第4話 使い切れない力とおっさん

 朝、日の光がまぶしくて起きた。時刻は6時半くらい。


「昨日は眠剤無しなのに良く寝れたな。ファ~…」


 普段は処方された睡眠導入剤無しだと、ウトウトと出来るだけでほぼ眠れないはずなんだけど、流石に疲れが出たのか昨日はぐっすりと眠れてしまった。ほぼ野宿だったのに。

 人間本当にわからないものだ。


 大きなあくび一つ、眠気を覚まそうと泉の水で顔を洗う。

 泉にうっすらと映る俺の顔はいつも通りの冴えない顔だった。


「神様もサービスで若返らせるとかしてくれないもんかね」


 結構無茶な要望?を口にしながら、昨日の残りの草スープをのむ。やっぱりもっとガッツリ食べたい。


「運動不足で筋肉痛にでもなるかと思ったけど、泉の水を飲んでるからなのかな?すこぶる快調で調子良いくらいだな」


 軽く体を動かしながら体調の確認をする。首をグリグリと動かしている時、後頭部の痛みを思い出してげんなりした。

 転移初日にスプラッターを自身の体で体験する事になるなんて、夢にも思わなかった。夢であってほしい、いや、夢でもあんなの嫌だ。


 いくら調子が良くても、50代間近のこの体は、若いころの様には動いてくれない、硬くなった体は前屈してみても指先が地面から30センチは離れてしまっている。


「森に行くなら完全に魔法だよりだよな。身体強化魔法も組んでみたけど、効果はどんなもんだろう?」


 考えなしに森の探索をして、痛い目に合うのはもう嫌だ。死ぬほど、というか、死ぬ経験なんて一度きりでいい。何度もそんなひどいダメージを経験するのは心がもたない。

 前回死んじゃった理由もハッキリとしていない。油断してると、何度でも死を強要される現状はある意味で地獄の責め苦のような状態だ。そんな最悪はなんとしても回避したい。


「フィジカルアップ!」


 身体強化に設定した発動キーワードを口にする。ただそのワードを口にするだけでは発動しない、魔法を使うという意識をしっかり持たないとセーフティがかかるという安全仕様だ。


 金色のオーラが身を包む!なんてことはなく、見かけ上は何も変化は無い。よく考えるとそんなエフェクトが存在したら目立って仕方ないのでこれでいいのだろう。

 試しにその場でジャンプしてみる。軽くジャンプしただけだったのに2~3メートルくらいはジャンプ出来た。


「うぉっ!!すごい、凄いけどこれ慣れないと身体強化のせいで怪我するとかしそうだな」


 シャドーボクシングの真似事をしてみる。拳が風を切り裂く音が心地よい。


「魔力なんてものが在るのかどうかわかんないけど、特に体から何か抜けるような感覚とか無いな」


 よく漫画とかで魔法習得する為に魔力操作の練習だとか、発動時に何かが体から抜けていくという描写があるが、俺の場合そんな事は起こらなかった。


「効果時間は5分に設定したけど、意外と短く感じるな。ちょっと不安だけど、現状一番長い設定が5分間なんだよなー」


 最悪、戦闘中に効果切れなんて事になりかねないので、普段から使うのは無しだろう。戦闘直前に使うのが望ましい。


 体を慣らすのに、3回ほど練習でフィジカルアップを使うと、足がけいれんしてピクピクし始めた。


「イテテ、これ、ますます普段使い出来ないな、体にかかる負荷がただ事じゃない」


 生活環境が整ったなら、フィジカルアップを使った筋トレなんかもアリかもしれないけど、何が起こるか判らない現状だと、いざという時に体が動かないとかありそうだ。


「それにしても煙草が欲しい…」


 こんな状況下でも、ニコチン中毒な俺は禁煙出来ないらしい。

 無いものは無い、で我慢出来ればいいのだが、雑草を原料にクラフトアプリで煙草モドキを作り出して、火を付ける。


「ファイア!創っててよかった着火魔法」


 手持ちにライターがあるのにもかかわらず、好奇心から着火の魔法を使ってみる。人差し指から出る、小さな炎で火を付けて、メンソール風の、ハーブのきいた煙をはきだしつつ、一日ぶりの喫煙を楽しむ。


「ヤバイ成分入って無ければいいけどな。心配しながらでも吸っちゃう俺ってホントクズだな」


 一服して落ち着いたら、森へ探索に。そんな事を考えてたら、手が震え始めた。

 後頭部の痛みを思い出し、吐き気がする。


「やばい。本気でトラウマになってるかもしれない…」


 一瞬の事で何が起きたか理解すら出来てないから大丈夫だと思っていたけど、死ぬっていう経験は思いのほか心にダメージを残しているらしい。


「とりあえず、雨とか降ると困るし、ずっと野宿状態っていうのもな。石斧でも作って森の浅い場所で木でも切って、小屋でも作るか」


 痛い気がする頭を撫でながら、森への恐怖心を誤魔化すように、そんな妥協案をひねり出す。普通なら木を切り出すだけでも一苦労だけど、魔法アプリの力は偉大だ。組み上げたウィンドカッターを使ってみるなり、それでダメなら身体強化でも使ってみよう。


 とりあえず、家とまで言わないけど、安心して眠れる小屋程度でも建てる事が当面の目標になった。

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