第21話 おっさんの本気の悔しさ
「チャポン」
いつもの水音と共に、いつも通り神泉の中に再構築される。
せっかく鍛えて、スリムになって筋肉もだいぶついてた、ちょっと自慢になりつつあった肉体は、小太りのぽっちゃりに戻ってしまっていた。
体を異物が貫通する感覚、痛みを感じるより前に、熱く感じて、血が一気に抜けていくと体の熱も一緒に抜けていく。
軽傷なら、徐々に痛みを感じるようになるんだろうけど、痛みを感じる前に気持ち悪さ、気怠さを感じるようになって、苦しみの中でどうしようもなく力が入らなくなる。
体が思うように動かないという状況も恐怖心を掻き立てる。
泉の万能ポーションを口にして落ち着こうとするけど、死の恐怖だけは何度経験しても慣れない。
自分の手で、自分を抱きしめ、震えるからだを押さえつけるけど、震えは止まってくれない。
「大丈夫ですか?すいません、もっと早くあのグリフォンに気付いていたら逃げられたのですが」
すまなさそうに声をかけてくれるナミヒメの声。
聞こえているけど、言葉が出てこない。ただ頭を横に振って答える。
どうしようもなかった。
相手は高速で飛行する上、目が良い。鷹の目はかなり遠くまで見通せるって聞いたことあるけど、猛禽類の頭を持ったグリフォンという魔獣もまた、そんな目を持って居るんだろう。
見通しの良い高原地帯だと、どうやってもこちらが先に見つけるなんて難しいのは当然、しかもこちらは狩りまでしていた。見つからない理由の方が少ない。
ちょっと落ち着くまで時間が必要そうだと思った俺は、ログハウスのベッドに横になる。泉のポーションのおかげか、なんとか歩く事は出来るくらいに回復はしている。
「少し寝るよ。ごめん、今はそっとしておいて」
震えが抑えられない声で、ナミヒメにどうにか絞り出した言葉。
今は落ち着くまで一人で居たい。情けない姿をナミヒメにあんまり見られたくない。恐怖に震えて、強烈な苦痛を経験しても終わらない、今はこの箱庭世界が地獄のように感じられて。
ナミヒメと会話が成立しないほど、頭の中はグチャグチャで。
ナミヒメはなんにも言わないで、ただ頭をやさしくポンポンしてくれている。
不思議とそれが心地よい。震える体を押さえつけて、声を上げることなく涙を流しながらいつの間にか俺は眠りについていた。
何とか立ち直り、心が落ち着くまで3日ほど俺は寝込んだ。
落ち着いてくると、だんだんと怒りがこみ上げて来る。
冷静に戦闘状況を思い出すと、あのグリフォン、遊んでやがった。
きっともっと強力な魔法も使えるのだろう。本気だったら最初の突進で俺はバラバラになってたんだろう。
1週間以上の高原の生活で、狩りや採掘なんかを無駄に自分の手でやってたりした。身体強化のトレーニング効果で、かなりの身体能力を手に入れていたと思っていたのはただの驕りだったようだ。
アイツは俺たちの世界から追い出さなきゃいけない。
切実に、そう思う。
「ナミヒメ、俺、あいつに勝てるようになるかな?」
「諦めないというのなら、助言は出来ますが。勝てるかどうかは春人さん次第です」
無慈悲な事実を突きつけられる。そこはお世辞でも勝てると言ってほしかった。
「どうやったら勝てる?どうすればいい?」
俺次第というのなら、勝てる可能性もちゃんとあるって事だ。トレーニングでも、実戦経験でも、やれることを積み上げてアイツを倒すだけだ。
それから、ナミヒメの助言どおり、体を鍛え上げる事から始める。
ぽっちゃり体系に戻ったこの体をもう一度引き締め、今度は近距離戦闘技術をきちんと訓練する。
武器はクラフトアプリから刀を作って、それをメインウェポンにする事にした。
刀の扱いなら、ナミヒメが指導出来るらしい。
最初はゆっくりと正しい動きを体に覚えさせる。身体強化以外にも、クロックアップという魔法を組んだ。これは、体感時間を引き延ばして、時間がゆっくりに感じられる魔法だ。
動きのどこが間違ってるのか、どう力を入れ、どこで脱力するのか。
そんなタイミングを覚えるために大いに役に立ってくれた。
金属系の素材も大量に採掘できていたので、ウェイトトレーニングの機材も作った。
3日もトレーニングをすれば、高原地帯に居た頃の体に戻る。一度鍛えた体は元に戻っても無意味にはならない。次のトレーニング効率を上げてくれる。
いつかのナミヒメの言葉は嘘ではないらしい。
だけど、足りない。まだまだ上を目指さないと。俺には戦闘センスは無い。格下相手に堅実に勝ちに行くのならまだしも、格上相手にどうにか出来てしまう主人公体質ではないのだ。
それなら、伝説級の化け物のグリフォンが格下になるまで鍛え上げるだけだ。
魔法面も見直して、魔力上限を上げる為のトレーニングも取り入れた。
魔力枯渇がトラウマだなんて言ってられない。
格上に蹂躙されるという新たなトラウマの前では、大した恐怖ではなくなっていた。
確実に強くなっていく実感がモチベーションを維持してくれる。
だけどまだ足りない。あの化け物を相手に戦い抜くにはいくら力があっても足りないのだから。
幻惑の魔法を流用して、対グリフォン戦のシミュレーションも何度もする。
本物のグリフォンの耐久力とかに近いはずというナミヒメのお墨付きの、魔法を使ったイメトレだ。
珍しく本気で悔しいと感じている。
俺はどこか、すべての事を仕方ないと受け入れる癖がついていたらしい。
理不尽に抗うなんて無駄だと感じていたかもしれない。
だから悔しいなんてあんまり思わなかった。
だけど今回は違う、本気で悔しい。
楽しいはずのナミヒメとの箱庭生活。それを踏みにじったアイツは絶対許さない。
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