手が降ろされると、横一例に配置された数十門の大砲が次々と轟音を上げた。
「トキ、今だ」
ハックの機関銃隊が西軍の前面から消える。
この時代の大砲は初弾発射後、修正を繰り返して砲撃する事をしている。まだ前装式滑腔砲のみであった為、命中率は非常に低かった。しかしその大砲は敵に脅威を抱かせ、戦意を喪失させるのが主な用途である。もちろん初弾は殆んど当たらない。
ここから砲兵は忙しい。反動でずれた砲を元の位置に戻して角度を調整して向きも変える。さらに砲身内部をクリーンにして、火種の有無を確認する。これをおろそかにすると、新たな火薬を詰めた際に爆発して大事故に繋がりかねない。そしてやっと二弾めの砲弾を入れて発射準備が完了となるのだ。
だが砲兵達が慌ただしく次の発砲準備をし始めた時、その前面にユキの配下、ハックの機関銃隊が現れた。
「ハック、砲兵だけを狙うのよ」
「分かりました。撃て!」
火縄機関銃が数分間にわたって火を噴き続けると、東軍の砲兵達はその殆んどが大砲の周囲で倒されてしまう。
もちろん驚いたナポレオンは歩兵に銃撃を命じ、即座に反撃体制にはいる。
「ユキさん、撤収します」
「ちょっと待って。あの歩兵達も撃ちます」
トキが予定通りに撤収すると声を掛けるのだが、前面に出て来た歩兵を撃てば効果があると言うのだ。
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