第18話 高原と牛と豚

 ナミヒメが来てからというもの、生活が一変した。

 今回鉱山に来たのも、俺だけだと鉄だけ取って終わりになってただろうけど、ナミヒメの助言でその他鉱石類から、沼地に含まれてたレアメタルなんかも回収出来た。


 鑑定アプリをきちんと使えばレアメタルとかにも気付けたのだろうけど、やっぱり俺には使いこなせているとは言い難い。


「春人さん、マップアプリのこのあたりの青い点は、食用の動物が生息してますよ」


 ナミヒメの案内で進んだ先は、広い高原が広がっていて、遠目にも水場に牛や豚っぽい動物が確認出来る。


「へぇ、『まざりもの』と、そうじゃない動物って感覚で違いがわかるんだな」


 青い点で示される動物などと、赤い点で示される『まざりもの』、ぱっと見では、狼型とか出てきても野生の動物かどうか判らないって思ってたけど、そんなことは無くて感覚的にすぐに『これは違う』とか『ここに居ちゃいけない存在』みたいな感じが強く感じられる。


「春人さん、私、牛丼たべてみたいです、吉〇屋の!」


「なんでナミヒメがそれを知ってるんだよっ!」


 思わず突っ込んだ。俺がこの箱庭世界に来て生まれナミヒメが、あっちの事を何で知ってるんだ?


「なんでって、それは春人さんの守護の為に必要なあちらの情報にはアクセス出来ますから。あちらの春人さんの生活を知らないままで的確な助言なんて出来ないでしょう?」


 言われてみれば、確かにナミヒメの助言は的確で助かっている。神様基準の助言じゃなくて、あちらの人間の生活基準で必要なこと、必要なものをきちんと教えてくれている。


「言われてみれば、確かに的確過ぎるほど的確な助言で助かっているけど。そういえば、いままで食べ物食べてるところ見たことないけど必要だったの?」


「いえ、食べなくても平気です。でも、チープな牛丼の代表格な吉〇家の味は一度経験したいのです」


 いつも通りフラットな、感情をあまり感じないしゃべり方なのに、しっかりと握りこぶしを握ってパッションをアピールしてくるナミヒメ。うん、かわいい。


「材料さえ揃えば、クラフトアプリでレシピ出るんだろうけど。あと何が必要なの?」


「はい、あとは牛肉だけです!」


 そーなんですね。思わず心の中で棒読みになった。

 食べるために殺す。身を守るために殺すのは慣れてきたけど、出来るのだろうか?


「やってみるだけやってみるけど、殺せなかったら諦めてね」


「大丈夫です。『まざりもの』を送り返すより嫌悪感は少なくてすみます。慣れですよ慣れ」


 ナミヒメは軽く言うけど、平和な日本に育った俺からすれば、牛一頭殺すだけで大冒険だ。


 気配遮断の魔法を使って、牛の群れに近づいて行く。

 ライフルの射程に入るまで、走る。群れまで大体5kmくらいだろうか。身体強化も一緒に使って走ればすぐに射程に入った。


 緊張しながらスコープを覗く。ひときわ立派な体格の牛の頭に狙いをつける。


 心臓が破裂するんじゃないかってくらいうるさく、激しく鼓動する。

 手が震えて狙いが定まらない。小声でエイムアシストを起動する。


 初めて食べる為に、自分の良くの為に命を奪う。引き金を引く瞬間、俺は目をつぶってしまっていた。

 普通ならあたらない。だけどエイムアシストの魔法が狙いを外すはずもなく、頭を撃ち抜かれた牛はその場に横倒しになる。


 気配遮断の魔法の効果で、銃声が轟く様なことは無く、静かなものだった。

 仲間がいきなり倒れた群れは、最初は倒れた仲間のそばに寄って安否を確認するように。死んでると確認してからは、慌てて移動して逃げるように走り出す。


「ごめん、まともに見れない。解体なんて無理だよ、どうすればいい?」


 こまったときのナミヒメだより。震える声で聞いてみた。


「マップアプリからマーキングして、倉庫アプリに収納出来ます。収納しちゃえば、解体なんかはクラフトアプリがしてくれますよ」


 いつも通りの平坦なしゃべり方だけど、今はそれが救いに感じる。

 大したことは無いのだと、生きるために、食べるために殺めるのは罪ではないのだと。そう思える。


 ちなみに、助言通りに収納、クラフトして食べた牛丼、めちゃくちゃおいしかったです。

 このために殺したと思った時には涙したけど、その後何頭か確保した挙句、比較的近場に居た豚も何頭か確保した。


「カツ丼もおいしいです!」


 ナミヒメサイズの食器に大盛に盛られたカツ丼を、珍しく輝くような笑顔で感情をはっきり感じ取れるしゃべり方で美味しさを熱弁するナミヒメが可愛かった。


 思ったほど、殺したことへの罪の意識というか、負の感情は無く、意外と平然としている自分にビックリする。

 いつもお世話になってる万能ポーション、泉の水の効果もあるんだろうけど、命を奪って生き残るのは自然な事で、当然の生存競争なんだって感じる部分もあって、すこしだけ成長出来た気がする。


「成長というなら、自分の手で解体までこなしてからかな」


 思わずこぼれた独り言に、ナミヒメが反応する。


「春人さんの解体技術が高くなるまで美味しいお肉食べられなくなるじゃないですか。全部を自分だけでやろうとしなくていいんですよ」


 全部を自分一人でやらなくていい。妙に心に残る言葉だった。

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