第四十三話〜第四十九話


第四十三話


アルプスの村で野生児の女の子が……というストーリーのアニメの、テーマソング

 もちろん「アルプスの少女ハイジ」のオープニング「おしえて」のこと。渡辺岳夫作曲、松本祐士編曲。

 あまりにも有名すぎる冒頭のホルンの音は、一部に「スイスのアルプホルンの音を現地まで飛んで録音した」という言説が出回っていますが、実際は普通のホルンで録音した模様。アルプホルンで録音しようとしたところまでは事実らしいですが、あの楽器は出せる音が自然倍音列だけなので、「おしえて」の冒頭のフレーズは吹ききれないとのこと。



どこで手に入れたんだ、こんな音源?

 2022年12月現在、該当する動画音源は存在しません(多分)。その気になればアマチュアアレンジャーのレベルで作成可能でしょうが、はたしてどれだけ需要があるものか……いや、案外大ヒットするかも?



「大江戸捜査網のテーマ」

 玉木宏樹作曲。1970年から「大江戸捜査網 アンタッチャブル」(のちに「大江戸捜査網」)としてテレビ東京系列で放映された連続時代劇の看板音楽。複雑な拍子にも関わらず(ざっと大まかなところだけでも四分の四+八分の六+四分の五)、快速なテンポのノリのいい音楽で、作曲者本人によれば「ホルストの『木星』とバーンスタインの『ウエイトサイドストーリー(の中の『アメリカ』)』を参考にした」とのことですが、音楽史的な解釈で言うと、コープランドの「エル・サロン・メヒコ」あたりからの影響が流れ流れてたどり着いた、と見る方がわかりやすいのではとも思います。少なくともあのリズムは中米由来のものですね。まあ金管の使い方等はハリウッドスタイルそのまんまという気がしますが。

 現在は吹奏楽編曲版もあり。ポップスステージ等で人気曲になっているようです。




第四十四話


アーティキュレーション

 分節法とも。声の演技ではおおむね「滑舌」の意味だそうで、音楽では、おもにメロディーの表現について、個々の音をどうつないでどう発音するかという、その表現法全体のこと。

 音の強弱や音色の使い方にも話が及ぶこともあるようですが、狭い話では音の長短のことだけを指し、ぶっちゃけ、スタカートとスラーをどう入れるか、という話のみになっていることもしばしば。ピアノの場合は特にそうですね。あの楽器はもともと細かいニュアンスのアーティキュレーションが出せない楽器なんで。

 しかし管楽器の場合はそういうわけにいきません。単純に四分音符が並んでいるような場所でも、その一つ一つをどれぐらいの長さで吹くのか、百パーセントの長さにしてタンギングだけで音を切るのか、それとも八割ぐらいの長さにしてわずかな間を空けていくのか、タンギングの強さはどうするのか、強め・ふつう・柔らかめ・ノータンギング・あるいはその中間のどれか、タンギングの発音はtuかduかluか、などなど、無数のバリエーションがあって、初心者向けの譜面でも「適当に吹いて」とは言えません。ゆえに、違う楽器同士で同じフレーズを統一感を持たせて合わせるというのは、なかなかに難しいことなのです。



オーボエの音をミュートで吹こうか

 オーボエは高価かつ扱いの難しい楽器なんで、予算が少ない部では楽器そのものがないケースも多く、その際には他の楽器で代用します。フルート、クラリネットでお茶を濁すことも少なくないですが、よりオーボエらしさを出すために、トランペットにストレートミュートをつけて奏することも割合一般的です。後は、ソプラノサクソフォンを使うとかなり印象が似てくるんですが、これも安い楽器ではないので、そんな楽器使うんならオーボエ買えよ、というツッコミを喰らいかねません 笑。



色々と先生も小細工していくだろうし

 何を持って小細工というのかは、その部とやっている曲によって色々なものがあると思いますけれど、要するに楽譜と違うこと、ですね。あるいは楽譜に書ききれていないことを拡大解釈する、というような。

 具体的には、たとえば一パートに三人いるクラリネットの人数を、曲の盛り上がりに合わせて増減させる。まあこれは、別に変なことの部類には入りません。

 あるいは、そのメロディーを正規の楽器ではない楽器に振り当てる。前述の、ペットでオーボエの音を吹くとかがそうです。吹奏楽の場合は、楽器が少ない楽団のために、あるフレーズを他の楽器の楽譜にも小さめの音符で書いてあることがあり、それは作曲者も認めている代替策ということなんですが、それをいいことに、正規の楽器があるのに他の楽器で演奏したり、代替が認められている複数の楽器を何本も使ったり、など、指揮者の解釈によってやりたい放題することも。さらにはまるっきり別の楽器で、時にはオクターブを変えて演奏したり、なんて荒業も。

 あと、単純にトランペット三パートで四人いる場合など、四人目にどの音を吹かせるか、というのも結構アクロバティックな対応になることもあって、単純にどこかの一つのパートを二人で吹くだけに収まることは、あまりないです。



曲によっては電子音源でパーカッションとか欠けているパートの音を補っている

 別に貧乏な市吹じゃなくても、貧乏、もしくは慢性的に人数の少ない学校の吹部もそうやってます。ただ、全日本吹奏楽コンクールを標準編成の部で参加する時は、電子楽器の使用は認められていませんので、日常的にこういうものを入れて演奏をやっている楽団は、小編成の部での参加が常態になっている楽団か、特定の楽器の人間しか集まらない編成の偏った楽団か 笑、あるいは金満楽団でもないのに日常的にハープとかチェレスタとかの入った大作をやりたがるバンド、ということになるでしょうか。



キーボ

キーボードのこと。



純正律

 調律法の一種で、基本的に三和音が完璧にハモった響きばかりになるよう、ドレミファソラシドの高さを調整したもの。ただし、変化音が入って音楽の一部が音階の音より半音上がったり下がったりしたら途端にひどい響きになります。転調してもアウト。一つの調だけで、最後までシュープもフラットもついていない音楽だときれいに鳴りますが、あくまで「三和音がきれいに鳴る」調律なので、今どきの七の和音とか十一の付加音なんかが入る響きの音楽だと、ちょっと微妙。



ヴェルクマイスター

 普通は「ヴェルクマイスター第三式」のことを指します。調律法の一種。純正律よりだいぶん融通が利いて、少々の変化音や転調があってもきれいにハモった和音の響きを維持しつつ、音楽にすることができます。

 デジタルピアノをお使いの方は、ロマン派の真ん中ぐらいまでの曲に対しては、この調律法を選択するのがおすすめです。もちろん、合わない時は合わないんですが。というか、それ以前に素人だとほとんど違いがわからないんですが 笑。




第四十五話


バストロ

 バストロンボーンの略。普通は三番トロンボーンで使われる楽器です。

 いわゆる普通のトロンボーンは「テナー・トロンボーン」あるいは「テナーバス・トロンボーン」と呼ばれ、だいたいへ音記号の下からト音記号の真ん中辺りまでの音が守備範囲です。楽器としての調性はほとんどのケースでB♭。

 バストロンボーンも一応B♭管なんですが、ベルの直径が大きく、管も太く、何よりもアタッチメントという切り替え管が付いているのが特色で、これでF管、あるいはG管やE♭管になります。つまり、管長が伸びます。それで何ができるかと言うと、へ音記号のずっと下の方の音域が安定的に鳴らせるようになり、だいたいチューバと同じぐらいの低音が無難に扱えるようになります。ただ、トロンボーンの低音はバリバリと音割れがしがちですので、柔らかい低音はやはりチューバ、あるいはコントラファゴットやコントラバス・クラリネットの役割ですね。逆に雷のような強烈な低音が魅力でもあり、バストロンボーン専門のソロ曲なども多くあります。アンリ・トマジ作曲の「生きるべきか、死ぬべきか」などは、知る人ぞ知る名曲と言ってよいかと。



フリギア調 フリギアン・モード

 わかりやすく言うと、ハ長調の「ミファソラシドレミ」をそのままクセのある別の調として捉え直した音階、とでも言いますか。もっとわかりやすく言うと、文中にもあるように、フラメンコのイメージの音楽で使われてる音階、と言えば何となく分かりますでしょうか。具体的には「必殺仕事人」のトランペットソロの音楽とかね。ちょっと憂鬱でダンディな感じの、あの感覚です。




第四十六話


おじぎの音楽

 いつから始まったのか知りませんが、どうも日本の学校現場で定着したらしい儀礼音楽……というか儀礼音響? 他の国にはこういうものはないはずです。

 一応和音で説明すると、あれはI-V-Iの和音を三つつなげただけのもので、ソプラノがド-シ-ド、バスがド-↑ソ-↓ド、アルトはソ-ソ-ソ、テノールはミ-レ-ミ。




第四十七話


「マスク Masque」

 概要は本文中にある通り。作曲は1967年。作曲者のマクベス( William Francis Mcbeth 1933-2012)は、80年代頃の吹奏楽界でリード・ジェイガー(Robert Jager)とともに三羽烏と呼ばれた人気作家です。師匠がクリフトン・ウィリアムズ(後述)だそうで、そのまた師匠はハワード・ハンソン。でも、ぱっと聴いた感じでは、どちらにも全っ然似てないですね。

 本文の記述だと、なんだか精神を病みそうなろくでもない曲というイメージを読み取ってしまうかも知れませんが、そんなに入れ込んで聞かなけければ、まあちょっと癖があるだけの、普通にかっこいい曲です。ただ、今のように手軽に聞けるネット音源もなく、情報も限られていた時代では、いきなりあの曲を聴いて茫然自失してしまった人は結構多いようで(私はその二歩ほど手前でした)、同じようなシチュエーションで聴いた美緒がこうなるのは、そう無理な設定でもないかと。

 ちなみに「マスク」というのは十六、七世紀にヨーロッパで流行った「(宮廷)仮面劇」がテーマになっているということですが、日本人としては「この仮面というのは日本の能面で、仮面劇というのは能舞台で、全体的にジャパニズムをベースに曲を書いた」と言ってもらった方が、よっぽどすっきりと納得できる気がします。あのバスクラのおどろおどろしい感じとかね。湾多は今でもそれが真相なんではと疑ってます 笑。

 あと、この点も誰も指摘しないんですけれど、ドビュッシーに同名の曲がありまして、そちらはだいぶん華やかで雰囲気も変わりますけれど、とにかくテンポが速くてあるリズムパターンが繰り返される点は共通してます。「人間というものを悲劇として捉え、それを認めた上でさらに道化てみせる」というようなイメージで作曲したそうで、そう言われるとマクベスのこの曲もそんな感じがしないでもありません。とにかく、深くしようと思えば際限なく深くできる曲だと思います。

 ネット上の動画で検索すると、何十本とヒットしますが、湾多としては朝比奈隆指揮の大阪市音楽団(現在のOsaka Shion Wind Orchestra)の一択としたいです。後半での楽譜にないアチェレランドは、ことさらにリスペクトする楽団は少ないようですが、むしろその形こそスタンダードとすべきではないかと。全方位的に完成度の高いテクニックも素晴らしく、あんなのを生で聴けたら、もう何日間か寝込んでしまいそうですね。




第四十九話


五度累積のハーモニー

 五度「堆積」という言い方も。文字通り、五度ずつ音を上方に積み重ねていって作る和音。一般的な西洋音楽の和音は三度累積で、ド・ミ・ソ・シ・レ・ファ・ラ……と重なっていくわけですが、これを五度ずつにすると、ド・ソ・レ・ラ・ミ・シ……となり、これを一オクターブ内にまとめると、「ドレソ」「ドレソラ」「ドレミソラ」などの和音ができます。

 鳴らしてみればよく分かると思うんですが、これらの和音は雅楽の笙が鳴らす和音と同じ系統のもので、使い方によってはオリエンタルな効果の出る和音です。アンビエントミュージックなどでも多用されています。

 また、「ドレソ」「ドファソ」などの和音について言えば、「どこにも向かわないコード」として宙ぶらりんな響きが必要なところでJ-popなどでもしばしば用いられています。ただ、これらの和音は四度累積の和音として扱われるのが普通です。

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