第九話〜第十四話


第九話


バスドラム

 大太鼓。ただし、吹奏楽や管弦楽で使うバスドラは、ポップスのドラムセットの真ん中にあるドラムなどよりもずっとでかく、音圧もすさまじいです。昔、LPレコードでは大きな音のところに来るとよく針が飛びましたが、だいたいバスドラの音の刻みに負けたパターンだったのではないかと思います。

 もっとも、そういう立派なバスドラは高価でもあるので、予算のないところは、小学校の合奏で使ってたような小ぶりな「大太鼓」を使ってます。行進の時も兼用でオッケーですしね。



二番トロンボーン

 同一楽器が複数のパートに分かれている楽器の中でもトロンボーンは少々特殊です。

 この楽器は吹奏楽でもオケでも三声部編成であることが大半なんですが、うち、一番と二番はテナートロンボーンと言って、つまりは普通のトロンボーン。三番だけ、しばしばバストロンボーンという楽器を用い、一、二番とチューバとの橋渡しのような役割を担います(第四十五話の項目もよろしければご参照ください)。要するに、ボントロの三番は結構重要(なことがある)。

 一方で一番トロンボーンは、ソロは受け持つわ、音域は高いわで、下手な者には任せられません。結果、中学校吹奏楽レベルだと、トロンボーンの中では二番がいちばん初心者向けのポジションということに。

 むろん、楽勝と思って吹いてみたら二番がいちばんヒドかった、という曲もありますが。



バリサク

 バリトンサックスの略。アルトサックスをアルサクということも。



喘息の治療で楽器やり始めた

 網羅的に情報を集めたわけではないのですが、喘息の治療、あるいは予防に管楽器はいい、という話は普通に出てきます。医学系の研究論文もあるそうです。少なくとも全面否定している人はいないんじゃないかと。

 でも、どの楽器がいいのか、ということになると、ケースバイケースでしょうね。フルートでいいという人、低音金管がいいという方、声楽で十分じゃねというやつ。それぞれ一分の理があるでしょう。

 小学校だと、体格的な理由でトランペットが候補に上がることが多いですね。まあいちばん安い部類の管楽器だし。むちゃくちゃ肺活量なくてもいけるし。けど、いちばん音楽的じゃない結果になりがちなんだな、これがまた。治療効果を狙ってかつ、よりまともな音楽やるんなら、やっぱリコーダーか?




第十話


ほとんど後方モニターとして機能するのである。

 実のところ、これは吹部の生徒の常識でもあり、ここで小夜理が全くその点を警戒していなかったというのは、いくらか無理があります。トロンボーンとかペットでも、後ろから近づく人影が判別できることもあるし。

 ただ、部によってはそのネタがそれほど広がっていなかったりするでしょうし、新一年の美緒にそこまでのワザはあるまい、と舐めてかかるのもあり得ること――と、スルーしていただけるとありがたいです 笑。

 吹奏楽のネタ本には、「チューバの表面をみんなしてヘアチェック用に使ってて練習できない」みたいなことまで書いてますけど、そこまで使えるものかどうか。ラッパの表面に映る変顔を見て大喜びする、という場面しか見たことないんで、「くせ毛の確認あたりが限界、真面目なヘアチェック用には無理がある」、というのが湾多の見解ですが、まあそこは女子校生の話ですから、毎日使い込んでると要領も分かるのかも知れませんね。




第十一話


テナーサックス

 アルトサックスよりやや大型の楽器。立って吹いてるところを写真に撮ったら、アルトは上半身だけのショットでまあまあ収まりますが、テナーは膝辺りまで入れるアングルじゃないとキレイに入りません。

 吹奏楽曲の中での扱いは、アルトよりもはっきりと不遇。ユーフォやホルンに埋もれつつ対旋律なぞったり、ハーモニー支えるモブの一つに徹したり。ソロ? ……いや……記憶にないなあ。まあ、ジャズとかポップス曲のアレンジものなら、それなりなのかも知れませんが。

 ところで今さらの記述ですが、サックスは「最も簡単な楽器の一つ」として知られています。「風が吹いたら窓からサックスを出せ。いい音で鳴ってくれる」というのは楽器ネタの鉄板ジョーク。さすがにリコーダー並にとは言いませんけれど、吹奏楽の管楽器の中では、間違いなく一番鳴らしやすく、かつ音程や大小のコントロールもやりやすい方です。

 その上に、速いパッセージもそうそうないし、ソロもまずない、とくれば、「テナーは楽勝」みたいな偏見がある程度育つのも……え、それは事実?



アルトサックス二番

 吹奏楽のサックスのパートは、アルトが一番ファースト二番セカンドの二声部に分かれていて、あとはテナーとバリトン、この四パートきりです。これ以外の編成になっている曲は滅多にないです。アルト奏者がソプラノサックスに一時持ち替え、というのはありますが、ソプラノが固定パートになっているとか、バスサックスが入ってるというのは、かなり特殊な例でしょう。

 ちなみにサキソフォーン四重奏というアンサンブル形態がありますが、これは標準的にはソプラノ・アルト・テナー・バリトンで組みます。これがいちばんバランスの取れた合奏形態だからでしょうが、言い換えると、吹奏楽のサックスパートは中低音寄りのポジションという扱いであるわけで、上から下までまんべんなく楽器が揃ってるクラリネット族などと比べると、やや潜在能力を出し切れていないのでは、などと考えてしまうのは、私だけでしょうか。




第十二話


スネア

 スネアドラム。サイドドラムとも。いわゆる小太鼓。底面に金属製の響線(ひびきせん)が張ってあり、三味線のサワリ(いわゆるびぃーん、びぃーんという唸りのノイズ)みたいな効果がついた、小気味よい音が特徴。

 もともとが軍楽隊などで使われていた野外行進用の楽器なので、使われ方も「行進」を喚起させるフレーズでの起用が大半……だったわけですが、二十世紀中盤以降の吹奏楽曲などでは、単にリズムの基盤を作る、一種ドラムマシーン的と言うか、ポップミュージック寄りな発想の音形を奏することが多いです。

 吹奏楽やオケで使ってるスネアを特にコンサートスネアと呼んで、ドラムセットに使われているスネアと区別する向きもありますが、この二つに明確な境界線はありません。一応、センシティブで音のキレが良い楽器をコンサート向けとする見方はありますけれども、貧乏吹奏楽団だと「兄貴が使ってたドラムセットから持ってきた」なんて例はザラでしょう。ただし、マーチング用のスネアドラムは明らかに楽器が異なり、同じ名前でも音色もコンセプトも別物のようです。



ティンパニ

 クラシックの曲でドンドコドンドコ雷みたいな太鼓の音が鳴ってると思ったら、たいていこの楽器。皮面の調節ネジ、あるいはペダル機構を使って音の高さを変化させられるのが特徴。

 素人目には大太鼓が丸くなっただけ、というように見えますが、バスドラムとは似て非なる楽器と言えます。何と言っても「譜面に書ける形で音程がしっかり出せる」楽器なので、扱いとしてはコントラバスやファゴット、あるいはチューバなどの低音楽器の一部、のような解釈も出来るわけで、管弦楽では長らく、スネアドラムだのトライアングルだのと言った打楽器とははっきり別物と見られていました。今でもティンパニ奏者とその他打楽器奏者とを別枠採用にしているオケは多いです。

 が、学校吹奏楽などではもちろんそんなことはなく、ティンパニはパーカッションパートの担当楽器の一つに過ぎません。さっきティンパニを叩いていた人が、直後にタンバリンに移る、なんてことも当たり前のようにあります。ヨーロッパの格式高いオケでそんなこと指揮者が指示したら、ストライキもんですけどね。



パーカッション

 いわゆる打楽器パートのことですが、実際に受け持つのは「打楽器」だけではないこともしばしば。波の音を出す、豆を挟み込んだタンバリンみたいなのとか、風の音を発生させる効果音マシーンみたいなのとか、はては縁日のオモチャで売ってそうなスライドホイッスルとか。シロフォンやマリンバを担当する延長で、ピアノを弾いたり、グラス・ハーモニカを鳴らしたりすることも。

 要するに、「何でも屋」です。



パーカス

 パーカッションパートの略。



ドラムマーチ

 文字通り、ドラム類だけによる行進曲、あるいは行進用のフレーズ。吹奏楽のマーチングなどでは、合奏が一曲終わったら、次の曲までの間奏としてドラムマーチを入れます。いわゆるつなぎの音なので、たいてい十六小節とか、短いものがほとんど。

 そういうものとは別の、婚礼用とか葬送用とか死刑台への行進用(!)とかの、由緒あるドラムマーチというものも存在するようですが、その辺りは音楽社会学や民族音楽学の領域になってくると思いますので、作中の語句とはまた異なる話です。




第十三話


特にシンバルがスゴいんです

 吹奏楽で使われるシンバルには大まかに二種類あって、二枚の円盤を打ち合わせる形のものをクラッシュ・シンバル(または合わせシンバル)、一枚の円盤をスタンドなどに載せてバチで叩くタイプのものをサスペンディド・シンバル(サスペンデッド・シンバル、あるいはサスペンド・シンバルという言い方も。略してサッシン)と言います。ドラムセット等で用いる用語とは少しズレがあります。

 作中のシンバルはクラッシュ・シンバルのことですが、門外漢の方々には、いったいこの楽器の演奏がスゴいとはどういうことなのか、おわかりになりにくいかも知れません。

 このあたりはもう、生で聴いてくれ、としか言いようがありません。生で、下手なシンバルと上手なシンバルとを聴き比べてください。機会がありましたら、近隣市町村の中高の吹奏楽部の演奏会などに顔を出してみるとよいでしょう。少なくとも、下手なシンバルというものがどういうものか、それで分かると思います。

 上手なシンバルは? うん、それはやっぱり、チケットを買って然るべきプロのコンサートに行ってもらうのが、いちばん近道でしょうね。

 中高生で「シンバルだけやたらうまい」という子に巡り会えることもありますが、「ペットがうまい」「フルートがキレイ」などよりもぐっと低確率の話になると思います。多分。




第十四話


エスクラ

 標準的なクラリネットよりもやや小ぶりで、約半オクターブ高い高音クラリネットのこと。「エスクラ」で検索でもヒットしますが、もう少し正式に言うと、「Es管クラリネット」「E♭クラリネット」「小クラリネット」などの表記も。ちなみにエスとはEs、ドイツ音名の「ミのフラット」のことです。

 吹奏楽では、だいたい第一クラリネットと同じ音か、オクターブ高い音で高音を補強します。つまり、一クラを任せられる技量を持っていてかつ、安定した高音を鳴らせる奏者でないと務まりません。かてて加えて普通のクラリネットよりややコントロールが厄介なため、中学生には難度が高い楽器で、エスクラの担当ということは、それだけで「部でもっとも上手なクラ吹き」の称号を手に入れたも同然。

 よほどの大編成でなければ、一人だけのパートです。逆に中編成以下になると「不要なパート」としてリストラされる率が高いです。そもそも楽器を持っていないという吹奏楽団もそれなりの数。予算がついたときの購入の順から言えば、バスクラリネットの後、オーボエの前、というところでしょうか。

 パートとしての出番はやや少なめ。メロディーを吹くことこそ多いものの、ソロはめったに来ず、その気になれば結構サボれるポジションではないかと 笑。



ピッコロ

 普通のフルートの一オクターブ上の音が出る、オケでも吹奏楽でも正真正銘の最高音を担当する楽器。第一フルートと同音かオクターブ高い音を担いますが、えてして「一人だけ最高音」というパターンが多いです。ので、エスクラなどと違って、間違えるともろに目立ちます。気分は百パーセントソロ。木管全員でちょっとしたメロディーを吹くだけでも悪目立ちしやすく、心臓の弱い人には務まりません。

 正式名称はピッコロ・フルート、つまり「小さいフルート」という名前ですが、実はフルートとはルーツが別で、軍楽隊で高音をヒャラヒャラ鳴らすファイフという楽器がルーツです。キーの構造なども、フルートとは微妙に違います。

 もとより装飾的なフレーズを華やかに吹き鳴らす使われ方が多かったわけですが、吹奏楽、特にマーチではその種のソロの機会が多く、スーザの「星条旗よ永遠なれ」などは、中高の体育祭などでピッコロ担当の三年生の花道を飾る例になってることが多いです。まあ、砂ぼこりの中でどれだけの生徒がそれと知って傾聴してるかは分かりませんが。



何なら『アルヴァマー』で勝負するかっ

 アルヴァマーとは、ジェイムズ・バーンズが一九八一年に作曲した「アルヴァマー序曲」のこと。ほどよい難度と景気のいい曲風で大ヒット曲となり、発表後四十年たった今も定番曲の一つに。なぜかエレクトーンやピアノ、その他さまざまな管楽アンサンブルにも編曲されて愛奏されており、なおも人気は高まる一方。

 普通の曲だと高音木管で奏するような、十六分音符の合いの手のパッセージがトランペットにも割り当てられており、部分的にペットと木管が高速の音形を一緒に鳴らす場面もあるので、もたついてるクラの部員を、腕自慢のペットが煽り立てるハラスメントが起こりやすい曲(想像です)。一方で、もたついてるペットの部員を腕自慢のトロンボーンが真似吹きして煽り立てるという、もっと低レベルなハラスメントも(これは実話)。



肺気胸

 はいききょう。本編でこの後に症状の簡単な説明が入りますが、大雑把には、肺の一角に圧力がかかって局所的に膨らんだ状態になる症状。発症の細かいメカニズム等は、最新の医学を持ってしても不明。というか、致死性の疾患ではないので、あんまり研究されてない感じ。

 管楽器をやっていると、ごく低い割合ながら発症の危険があります。多くの場合では、どうしようもないほど痛いというわけでもなく、「コンサートが終わるまで治療を延ばしても、特にマズいことにはならなかった」という例も。ですが痛いことには変わりなく、どこまで酷くなるかも安易には予測できませんから、十代の発症者には慎重に臨むべきでしょう。


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