第10話 塩と遠征と魔力枯渇

 転位して来てから3カ月が経過しようとしている。

 基本的に不足はない。神アプリと、神泉の水のおかげで健康状態も悪くない。

 よくわからない雑草からクラフトアプリで作ったいつもの煙草をふかしながら考える。


 金属系が手に入らないのは仕方ない、一応魔法アプリで砂鉄を集める魔法を組んでみたけど、大した量は集められなかった。やっぱり鉱山にいかないとまとまった量を確保するのは難しいらしい。

 金属系はまだ我慢出来る。不便ではあるけれども、妙に鋭い石製の刃物が意外と良い仕事するし、倉庫アプリに大量に送られてきた武器の中には金属製の刃物もいくらかある。


 ただ、塩が手に入らないのはちょっと我慢の限界かもしれない。塩分不足の症状、痙攣や脱水症状などが無いのはポーションな泉の水のおかげで、健康被害なんてものはないのだけれど、塩気のない料理にはかなり不満がある。


 だけど、海を目指して森を突っ切るのは怖い。殺された恐怖っていうのはそう簡単に乗り越えられるものじゃないらしい。


 そこで俺は考えた。せっかく魔法なんて力があるんだ。安全な道を魔法で作ってしまえばいいじゃないかと。

 魔法アプリで新魔法をくみ上げるのは困難な道のりだった。仕方なくいくつかの工程に分割して複数の魔法で道を作り上げることにした。


 まず、道を道足らしめる為の整地だ。木を切り倒し、掘り返し、平坦な地面を作る。

 ちまちました範囲指定で敵に襲われるのは嫌だったので、地図アプリと連携して広範囲を一気に指定出来るように無理やり組み上げた。


 範囲指定に面積的な上限があったものの、指定範囲の端を起点にさらに範囲指定するという強引な手法で海までの道を一気に整地してしまうのだ。


 整地したままの道なんて無防備な平地でしかない。整備した道の範囲を結界で守る魔法もくみ上げた。

 整地魔法の座標データを何とか引っ張ってきて、脅威度の高い敵性生物が侵入出来ないように結界を張ってくれるはずだ。


「俺もやっとこの箱庭世界になじんできたかな。こんな大魔法くみ上げてしまうなんて、実は俺、才能あったりするかも」


 この時の俺は、有頂天という言葉そのままだった。


「アベレージング!」


 平均化という感じの意味の英語を発動ワードに指定。間違ってるかもしれないけどかまわない、どうせ俺しかいない。

 地図アプリで地形を確認して、幅2メートルくらいの道を約30キロメートルにわたって範囲指定していく。あとは自動的に整地までしてくれるはずだ。


 範囲指定し終わったとたん、体から、いや、魂と言われる何かから大量に力が引き抜かれていくのを感じた。

 魔法が発動したのかどうかを確かめる間もなく、目の前が真っ暗になって意識が薄れていった。


『ピチャンッ』


 水音とともに、意識が戻る。

 お馴染み、女神像の泉の中だ。どうやら『また』死んだらしい。


「はぁ。また死んだのか、俺」


「そうですね」


 体がビクッっと跳ねた。返事なんて期待していない独り言に返事があったら、だれでもビクッとすると思う。


「あれだけ魔力、魂の力を無理やり引き出せば、神でもない限り死にますよ?」


 30センチくらいだろうか、フィギュアサイズの女の子がふわふわと宙に浮きながら話しかけてくる。


 頭の中が真っ白になった。

 この世界に来てから初めて会話出来る存在と出会った。


「大体ですね、北村様、あなた死にすぎです。もうちょっとご自分の安全を…」


 説教されているようだけど、その言葉は俺の頭には入ってこなかった。

 無理もない、3カ月ものあいだ言葉を交わせる相手が『まったく』いなかったんだ。


 いくら一人が好きな引きこもりの俺でも、親類やコンビニ店員、心療内科の先生やカウンセラーさん等、言葉を交わす相手というのはそれなりに居た。

 それが、この3カ月まったく、一言も言葉を交わすことなく独り言をつぶやくだけだったんだ。意外とストレスになっていたんだろうな。


 知らないうちに涙がほほを伝ってた。


「どうしました?私、言いすぎましたか?」


 かけらも悪いと思ってなさそうな、純粋な疑問をぶつけてくるような顔を傾けて聞いてくる。


「悪い、ほとんど何も聞いてなった。3カ月ぶりの喋れる相手ってだけで頭真っ白になってた」


「そうですか。では、改めて自己紹介を。とはいっても、私は生まれたばかりの神霊なので名前もまだありませんが。イザナミ様から遣わされた、あなたを守護するために生み出された神霊です。どうぞよろしくお願いしますね」


 威厳というか、そういったものはない感じの語り口調。だけど、どこか不思議な感じだ。

 普通神様とかの名前が出てきたり、生み出されたばかりだとか聞かされると、うさん臭く感じてしまうはずなんだけど、そういったうさん臭さが全く感じられない。

 そんな事は当たり前だと受け入れてしまえるような、不思議な空気を持った存在だった。


「名前が無いのは不便だな、神霊様って呼べばいいですか?」


「敬語は不要ですよ。私、生まれたばかりでそれほど格の高い存在ではありませんので。むしろ、下手に私の格が高い存在だとあなたと直接お話とか出来ませんから。あと、名前はつけていただいても構いません。あなたの守護の為に生み出された時点でそれなりの縁が結ばれてます。それを確定させる意味で名付けてもらっていいです」


 いきなり名付けろと言われても、ぱっといい名前が浮かぶほどセンスもない。

 まだ混乱から立ち直れていない俺は、思わず考え込んでしまう。


 これからは、独り言ばかりのさみしい世界が、ほんの少しだけ賑やかになりそうだ。

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