第9話 変わった事と変わらない事

 転位してから2カ月経過した。

 俺はというと、いまだに森の中の探索は出来ないでいる。


 マップアプリでこの地が少し大きめの島だと言う事、南側に行くと比較的近くに海があること。北側に鉱脈の存在する山があるらしい事なんかは判っているんだけど。


「そろそろスパイシーなスープだけじゃなく、塩味の効いた飯食いたいし、金属製のアレコレも欲しいのはやまやまなんだけどな。どうしても、怖さが先に立って森の中にいけねぇ」


 情けない話ではあるけれど。怖い。


 二度ほど死んだ。

 一度目はまだいい。眠るように、苦痛もなく死んだ『らしい』。そう、自覚がない死だ。

 二度目は、襲撃された。

 痛みより先に吐き気がした。

 痛みを感じる暇すら無かった。


 そのまま終わるならよかった、良いのか悪いのか本当は判断出来ないけど。だけど、続きがあった。続いてしまった。

 あの時の限界を超えた痛みは、死ぬまで忘れられないと思う。

 例え脳が忘れても、体が忘れてくれないと思う。


 それに、自覚がある無しにかかわらず、死というものは本能が完全に拒絶するらしい。

 例え自覚がなくても、限界を超えた苦痛に耐えられず、記憶に残らなかったとしても。恐怖だけは体が覚えている、消えてなくなってはくれない。


 よく、恐怖は忘れるものではなく、乗り越えるものだというけれど、そういうものなんだろう。


 そんな訳で、俺は森への恐怖心を乗り越えられずに、ただ漫然と時間を過ごしているわけだ。


「人間、本当に環境変わったからって言って簡単には変わらないものだよなぁ」


 ため息とともに独り言ちる。俺以外に人間がいないので、吐いた言葉はすべて独り言になってしまうわけだけど。こっちに来る前からその状況はほぼ変わっていないのがボッチの悲しい所だ。


「少しずつでも変わってればいいんだけどな」


 これは本心だ。

 どう変わればいいのかわからないけど、変わることを強要される状況というのは案外少ない。

 数少ない機会に恵まれたと思えば、まして死を乗り越えて変われる機会を貰えたと思えば、意外と悪くないのかもしれない。


「だけど、そんなポジティブな思考が身についてるなら俺みたいになってないんだよなぁ」


 気を抜くとすぐにネガティブになる。

 今だってどうして俺なんかがって思っている自分は常にいる。


 俺なんかより、こういう状況を望んでる奴は沢山居るだろう。

 俺なんかより、こういう状況を楽しみながら乗り越えていける奴のほうが向いてるだろう。


 たまたま、運悪く巻き込まれたのが俺だったってだけなんだろうけど。


 こうしてナチュラルにネガティブになっていく自分は、もう仕方ないと割り切らなきゃダメなのかもしれない。

 それを踏まえたうえで、変われる所から変わっていけばいいのだろう。


「失敗したファッションを笑う他人はここには居ないし。まぁ、神様が参考資料のアーカイブを閲覧出来るようにしてくれる程度には変な服ばっかり作ってたって事かもしれないけど」


 ちょっとだけハメを外しすぎたかもしれない。

 アラフィフの俺が学園物の制服系とか、自分でも無いなとは思ってたさ。


 人間のセンスなんてそう簡単に良くは変わらないらしい。


 だけど、この箱庭に来てから確実に変わった事もある。

 やる気なんてなくして何年?って程やる気なんてものと縁遠くなってた俺が、挑戦というものをしているんだ。たとえ、それが森の探索の恐怖からの逃げでしかないのだとしても。


 失敗することが怖くなって、何もできなくなっていた俺が、失敗なんて気にしない、死ぬ事を思えばおかしな格好になるくらいなんでもない。

 人目も無いしな。


 そんな風に思っていろんな格好をしている。


「変わることは難しいって思ってたけど、案外変わらない事の方が少ないのかもしれないな」


 例え逃げだとしても、強制的に変えられたのだとしても、変化には違いない。

 ここでは無縁のものらしいけど、老いることだって強制的な変化ではある。


 俺は変わり方を忘れてしまっていただけで、変われなくなっていたわけではないらしい。

 今回の変化の本質は、環境や状況からの強制的なものかもしれないけれど、いつか自身の意思で変わっていければと心から思う。

 だけど、急に変わらないものもあるって事も思い知らされた。俺のファッションセンスがいい感じに変わってくれるのはいつになることやらわからない。

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