第13話 小旅行二日目
「なぁ、ちょっとした疑問なんだが、なんで俺は元の世界に帰らなきゃならないんだ?」
朝飯代わりにレーション。今回は自衛隊の缶飯ってやつを食べながら、ナミヒメに聞いてみる。
「本来そこにあるはずのものが無くなる。そうすると世界にどんな影響が出るか、神ですらそのすべてを把握する事は困難なのです」
「北京の蝶の羽ばたきが~って奴か?俺なんて行方不明なり不審死なりでごまかせば、世界にそんなに影響なさそうなものだけどな」
そう、俺は特に居ても居なくても影響ない人間だ。神様なりが特殊な力を使ってまで生かす価値があるのかどうか疑問だ。
「カオス理論というやつですね。ですが今回は、春人さんが居なくなった事よりも、いなくなった原因が問題なのです。世界そのものの歪みが問題で、それを正すためにも春人さんは元の世界に戻ってもらわなければならないのです」
「戻すのは別に俺の死体でも構わなくないか?それ」
「春人さんを生きて返す。そのあたりは保険の意味合いが強いですね。戻れる日が来たら判ると思います、今はこの箱庭世界を楽しんでください」
よくわからないけど、俺を死なないようにしている。厳密には死んでも再生しているのにも神様なりの意味があるらしい。
「さて、じゃあ今日も走りますか」
身体強化の魔法をかけて走り出す。
ナミヒメの言う通り、昨日一日かけて走っただけで、だいぶ贅肉も落ちて筋肉質になった気がする。
魔法で気軽に走ってるだけって気がするけれど、実は魔法で限界超えて筋肉を酷使しているわけで、トップアスリートよりも効率よくトレーニング出来ているんだ。
「昨日予定より進めていないので、このペースだと、海まではあと二日くらいでしょうか」
海までかかる代替の時間をナミヒメが教えてくれる。正直海まで行く意味はあまりなくなっているけど。正直、まずいと言われていた軍用レーションでも、今の俺にはご馳走だし、塩が無くても問題ないといえば、問題は無くなっている。
海まで行くのはトレーニングの意味合いが強いのと、一度行く気分になった惰性で向かっているだけだ。
あとは、ナミヒメという話し相手が出来て、浮かれた気分になっている自分のノリで遊びに行っている感覚も大きい。
本当の意味で孤独になったことは無かったんだなと、箱庭に来て自覚した。
ほぼ話すことがなかった両親や、顔を合わすだけで言葉のやり取りをしていなかった兄弟。それから、事務的な会話しかしないコンビニ店員さんとか。
他者が怖くて、壁を作ってたけど、壁を作る相手すら居なくなるのが本物の孤独なんだってこっちに来てから気付いた。
「ありがとう」
「え?なんですか?」
思わず口をついて出た感謝の言葉に、かわいらしく小首をかしげるナミヒメ。うん、かわいい。
「いや、なんでもないよ」
ごまかしの言葉しか出てこない。ここで照れずに気の利いた事でも言えれば少しはもてたのだろうか。
結界が貼ってある道から見える範囲を、たまに鑑定アプリで鑑定しながら、小走りに道をかけていく。
たまに挟む休憩で、泉のポーションを飲む前はビックリするほど体に疲労が蓄積していて、一度座ると立てない程だ。
この身体強化魔法、ボディービルダーさんなら死ぬほど欲しいんじゃなかろうか。無意識にオーバーロードトレーニング出来るなんて夢の魔法だと思う。
「ちょいちょい鑑定してみてるけど、意外と食べ物無いなぁ」
「このあたりには果樹とかはありませんね。泉から西に向かうと多いはずです」
ナミヒメいてくれたら、ひょっとしてアプリ群はいらないかもと思えるほど、ナミヒメの助言はありがたい。
「今度はそっち側を開拓しよう。今はとにかく海な気分だ」
「開拓はいいけど、少しずつにしてくださいね、また魔力枯渇して死にますよ」
そうだった、でも、少しずつだと開拓中に攻撃受けるリスクが。
手が震える、吐き気がする、体の芯が震えて止まらない。
「大丈夫ですよ。神様製の特殊装備は見た目以上に防御力高いですから、攻撃されても即死はないはずです」
流石神霊というべきか、何も言ってないのにナミヒメは的確に心中を察して言葉をくれる。
「怖いものは怖いんだよ。少しずつ慣れていくしかないんだろうけど、頑張るよ」
頑張るという言葉を使えなくなってた俺が、自然と頑張るといえてしまった。
本当に少しずつなんだろうけど、こっちに来て、良い意味でも悪い意味でも変わってるんだろうな。
変化そのものが怖かった俺にしては、たったそれだけの事でも大進歩だ。
「うん、本当にありがとう。ナミヒメ、俺のところに来てくれて」
緊張から、感謝の言葉も順番バラバラ、どもりながらになってしまった。それでもナミヒメはほんの少し微笑んでこう言ってくれる。
「どういたしまして!」
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