第三十七話〜第四十二話
第三十七話
ポップスステージ
吹奏楽のコンサートは、多くのケースで「吹奏楽曲(いわゆるオリジナル曲)並びにクラシック曲のアレンジ」「映画・アニメ・ドラマ等の劇伴音楽」「ポピュラー音楽(ラテンとかムード音楽とか)」「Jpopなど歌謡曲のカテゴリー」等々、オールジャンル取り混ぜて行うのが慣例になってます。マーチングやってるバンドだと、これにステージドリルと言って、舞台上でマーチングのパフォーマンスをやってしまうところも。
過半数……とまで言えるかどうか分かりませんが、スタンダードな雛形の例として、「第1部 イントロステージ 劇伴とか懐メロとか」「第二部 ポップスステージ 広くポピュラー音楽から色々テーマを決めたり」「第三部 シリアスステージ コンクール自由曲でやるような難度の高い曲とか、それ以上の大曲とか」というパターンが実によく見られます。特に、「第二部 ポップス」「第三部 シリアス」というのは、結構テンプレに近いのではないかと。作中の記述は、そのあたりを踏まえて入れたものです。
ただ、学校によっては最後の方になると、顧問の先生への手紙の紹介とか、部活動のスライドショーとか、はっきり言って関係者御一同様の思い出づくり全開というステージ構成のところもあったりして、色々流行もありますし、最近は何がスタンダードなのかわからなくなってますけどね。
第三十八話
いわゆる普通のクラリネットをこう言い習わす場合があります。B♭管というのは、基本調が変ロ長調で作られているということで、その意味ではバスクラリネットなどもやはり主にB♭管なんですが、特に文脈に含みがない時は、「B♭管のクラリネット」は普通サイズの楽器のみを指します。
なお、B♭を「ベー」と読むのはドイツ語式で、もちろん英語式に「ビーフラット」と読んでもいいし、B♭管を「ビーフラットかん」と律儀に読んでいる人も多いのですが、そこはやっぱり語呂の問題で、この単語のみドイツ語式にして「べーかん」と読みならわしているパターンは案外多いです。
普段はいちばん距離のあるパート同士ですので
クラリネットのステージ上の配置は何パターンかありますが、一応この物語では、クラリネットは上手側で、指揮者のすぐ横に同心円状に配置される、という設定で書いてます(内側が
第三十九話
トリル
日本語訳で顫音(せんおん)と書かれますが、この言い方はめったに使われません。
定義は、「一音、または半音違いの高さの二音を、粒の揃った長さで、繰り返し交互に鳴らし続ける奏法」。分かりやすく言うと、ドレドレドレドレドレドレ……みたいな感じで音を連続反復することです。
ちなみに短三度以上の音程で、つまりドミドミドミドミとかドソドソドソドソなどの反復は、トレモロと言います。
すごく高速に演奏しないといけない、と思ってる人もいますが、結構のったりしたトリルもあり、さらには多くの場合、どれぐらいの速さで奏するかは演奏者のセンスに委ねられます。次第に速くしたり遅くしたり、というパリエーションも含め、個性がはっきり出る技の一つです。
コントラバス・クラリネット
標準的なB♭管のクラリネットより音域が二オクターブ低い大型のクラリネット。バスクラリネットがさらに縦長になった感じのモデルと、縦長の角張った楕円形のモデル(ゼムクリップ型と呼ばれます)があり、調性は事実上B♭管のモデルのみ。
これより音域が半オクターブ高いコントラアルトクラリネットというのものあり(こちらはE♭管)、時々混同されますが、別モノです。
金満吹奏楽部が持っていたりするのを時々見かけますが、べらぼうな価格の楽器ですんで(あるモデルでは四百ン十万という表示がありました)、普通はレンタルで、ごく短い期間だけ練習して舞台にのせるものらしいです。
最低音がE♭のものとCのものがあり、いずれも一般的なB♭管のチューバよりも低い音が出ます。さらには結構速いパッセージもこなせるので、吹き慣れた人がこの楽器を携えて現れたりすると、「うちの楽団に、もうチューバはいらないね」ということにも 笑。とは言え、フォルテ以上の音量になると、さすがにチューバの敵ではありませんが。
ところで一応書いておきますが、この一オクターブ下に「オクトコントラバス・クラリネット」という楽器も、世界に一台だけ存在しているようですが(ピアノよりもさらに低い音が出る!)、量産化の予定はなく、まあその気になれば(それと予算があれば)誰ぞ作れるのでしょうけれども、ネタのためにあるような楽器ですね……。
第四十話
DTM環境
ディー・ティー・エムとはデスクトップ・ミュージックの略。コンピュータ上で作・編曲等の音楽制作を行うこと、との定義がよく見られますが、楽譜制作・編集なども含めていいのではないかと思います。
昨今ではすぐれた音楽ソフトが出ていますので、適当な総合ソフトを一つ入れれば、ちょっとしたバンドのデモ音源などを作ることも、そう無理難題ではありません。とは言え、すべてを一つのソフトで完結させることは難しいし、やりにくくもあるので、たいていはいくつもの小さなソフトを連携させ、入出力にキーボードなり外部音源なりを接続して環境を作ります。
なんだ、つまりはゲーム用にコントローラーとかヘッドセットとかつなげるのと同じようなもんでしょ、と思われそうですが、実はここからが恐ろしい沼地で、ちょっとした思いつきで有名なフリーウェアとかサンプリング素材とかを導入して音を鳴らそうとしてもですね……
動作しないんですよ、これがまた。
なんでっ!? と叫んでもムダです。経費節約にフリーウェアで全部のシステムを組んだりすると、ただ一つの音を鳴らすだけで果てしないトライアンドエラーに突入します。なら大枚はたいて売れ線ソフトを購入したらいいのか。いえいえ、それでも動かない、一部の機能がおかしい、という恐怖体験がネットのあちこちで囁かれています。
パソコンのトラブルは大概直せる、と上級ユーザーを自認する人でも「文句なく動作するDTM環境をうちのパソコンで作ってほしい」という依頼には、徹底的に慎重になります。まあそういうことなんで、DTM始めたいな、なんて思いついたら、とりあえずその道の経験豊富な(少なくとも素人ではない)知人を確保するのがいちばん無難な方法ですね。
で、作中の光一とか慶奈が何をやろうとしているのか、ですが、あまり字数を割く余裕がなかったのでちょっと中途半端な描写で終わってますけれど、慶奈が吹奏楽のアレンジに挑戦しようとして、譜面の音をシミュレーションしようとしている場面――という設定です。別段、光一君はDTMのベテランという設定でもないので、組んでるシステムはそれほど大したものではない、と思ってください。
第四十一話
アルトクラリネット
普通のクラリネットとバスクラリネットの中間の音域の楽器。見かけはアルトサックスの吹き口とベルに、真ん中だけ木製(あるいは樹脂製)のクラリネットの上管・下管で構成されている、といったイメージ。調性はE♭。
バスクラも買ったし、オーボエ・ファゴットもあるし、パーカッションもほとんど揃ってるし、という楽団が、いよいよ金満楽団への階段を上がり始める最初のステップとして導入される例が多いです(というのは湾多の偏見ですが)。
五十人前後の楽団で、バスクラが時に二人配置されるのに対し、アルトクラはまあ一人が普通。クラリネットという楽器はもともと音域が広く、吹奏楽の場合は三番クラリネットがしっかり低音域をカバーしているので、その上バスクラがちゃんと仕事をしている以上、実はアルトクラリネットの存在意義はあまりありません。実際、出す音はバスクラや三番クラリネットの音をそのまま重ねているか、せいぜいサックスやユーフォと中低音を補強するかのパターン。ソロはまずないと言ってよろしい。標準編成に含まれる楽器の中では、いちばんソロ率の低い楽器かも。
というネガティブイメージだらけの楽器ながら、クラリネットアンサンブルになるとぐっと存在感が高まります。クラリネット八重奏などに日常的に取り組む団体であれば、常備すべき楽器と言えるかも。それでもやはり地味な存在であるには違いないですが。
第四十二話
「エルザの大聖堂への行列」
「エルザの大聖堂への行進」「エルザの結婚の行進」「エルザの入城」などなどの名称も。ヴァーグナーの楽劇「ローエングリン」第二幕第四場の一部の管弦楽部分を抜き出して編曲したものを、特にこの名前で呼ぶことがあります(ヴァーグナー自身の命名によるものではないので、「ローエングリン」の楽譜の中を探してもこういう曲名はありません)。
吹奏楽編曲版はルシアン・カイエ(Lucien Cailliet 1891 〜 1985)によるものを筆頭に、国内外のさまざまなアレンジャーによるものが存在します。有名どころの本格クラシック曲の中でも、吹奏楽に編曲してみて管弦楽に負けない(一応)と言えそうな数少ない曲の一つで、それ以上に、最初から終わりまで後期ロマン派スタイルのコラール曲で舞台効果満点という稀有な存在のため、コンクール自由曲としても頻繁に取り上げられ、人気の高い定番曲です。
一つ二つ補足を入れますと。
ヴァーグナーのこの曲は、名前の通り、ヒロインのエルザが結婚式に向かう行列を描いた、いわばめでたいシーンの音楽なんですが、原曲ではそのクライマックスで突然中断する形になってて、結婚を邪魔するキャラが何やら喚き出す、という場面が展開されます。第三幕以降でエルザは一応結婚できるものの(ちなみにこの時の祝福の歌が、結婚式の定番曲である「婚礼の合唱」)、その結末ははっきり言って不幸であり、原曲のストーリーに通じている者からすると、この曲をノリノリで演奏している人たちを見てて、ちょっと複雑だったりします。
あと、この曲は吹奏楽以外にも多くの楽器編成にアレンジされており、有名どころではリストのピアノソロ版(「ローエングリン」と「タンホイザー」からの2つの小品 2 Stücke aus Tannhäuser und Lohengrin S.445/R.278)があります。リストの場合は静かな天の呼び声のような部分を曲頭とコーダに配していますが、もちろんこれは原曲にはありません。
一方カイエの吹奏楽版では、イントロは作らず木管のメインメロディーから始め、原曲で音楽が断ち切られるところではジャーンという感じで主和音をトゥッティで鳴らして終わり、という作り方。
アレンジャーによっては最後にファンファーレ風のフレーズを入れたり、イントロにリスト版のような音を加えたりする人もいます。
基本的に真ん中ぐらいのレベルの楽団で鳴らせる曲なんですが、本当の意味できれいに仕上げるのは至難の曲でもあります。
吹奏楽の音にしてはショボすぎる。
DTMで吹奏楽曲を鳴らすのは、管弦楽とは別の意味で色々と難しいです。
まずは音源の問題。たとえば「クラリネットの音源」と言っても、そのほとんどは「ソロクラリネットの音源」です。二人、あるいは四人のユニゾンの音を出そうとしても、できません。他の楽器の音も同様。
たとえばソロの音源二つ分をわずかにピッチを変えて重ねるなどのやり方もないではありませんが、いずれにしろ、数十人の厚みのある響きには程遠いのが実情。五十人編成の吹奏楽のはずが、十数人の管楽アンサンブルのような音に、どうしてもなってしまいます。
これがオケ用音源となると、例えば「ストリングアンサンブル」のように、バイオリンからコントラバスが三十人ぐらい集まった音、というように最初から作り込んだ音源があるので、管楽器のソロ音源を何種類か組み合わせれば、一応管弦楽の形になるのですけれどね。
近年になって、ようやく吹奏楽用に同一系統の管楽器の音源が出回るようになってはいるようですが、値段はかなりのものだし、あらゆる人数規模に対応している出来とは言い難いのではないかと思います。使い勝手のいい音源ができるのはまだまだ先でしょう。
そういうわけで、動画サイトでも吹奏楽のDTM演奏は、とてもじゃないですけれどシミュレーションの域には達しておらず、むしろ「おお、ついにDTMでもこれぐらいの音が出せるようになったかっ」という部分に拍手を送るような楽しみ方をすべきジャンルです。
この分野に手を出す全日本の吹奏楽少年少女は、まずは「がっかり」を経験して、それを乗り越えなければなりません 笑。多分、そういうのがあと十年以上は続くんじゃないかなあと思います。
ミュート
弱音器。消音器、という言葉が使われることもありますが、基本的に消音器は本来「サイレンサー」の訳語です。
弱音器そのものはヴァイオリンにもギターにもスネアドラムなどにもあり、当然ながらそれぞれ全く異なった形状をしていますが、作中の例は金管楽器用のミュートで、円すい状のものをベルを塞ぐように差し込む形状をしています。トランペット・トロンボーンの場合は特に種類が豊富で、「弱音器」にとどまらない様々な種類のものがあります。
大きく分けると「練習用」「特殊効果用」があり、特殊効果用の中でも金属製のスリムな形状のものがいちばんポピュラーで、ストレートミュートと呼ばれます。楽譜中に普通に mute の指示があったら、まずこれを意味すると思って間違いないです。音量が下がってより金属的な響きになります。
特殊効果用で他に有名なものとしてはワウワウミュート。ポワワワワワ、みたいな吉本あたりでよく使ってる音が出せるミュートですね。
一方、「練習用」というのは近年になって定着したもので、これにはストレートミュートをもう少し隙間の狭い構造にしただけのものから、ヤマハの「サイレントブラス」のようにハイテクで消音効果を保ったまま、自身の音を自然な響きのイメージでモニターしながら練習できる、というようなものもあります。
作中の例は、実はサイレントブラスのつもりで書いたのですが、シーンを削ってるうちに細かく描写する必要がなくなったので、実態を濁してます。とにかく、ハイテク仕込みのミュートを使ったら、普通のマンションの部屋でもトランペットとピアノのセッションを録音できるっていう場面を入れたかったという、ただそれだけのことでございました。
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