第8話 おっさんの髭剃りとファッションセンス

 今日は朝からひげをそり続けている。

 この箱庭世界に転移してからすでに2週間以上経過していて、当然髭も伸び放題なわけだ。


 現状金属性の刃物なんて、神様から送られてきた大型のサバイバルナイフくらいしかない。

 シェービングクリームなんて無い状態で、ナイフで髭を剃る。当然失敗して皮膚を切って出血するわけだ。ポーションでもある泉の水で切り傷を直しながら何度も挑戦しているけれど、やっぱり失敗して小さな切り傷を量産している。


 切実にT字の髭剃りがほしい。


「いってぇ~。また切った」


 決してナイフの切れ味が悪いわけではない。むしろ切れ味は最高だと思える。

 横にスライドさせなければ、切り傷を作ることもないはずなんだけど、慣れてないとこんなに難しいものなんだなって改めて思う。

 戦争ものの映画の主人公とか、よくナイフで髭をまともに剃れるなって、あんな風にかっこよくやれたらいいのにな。


 こっちの箱庭世界に転位する前はそんなに身なりに気を使ったりしなかったけれども、こっちに来てからはアプリの力があるから、つい贅沢してしまう。

 服装なんて、安物で十分だったのに、クラフトアプリで色々と凝ったデザインをある程度簡単に設定できてしまうせいか、はたまた、人の目が気にならない、自分以外に人間が居ないのが良いのか、自分がカッコイイと思える服とかデザインして着てみてる。

 見る人が見れば、コスプレみたいだって言うかもしれない。


 服を作って着てみたら、髭とか伸び放題なのが気になって、無理にでも剃ってるのが現状だ。

 鏡がないのに気になるのか?と思うかもしれないが、スマホには自分自身を思いっきり見れるカメラまであるのだ。今更強調して言うまでもないけども。


 アニメ作品とか参考にしてまで、ことさら服を作りまくっているのには理由があって、装備とか送られてもこちとら人並に労働者になれないような出来損ないな人間だ。

 装備が整ったからと言っていきなり森の探索とか出来るわけがない。


 無知ゆえの無謀さから探索できてた初日とは違う。痛みや恐怖が邪魔をして、森の奥には行けないでいる。

 それをごまかす様に、雑草の繊維から作られる布地で服を作りまくっているのだ。


 元が雑草だから、そんなに頑丈な繊維が作れるわけでもない。

 数を作りまくってるのは作った服の寿命が短いからという理由もある。


「神様製のアプリでも、材料が材料だとそこまで高性能にならないんだよなぁ」


 どんな材料からでも神級の製品が生産されるようなことは無く。そんな事が出来るくらいなら原材料も無しで高品質の製品を作りまくれるようにしてくれていると思う。


 そんな訳で、ファッションなんて興味なかった俺はほぼほぼコスプレと言えるような服装を量産していた。


『ピコンッ』


 神アプリのメッセージ機能が着信音を鳴らす。


『北村様へ

 ご不便をかけたまま放置状態で本当に申し訳ありません。

 服装などのご参考に、ファッション誌を始めとした雑誌系のアーカイブを閲覧できるように致しました。また、その他ジャンルを問わず参考になりそうなネットの資料へアクセス出来るようにしておきました。ぜひご活用頂いて、そちらでの生活をご快適にして頂ければと思います。

 また、森の先への探索は必須ではありません。

 北村様は避難的にそちらの世界へ転位させて戴いただけです。

 世界間の歪みが解消され、元の世界の元の時間へ戻せるようになる間だけの避難である事を改めてお伝えいたします、くれぐれも無理をなされないようお願い申し上げます』


 神様アプリからの通知を確認してみる。

 どうやら神様にとって、俺が死ぬような目にあうのは予定外らしい。


 どのくらいの時間をこの世界で過ごせば元の場所、元の時間に戻れるのかは現時点では判らないけれど、人間暇を持て余してもろくなことは無い。

 何かしていないと腐るというか、元の世界に戻ってもろくに何もできないだろう。

 まぁ、元々何もできなくなってしまっていたわけだけど。


 せめて、外を出歩くのにプレッシャーを感じないで済む程度には、身なりに気を付けてみようと思うようになった。


 俺にとって、この世界へ転位した事が良い経験になるのか、それとも最悪の地獄の経験になるのかは、俺次第なんだと改めて認識した。

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