第12話 現実逃避と小旅行
今回の非常事態の根幹に関わるであろう話も飛び出してきたけれど、俺のキャパシティーはそんなに大きくない。とりあえずいったん横に置いておくことにする。
それよりも、塩だ。塩味に飢えている。
草原に自生している草木の中に、大豆はあったんだ。だけど、塩がないせいで醤油が作れない。
醤油に限らず塩味に飢えてる俺にとって、どうしようもない現状の原因よりも塩の方が優先度が高い。
醤油を垂らした焼き魚とか、恋しくて仕方ない。
海までの道は出来ているらしいので、今回はトレーニングがてら、おすすめされた身体強化を使って走っていこうと思う。
「走って海までいくなら、入れ物作って泉の水を大量に持って行った方がいいですよ」
ナミヒメのアドバイス通り、木製の大型の水筒を30本ほど用意して泉の水を汲んでいく。
「海までどのくらいでつくんだ?」
「身体強化使って、走り続けて半日ってところでしょうか。現在の春人さんの体力だと、走り続ける事は無理なので、数日かけるつもりで準備した方がいいとおもいます」
相変わらず、大事なことをさらっと平坦な感情とでもいうのか、起伏の少ない感じで言ってくれる。
数日かかるなら泊りの準備も必要じゃないか。
簡単なテントと寝袋も準備しておく。クラフトアプリには本当にお世話になるな。
今回進む海までの道は、結界まで張ってあるんだ。奇襲を受けて死ぬなんてことは無いだろう。
魔力枯渇で死んで、それでもたりずにナミヒメに手伝ってもらってまで作った道だ、信じていいだろう。
「大体のものは倉庫アプリに入っているし、ってなんだこりゃ、軍用レーションまで入ってるじゃん」
「今回春人さんは、食べ物関係の不満で亡くなってますので、追加で入れておきました」
そういうことは早く言ってほしい。まぁ、海までは行くんだけども。
ブーツに丈夫な迷彩柄の戦闘服、防弾チョッキまで着込んで、フル装備。とはいえない。武器はホルスターに拳銃一丁だけにした。アサルトライフルとか、重いんだよ。鉄の塊だから仕方ないんだけども。
「さて、行きますか」
暗にナミヒメに準備不足はないか?って質問の意味も込めて言ってみる。ちらっとナミヒメを見るけど、何もリアクションはない。
大丈夫って事だろうと、結界の張られた道を身体強化魔法を使いながら走り始めた。
身体強化魔法の効果時間は5分間、その5分間だけでも最初のうちは体が悲鳴をあげる。そりゃそうだ。こちとらアラフィフの運動不足。下手な筋トレよりもつらい。
「泉の水は回復ポーションにもなりますから、つらいなら飲んでみてください」
息も絶え絶えな俺にアドバイスをくれるのはありがたいけど、これ、水筒30本じゃ足りないんじゃないだろうか。
「もっと泉の水持ってくればよかったかな」
強化魔法で酷使された全身の筋肉。ピクピクと痙攣までしてたのに、泉の水を一口飲むだけで何事もなかったかのように回復した。
「つらくて頻繁に飲むのは最初のうちだけだと思いますよ。体が慣れてきたらそんなに頻繁にポーションは必要ないはずです」
ナミヒメが嘘をつく理由はなにもないので、信じていいだろう。
まだ5分ほど走った距離だったので、泉の水をもっと持ってくるために引き返すことも考えていたが、このまま進むことにする。
「体が慣れるって、10年以上運動不足なんだぞ、そんなすぐになれるものなのか?」
「魔法を使って体を鍛えてるんです、10年分の運動不足なんてすぐに解消されますよ。勿論贅肉も落ちてスッキリした体系になります。今日中に」
今日中にって、それは言いすぎじゃないかとも思うけど、やっぱりナミヒメが嘘をつく理由は無い、信じて身体強化魔法を使って走る。
最初は効果が切れる5分毎に休憩を取っていたけど、3時間もすると、徐々に休憩を取る必要がなくなってきた。
今なら1時間くらい、身体強化をかけなおしながら走り続けられるだろうと思える。
「このペースで走って、数日って、この島どれだけ広いんだよ」
「そうですね。日本で言えば九州くらいの大きさはありますよ」
意外と広い島だった。マップアプリの縮尺だとあんまり理解できていなかったんだけど。
ランナーズハイって言葉がある。今の俺はそんな状態なのかもしれない。何も考えず走り続けて、限界超えたらポーションを飲んで回復して、また走る。そんなことを続けてたら夕方になっていた。
「今日はこのあたりで野営しましょう。ポーションで回復出来るとしても、睡眠は大事です」
「確かに、回復は出来ても、体というか頭の芯に疲労が残ってる感じするな」
野営といっても、倉庫アプリからテントを出して、今日の夕飯はレーションをかじるくらいなんだけど。
そういえば、昼食食べるの忘れてまで走ってたな。
「ナミヒメ、なんかした?昼食取るの忘れてまで走ってたけど」
「私は特に何もしていませんよ?泉の水が必要な栄養素を補ってくれてただけかと」
本当に泉の水は万能なんだな。
よく考えたら、泉の近くで水だけ飲んで元の世界に戻れるまでおとなしくしとけば、死ぬなんて目に合わなくてよかったのかもしれない。
「ひょっとして、ウロチョロせずにおとなしく泉の水飲んでれば、俺死なないですんだ?」
「そうですね。想定外の『まざりもの』が原因でもありますが、泉の近くでおとなしくしてたら死ぬなんてことは無かったと思います」
『まざりもの』がなんなのか、詳しく聞く気にはなれないけど、聞いてもわけわかんないだけだろうし。
とりあえず、俺は俺のわがままで死ぬなんて嫌な目にあったらしい。
「まぁ、いいや。海まで数日って事は、もうこりゃ小旅行だね」
「そうですね、そのくらい気楽に色々やっても大丈夫ですよ。私がついてますし」
心強い言葉と、久々に塩気のある味に泣きそうになりつつ、焚火を眺めながら眠くなるまでナミヒメとどうでもいい話をして過ごした。
小旅行一日目はこうして終わった。
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