第二十二話〜第二十四話


第二十二話


弦バス

 ストリングバス、つまりコントラバス。管弦楽でもおなじみの、あのバイオリンのバカでかいやつです。ポピュラー音楽ではベース、ウッドベースなどとも。使われるジャンルで呼び名は様々ですが、楽器自体は全く同一です。

 で、なんで「吹奏楽」に弦楽器が入っているのか、という問題ですけれど、言い訳は色々出来まして、


1.そういう伝統になっている

2.弦バスはどんな合奏にも入るのが当たり前なので、吹奏楽にパートがあるのも当たり前。

3.弦バスでも入れないことには、低音の深みが足りなすぎる。


みたいな説明を私個人はあちこちで聞いてまいりました。

 もう少し整理しましょう。

 2.について書くと、現実に他の合奏体、たとえばギター・マンドリンオーケストラでも弦バスは入ります。ジプシー楽団のようなエスニック系でも当然のごとく入ってますし(もっとも、エレキベースになってることが多いですが)、ジャズになるとトリオからビッグバンドまで弦バス抜きには考えられません。

 とは言え、吹奏楽だとチューバがいるわけだし、野外用の軍楽隊をルーツに持つ吹奏楽で弦バスが常連というのもおかしな話です。ちなみに英国式の(いわゆる本物の)ブラスバンドでは弦バスは入りません。

 この話は突き詰めるとなかなかに根深い問題で、吹奏楽の定義そのものとも絡んでくるのですが、吹奏楽経験者の立場で一つ申し上げるなら、音楽的には3.の問題が大きいでしょう。

 チューバ、バスクラ、バリトンサックス、さらにはファゴットとかコントラファゴットとかコントラバス・クラリネットとか、色々楽器を揃えられる楽団になったら低音のボリュームは十分すぎるぐらいなのですが、これらの管楽器は、ずぅんと響くサウンドの深みには欠けるきらいがあり、特に静かなパッセージの下支えには「濃すぎて」使えない印象があるのです。

 木管数本だけの曲の最弱部分に差し掛かった時に、弦バスのピツィカート(弓ではなく、指で弦を弾く奏法)がボーンと鳴って床板がいい感じにぐおーんと響くのを目の当たりにすると、どうしても「おお、これこれ」と思ってしまいます 笑。こういう余韻のある音は、チューバやバスクラだとすごく難しい。逆に言えば、そういう時でもないと、弦バスのありがたみを実感することは少ない、というのも事実ですが。



何でうちは金の代表になれないんですかね?

 最近は割合知られるようになったことですが、全日本吹奏楽コンクールは、地区大会から全国大会までほぼ同じ評価制度を実施しており、参加団体すべてに金・銀・銅の賞を与えます。この、「すべて」というのが曲者で、これはつまり全団体を上・中・下にランク分けすることに等しく、銅賞をもらうということは「この会場内でダメな方の団体」と宣言されたも同様なわけですね。この種の格付けは教育的にいかがなものか、との議論は五十年以上前から続いているのですけれど、ここまでくるともう伝統でしょうか。

 ちなみに地区や県によっては、銅賞の下に「奨励賞」「努力賞」を設けていたところもあって(今もあるのかな?)、そういうところでは銅賞の価値が少し上がるわけですけれど、結局ババ抜きですね。

 さて、上の金賞ですが、多くの大会ではここからさらに代表校を選抜します。つまり、金賞となっても県大会なり支部大会なりの出場権は与えられるかどうかわからないわけで、金だったけど代表じゃなかった場合は「ダメ金」と言って、一種の残念賞扱いになり、それを悔しがるか喜ぶかで、その学校の志の高さが量られる、とも言えます。



アンコン

 アンサンブルコンテストの略。全日本吹奏楽連盟と朝日新聞が主催する「全日本アンサンブルコンテスト」が正式名称。これは三月に行われる大会ですが、その予選である地区大会、県大会、支部大会は早いところで十二月からそれぞれの下部組織を主催者として始められ、吹奏楽人はこれらもまとめて「アンコン」と称しています。

 三人から八人までの任意の編成(細かい規定は色々とある)で五分以内の自由曲を演奏して競う形式で、1978年から続けられています。

 完全な大人数プレーである夏のコンクールとは違い、いわば小隊規模のチーム戦感覚でのイベントなので、弱小楽団でも精鋭チームが結成できれば快挙を成し遂げることができる……と言いつつ、結局強豪校がデカい面をするパターンがどうしても多いですね。もっと下剋上を見てみたいもんですが。



ソロコン

 日本吹奏楽指導者協会が主催する「全日本中学生・高校生管打楽器ソロコンテスト」のこと。予選は各地方支部が主催する形で、一月末から地区大会(または県大会)が始まり、以下、支部大会、全日本大会となります。最後の全日本は三月末の開催で、1997年から続いています。四分以内の自由曲を競う形で、ピアノ伴奏こそ入るものの(無伴奏でも可)、完全な個人戦であり、主催者が違うこともあって、吹コンやアンコンとは微妙に毛色が異なる存在と見られているようです。



カルテット

 四重奏、または四重唱。四重奏団、または四重唱団の意味も。クワルテットなどの表記もあります。四つのパートに一人ずつの奏者がいる形のアンサンブル形態。ちなみにパート数が二つだと二重奏・デュオ。三つは三重奏・トリオ。五つは五重奏・クインテット。

 四つのパートというのは、ソプラノ・アルト・テノール・バスという基本的な声部分担に対応しやすいので、安定感があり、作品例も多いです。弦楽四重奏が質量ともに抜きん出ていますが、管楽器でもサクソフォーン四重奏、フルート四重奏、クラリネット四重奏、トロンボーン四重奏、ホルン四重奏、バリ・チューバ四重奏(ユーフォ2、チューバ2)などなど、枚挙に暇がありません。

 余談ですが、「カルテット」って名前の小説とかドラマとか映画とかゲームとか、やたらと多い気がします。語感がいいからなんでしょうが――カタカナの単語一つ持ってきてドヤ顔するのは、いいかげんにしてほしい気もします。




第二十三話


練習台

 パーカッションの練習台というのは、主にスネアドラムの基礎練習用の台で、「練習パッド」「トレーニングパッド」などの名前で市販されています。が、例えば私の時代の吹部では、一部の教室に残っていた、古い仕様の総木製の机の表面をそのままカタカタ叩いてました。あるいは、その机の中央部にDIYを施してゴムの板を張ったやつとか。

 余談ですけれど、うちの部の顧問先生は、その机をさらに改造して、ノミとノコギリで縦にスリットを入れ、タオルケットを張って、いい感じのシンバル台まで作ったりもしていました。あの台は他の楽団から羨ましがられてたりもしてましたねえ。いい値段の製品でも、静かに上げ下げできるシンバル台って意外と少ないもんで。

 まあそういうわけで、その辺の木の台とラバーで、簡単に練習台は作れます。あ、でも最近は〝その辺の木の台〟ってのがないんですよね……。



ロール

 打楽器の奏法の一つ。ロール、またはトレモロと呼ばれます。わかりやすい例で言うと、「では発表ですっ」というアナウンスの後に、だららららららーっとスネアドラムの連打が何秒間か続いて、最後にシンバルがジャーンと鳴るっていう場面、テレビなんかでよく見ると思うのですが、その「だららららららーっ」がロールです。

 あれは左右のスティックを単に交互に高速で叩いているわけではなくて(そういう奏法もありますが)、バウンドを利用して一回の打ち込みで二回音を出し、左・右・左・右、タタ・タタ・タタ・タタ、と鳴らす形の、その間隔を徐々に詰め、タタタタタタタから最後にはだらららららーっとなるようつなげて、ああいう連続音にしているものです(片手当たり三回以上音を出してつなげる形の奏法もあります)。当然、なだらかにきれいに響かせるまではそれなりの練習が必要で、長短様々のロールが混じったドラムマーチを見事に決めるのは、実は相当難度が高いことなのです。

 なお、ティンパニやシロフォンやマリンバなどのロールは、左右それぞれ一回打ちを高速につなげる形です。



ヴィブラフォン

 鉄琴の一種。一見鉄琴なのに、電源コンセントがついていたらこれと思って間違いないです。

 大型の鍵盤打楽器は鍵盤の下に金属パイプがぶら下がっているものがありますが、そのパイプ(正しくは共鳴筒)と金属鍵盤との間で、超小型の扇風機……と言うか、水車みたいな羽がクルクルと回り、音の余韻に揺れを与えられる仕様になっている鉄琴がヴィブラフォンです。羽の回転スピードは変更でき、うなり具合の調整などは演奏者の才覚に任されます。

 ところで、ヴィヴラフォンや鉄琴にはペダルがあって、ペダルを踏むと打った音が長く延びる、というのはピアノと同じですが、ただ踏むだけだと音が濁ってしょうがないので、上級者はペダルを調整しつつ、鳴らした音の一部を指やマレットで止めていきながら、いい響きになるよう計算するというスゴ技を使っています。その消し方のセンスもこの楽器の演奏技術の重要なポイントです。



半音クラスター

 ある音高から一定範囲の音を全部鳴らす演奏法、またはその和音をクラスターと言い、ピアノの場合は手のひらとか肘とか(時には足なども)使いながら、一定範囲の鍵盤全部をだーんと鳴らします。その際に、白い鍵盤も黒い鍵盤も全部まんべんなく鳴らしたものが半音クラスターです。弦楽器や管楽器でこれをやろうとすると、複数の楽器でうまく音を分担し合って一斉に鳴らす必要があります。

 もっと分かりやすく言うと、ドラマの衝撃的な場面などでドーンと濁った響きのピアノの和音が流れることがありますが、あの音がそうです。ヴィブラフォンでそれをやると……まあ低い音なら、それなりに感じが出るかも、ですね。




第二十四話


三度四度という音程の数え方

 音程の単位は「度」を使います。数え方は簡単で、楽譜の表記を見て、ある音と別の音との階名をそれぞれ読み、その間にいくつ音が挟まるかで数えます。

 例えば同じ音の場合。共にソの音同士だったとして、ソから数えてソは一つなので(最低数は一です。ゼロとは数えません)、「一度」と数えます。

 別の例。ソと、少し上のドの場合。ソ、ラ、シ、ドと数えると四つなので、音程は「四度」です。

 では、ドと、一オクターブちょっと上のミとの場合は? 数えると、ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド、レ、ミと十あるので「十度」ですが、和音としての響きはあくまでドとミとの関係なので、ハーモニー分析では「三度」と見なして考えます。つまり、一オクターブ(八度)を超える音程は、全部七度以下の音程に読み替えます。

 ただし、楽器や歌の演奏法などを語っている時は、絶対的な音の距離が問題になりますので、十度とか十五度などの言葉が頻出することもあります。



チューナーでバカ正直に音程チェックしまくっても、きれいにハモることは絶対にないってこと

 現在ではスマホアプリを始め、きれいにハモった和音になるよう手軽に確認できるようなツールが色々出回っているようですが、それとて使い方が分からなければ合わせようがないわけで、以下はそういうノウハウ以前の段階の、単純仕様の機械を使った場合の話として読んでください。

 音合わせに使う電子チューナーは、メーターの指示通り音高を調整すれば、素人でも一応のピアノの調律が出来るほどのすぐれものですが、そのチューナーを吹奏楽の練習の現場で使っても、和音はきれいに鳴らせません。そもそもチューナーの設定は、「絶対に美しい協和音が出せない音律」に最初から作られているからです。

 なんでそんな矛盾したことになっているかと言うと、一般的なチューナーは「十二平均律」で音高の判定を行っているからです。十二平均律とは、今ではたいていのキーボードでスタンダードな調律法になっていますけれども、中身を言えば、一オクターブに十二の半音を均等に詰め込む、などというむちゃをやった設定法です。

 実は、和音というものは、音響学的に完全に協和させようとすると、均等な音律ではダメなのです。例えばドミソの和音。これをきれいに響かせようすると、ミの音を半音の六分の一ほど低くしなければなりません。ソシレの和音でも同様。シの音をやはり微妙に低めに取る必要があります。

 だったら最初からそういう高さにしておけばいいと思われるでしょうが、そんなふうにあちこちの音を低めにしまくると、転調した時にとんでもないイカれた音調になってしまいます。つまり、ハ長調のままでしか使えない。

 それじゃ不便だと言うので、鍵盤楽器では十二の半音を全て均等な幅に調律するようになりました。微妙に狂っているんですが、素人には分からない程度だし、いちばん簡単な解決法でもあります。

 でも、微かに狂った調子は管楽器だと結構露骨に響くので、吹奏楽の上のレベルの団体は、最初から完璧に整ったハーモニーを目指します。ただ、その響きを得るためにチューナーを徹底的に活用したとしても、音響学的にはきれいになりようがない、というのが、この部分で言っていることでして……長い説明になりましたが、要するにそれだけの話です。



オリヴァドーティの「バラの謝肉祭」

 ジョセフ・オリヴァドーティ(1893〜1977)が1974年に作曲した、序曲「バラの謝肉祭」のこと。通称バラ肉。演奏時間約六分半。

 初級バンド向けの曲として広く知られた作品で、よくある「バラ肉デビュー」のパターンとしては、「一年生だけで初めて練習した曲」というもの。大編成でもそれなりに響く作りをしているが、徹底的に楽器を削っても ちゃんと鳴るというのがこの曲のいちばんの売り。ゆえに、偏った楽器編成で、よたよたの初心者ばかりでも、一応さまになります。

 いわば吹奏楽のバイエルとも言える曲。オリヴァドーティ本人はイタリア生まれで、そのせいなのかどうか、ヴェルディのオペラ序曲に似た感じの響き。正直、「昔、私もこれを吹いた、懐かしいっ」という記憶のある方以外があえて飛びつくような曲ではないと思いますが、そんなこんなで吹奏楽では「古典的名曲」という扱いになってます。


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