ワキトモ

超新星 小石

第1話 ワキトモ


 その日、俺たちは肝試しをやるために山奥の古びた館を訪れていた。


「ううぅ……怖いよぉ……脱兎くん……」


 そういってビクビクあたりを警戒しながら前を歩くのは幼馴染の小井津オワレ。

 黒髪ショートでいつも前髪をまとめるのに浸かっている非常口のマークを模したヘアピンがトレードマークだ。


「そんなに怖がるなよ」

「だって、猪とか熊がでたらって考えると……わたし」

「ああ、やっぱりそっちなんだ……」


 オワレは幼いころから異常なまでの【追いかけられ体質】の持ち主だ。


 夏休みの宿題に始まり、蜂やゴキ〇リ、野良犬や野生の猪に追われ、不審者やストーカーに追われ、とにかく彼女は常になにかに追われ続けている。


 そんな彼女を不憫に思う時もあるが、どちらかといえばもっとうまく逃げればいいのにと感じることのほうが多い。


「安心しろ。俺は逃げる準備万端だから」

「それって脱兎くんだけ逃げるつもりでしょ……?」

「……バレたか」


 でもそれはしかたがない。この俺、逃杉脱兎は人生のあらゆる課題から逃げてきた生粋のバックラーなのだから。


 授業はもちろん運動会や合唱祭、修学旅行や地区の祭り、受験戦争や就職活動からも逃げ続けている。


 本当はこの肝試しからも逃げるつもりでいたのだが、どうも俺はオワレの頼みだけは逃げられない。なぜ逃げられないのか……その答えを考えることからはなんとか逃げ続けているって感じだ。


「ははは、大丈夫だよオワレちゃん! 何が来たって大丈夫さ!」


 先頭を歩きながら陽気に笑っているのは親友の脇谷友春。あだ名はワキトモ。オワレに片思いをしておりこの三年間ずっと彼女を追いかけている。


 この肝試しも強引にオワレを誘って、断り切れなかったオワレが俺についてきて欲しいと頼んできたという流れだ。


「もう、ワキトモくんはなんでそんなに楽観的なの!」


 頬をぷくっと膨らませるオワレ。


「この山に猪や熊がいないことは調べておいたからさ。だから大丈夫」

「ううう、でももしも本当にお化けがでてきたら? きっと一番追いかけられるのはわたしだよ?」

「それも大丈夫だって。ひとつ面白い話をしようじゃないか!」

「面白い話ってなんだ?」

「お化けとかいわゆる怪奇現象が起きる場所ってコンパスが乱れるって話をよく聞くだろ? あと電波が乱れて電話がつながらないとかさ」


「うん」と頷くオワレ。

「そうだな」同じく頷く俺。


「それってつまりさ、怪異の本質って磁石ってことなんだと思うんだ」


 ちょーっと俺の親友がなにいってるのかわかんない。


「……なに言ってんだお前」

「おいおいおい、そんな冷めたこというなよ脱兎ぉ! これはマジだって! たぶん怪人とか怪物ってのも強力な磁石の塊なんだよ。そこで俺は今回これを用意したんだ」


 そういってワキトモはジャケットの内ポケットから銀色ののべ棒を取り出した。


「なんだそれ?」

「こいつは世界最強の磁石、ネオジム磁石! そのインゴットさ」

「はぁ……で、そいつをもってるとどんないいことがあるんだ?」

「さっき怪異は磁石だって言っただろ? つまりこの最強の磁石インゴットをもっていれば奴らは磁力に反発して俺たちには近づけないってわけなのさ! どうだいオワレちゃん! これで安心だろ?」

「え! あ、うん……そうだね……あはは」


 思いっきり愛想笑いじゃねーかオワレのやつ。


「怪異が磁石だっていうなら、磁石持ち歩いてたら逆に引き寄せちまうんじゃねーの?」

「……それは盲点だったな!」


 そんなことをいいながら、ワキトモは眼鏡のブリッジを押し上げた。見た目は知的なのに中身はわりと馬鹿なんだよなぁ、こいつ。そこが愛嬌でもあるんだけど。


 ただ正直なところ、俺はこの肝試しに対してなにか嫌な予感がしている。


 オワレが追いつかれるなんてことも、俺が逃げ切れないなんてことも、本来はありえないことだ。


 俺たちは二人とも産まれてから今日までの十六年間ひたすらなにから逃げてきた者同士。いわばエスケープのプロフェッショナルだ。


 そんな俺たちが追いつかれ、逃げきれず、なし崩し的に参加することになった肝試し。


 これがなにか悪いことの前兆でなければいいんだけど……考えすぎかな。 





 山道を歩いていくとほどなくして目的地の洋館にたどり着いた。


「玄関は……開いてるみたいだ」


 ワキトモが観音扉についている金色の取っ手を握り扉を開く。


 ぎいぃぃ……と、木のこすれる嫌な音が鼓膜を震わせながら、俺たちは室内へと入った。


 エントランスに入ってまず気になったのが、目の前に伸びる長い廊下。横幅が二十メートルくらいある廊下は終わりが見えないほど長く続いている。


 廊下の左わきには階段。左手は壁になっており天井すれすれのところに天窓がはめ込まれている。右手には「食堂」というプレートがかけられた扉がある。


「なぁワキトモー。この館、なんでこんな広い廊下があるんだ?」

「さあね、思いっきり走り回りたかったんじゃない?」

「ねぇ……二人とも……ここおかしいよ……」


 オワレが怯えた声で呟き、俺たちは振り返った。


「なにがおかしいんだいオワレちゃん?」


 ワキトモがわざとらしいくらい優し気に尋ねる。


「ここ……ずっと前から空き家だよね? なのになんで……なんで、灯りがついてるの?」


 オワレの言葉にはっとした次の瞬間、食堂の扉が勢いよく開いた。


「ヴフゥゥゥゥウウウウウウウ……」


 扉から出てきたのは血まみれの麻袋を被った大男。手にはバカでかい肉切包丁をもっている。


「うわ、なんだあいつ⁉」

「おいやべーぞワキトモ! 速く逃げ――――開かない⁉」


 反射的に玄関の取っ手に手を駆けるも、玄関は壁と同化してしまったかのように動かない。


「あわわわ! 二人とも、階段をみて!」


 オワレが指さした方向に顔を向けるとそこには、


「キィイイイイイイイイイィィィ!」


 階段をスパイダーウォークで降りてくる以上に四肢のながい女がいた。


「嘘だろおい、二体目⁉」


  俺が叫んだ直後、バキャアアアアアアン! と左の行き止まりにはめ込まれていた天窓が砕けてなにかが降ってきた。


「ヒャハハハハハハハハ!」


 天窓をぶち破って入ってきたのは大きな剪定ばさみをもった小柄な男。ただしその男の顔は有刺鉄線でぐるぐる巻きになっており、明らかに異常だ。


「さ、三体目だって⁉」


 ワキトモが驚きのあまり尻もちをつく。

 クソ、囲まれた。逃げるとしたら……ここしかない!


「こっちだ!」

「こっちだよ!」


 俺とオワレは同時に正面の廊下に向かって走り出した。


 さすがオワレだ。俺と同じ判断速度で逃げ道を把握するなんて、普段から追われなれてるだけのことはある。


「ま、まってくれぇ!」


 ワキトモも慌てて立ち上がって廊下へとやってきた。


「ヴフウウウウウ! ヴフウウウウウ! ……ヴ?」

「キイイイィィィ! キイイイィィィイイイ……キッ⁉」

「ヒャハハ! ヒャハハハハハ! ハハッ⁉」


 廊下の入り口あたりで、怪物どもの様子がかわった。


「ちょっとまて二人とも! なんだか様子が変だ!」


 立ち止まって怪物どもを観察する。


 なんだ? なんであいつら壁や床にしがみついているんだ? あれじゃまるで飛ばされないようにしているみたいじゃないか。


 そう思った直後、大男とスパイダーウォーク女と有刺鉄線男の体がぎゅん! と引き合った。


「ヴフオオオオオ!」

「キイアアアアアア!」

「ヒ、ヒヤアアアアアアアア!」


 三体の怪物が廊下の中央でびたーん! とぶつかった瞬間、視界が白く塗りぶされるほど強烈な光が発生した。


 光が収まると、廊下の中央にいたのは、三体の怪物が融合した化け物だった。


「な、なんだよこれ……奴ら……合体しやがった……」


 胴体は有刺鉄線でぐるぐる巻きにされた巨大な肉の塊。背中には肉切り包丁や有刺鉄線が握られた四つの腕。胴体の側面から生えている六つの足が体を支えている。


「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 化け物が叫ぶと館全体がびりびりと震えた。


「まずいまずいまずい! おい速く逃げ――――」

「うわああああ!」


 ワキトモが悲鳴をあげて床に倒れた。しかもそのままずるずると巨大化した化け物の方へと滑っていく。


「ワキトモ⁉」

「じ、磁石が! 服の中の磁石が引っ張られて――――あああああああ!」


 ついに体が浮き上がったワキトモ。

 彼もまた化け物にとりこまれ、化け物の頭部に眼鏡が出現した。


「ワキトモおおおおお!」

「ワキトモくうううん!」


 俺たちが叫ぶも、化け物は「お……オワレ、ちゃ……オワレ……ちゃん……」と呻くばかりだ。


 ダメだ。完全に同化しちまってる。


「オワレ!」


 俺はオワレに顔を向けた。


「脱兎くん!」


 オワレもまた俺を見上げてた。


「「逃げよう!」」


 俺たちの考えは完全に一致していた。

 俺たちは踵を返して長い廊下を走る。


「オワレちゃああああああぁぁぁぁ……」


 あの化け物、ワキトモの意志がもっとも強く反映されているみたいだ。なら隙があれば一人で逃げることも……。


「オワレちゃああああ!」

「脱兎くん! 危ない!」


 オワレの言葉ではっとした。


 首だけで振り返ると、化け物の背中に生えていた腕が肉切包丁を振りかぶるのが見えた。


「くっ――――【陽炎】!」


 俺はとっさにスキルを発動した。名は【陽炎】。これは数秒ほど相手の意識から自分の存在を消すことができるスキル。俺が世の中のあらゆる事柄から逃げ続けているうちに体得したものだ。


 俺の存在を認識できなくなったワキトモは、明後日の方向に肉切包丁を投げた。


「ふぅ……危なかった」

「脱兎くんまずいよ! この廊下たくさん罠が仕掛けられてる!」

「なんだって⁉ それ本当かよ⁉」

「本当だよ! わたしの【エスケープ・ビジョン】が反応してるの!」


 幼少期から追われ続けてきたオワレは自分がどこに向かえば安全に逃げ切れるのかを本能的に察知するスキル【エスケープ・ビジョン】をもっている。


 なんでも危険な場所は紫色の靄が見えるそうだ。


 たしかにいわれてみると床の色が微妙に違うところがある。落とし穴かはたまた毒ガスか、どちらにせよ踏んづけたらろくでもないことになるのは間違いないな。


「借りができちまったな」

「そんなの気にしないでいまは逃げることに集中しようよ! それに、どうせ借りを返すことからも逃げるんでしょ!」

「……そうだな」


 俺の逃げ癖は世界一だ。

 でもなオワレ、こう見えても俺ってけっこう義理堅いんだぜ?





 俺たちは背後から迫りくるワキトモの猛攻や廊下に仕掛けられた罠を回避しつつどこまでも走っていく。やがて奥に壁が見えた。


「行き止まり⁉」

「違うよ! よく見て脱兎くん!」


 オワレの言う通り壁には簡素な扉が取り付けられていた。

 俺は全力で扉を蹴破り外に出る。


 するとそこには二台のオフロードバイクが置かれていた。

 ここはガレージだったのか!


「バイク乗れるか⁉」

「大丈夫! 伊達に追われてきてないよ!」


 オワレはすでに青いバイクにまたがってゴーグルを装着していた。


「へっ、そーかよ。よし! 逃げるぞ!」

「うん!」


 俺も赤い方のバイクにまたがり、ミラーにひっかけてあったゴーグルを装着した。


 右手の親指でスタータースイッチを押し込むとエンジンが脈動しヘッドライトが点灯。全力で右手を捻り前輪が浮き上がらせながらも発進した。


 吹き抜けから飛び出すとガレージの壁が崩壊しワキトモが現れた。


「オワレちゃああああああああああああ!」

「しつこい奴だ!」

「まだまだこんなのしつこい内に入らないよ脱兎くん!」


 俺たちが山道を疾走していると、ミラーに映るワキトモの様子が変わった。


「なんだ……?」


 見ると森のなかから黒い影のようなものが出てきてワキトモに吸収されていく。

 まさかあれは……。


「脱兎くん! ワキトモくん大きくなってない⁉」

「ああ、たぶん森の怪異を吸収して成長してるんだ!」

「そんな……」

「とにかく逃げるしかない! このまま街まで行くぞ!」

「うん!」


 街までいけば警察が何とかしてくれる。それまで逃げ切るんだ。


「オワレええええええええええ!」


 成長したワキトモは体に巻いていた有刺鉄線を鞭のように振り回し、周囲の木をつかんで投げてくる。けれど俺もオワレも難なく躱していく。


 山のあぜ道には深い溝や滑りやすそうな汚泥地帯もあったがそのあたりも問題ない。


 俺たちは逃げのスペシャリスト。この程度の追跡(チェイス)なんてことないのさ。






 三十分ほど山道を下ると遠くに街が見えた。

 街の中に入るとすぐに警察に見つかりサイレンを鳴らされた。


「そこのノーヘルの二人。ただちに止まりなさーい」


 俺たちは目配せして頷きあい急ブレーキをかける。

 タイヤが焼ける臭いを嗅ぎながらパトカーから降りてきた警察官に駆け寄った。


「助けてください!」

「追われてるんです!」

「はぁ? な、なんだいそんなに焦って……って、それよりダメじゃないか君たち! の^ヘルであんなに速度を出して走るなんて!」

「いやそれどころじゃないんすよ! 山の中で怪物に見つかって、しかもその怪物が合体してしかも友達まで吸収されちゃって!」

「いくら逃げても追いかけてくるんです! ほらいまも!」


 オワレが警察官の後ろを指さすも、警察官は「なにをいっているんだい?」と首を傾げ後ろを向こうとしない。


 こうしている間にもワキトモはどんどん近づいてきていた。


「くっ……おいオワレ!」

「うん!」


 俺たちは警察官を置いて、それぞれ近くに止まっていたオープンカーに乗り込んだ。


「あ、こら君たち――――ん?」

「オオオオオオワレエエエエエエ!」


 警察官がワキトモに飲み込まれている間、俺はエンジンのスパークプラグを直結させる。


 俺もオワレもほぼ同時に、ぶおん、とエンジンがかかり、アクセルを目いっぱい踏み込んだ。


「逃げろおおおおお!」


 ワキトモは町中の怪異だけではなく生身の人間をも取り込みさらに成長を続けている。


 標識や電柱を槍みたいに投げつけてきたが、あらゆる逃げの技術を体得している俺たちのドライビングの前には無意味だった。


 湾岸線をひた走りやがて東京湾に到着したころには東の空が白んでいた。


 港に到着して車を乗り捨てた俺たちは、今度はモーターボートに乗り込んだ。


「こうなりゃとことん逃げるぞ!」

「うん!」


 無線でオワレと連絡をとりつつ、夜明けの波を切り裂きながら南へと向かう。


「オオオオオオオオオオオ!」


 ワキトモは大量に生えた手足を使って強引に泳いでいた。


「あいつ、日光を浴びても平気なのか⁉ だいたいこういうのって日の光が弱点だったりすんじゃないのかよ!」

「たぶん街で大量に生身の人間を吸収したから耐性がついたんだよ!」

「チッ! そういうことかよ!」


 マグロやサザエを散弾銃のように飛ばしてくるワキトモ。


 海の幸による攻撃をいなしつつ、俺たちは東京湾から沼津の海兵隊訓練施設に到着した。


 そこで偶然停泊していた米軍の軍艦に横付けして、ボートに積んであったいかりをフック代わりに甲板に投げ込みよじ登る。


「OH! NINJA! NINJA!」


 突然海から上がってきた俺たちを見て戸惑う米軍の兵士たち。

 俺たちは彼らを無視して甲板に鎮座していた戦闘機にまっすぐ向かっていった。


「いけるかオワレ!」

「大丈夫!」


 コックピットに滑り込んで計器類を起動する。酸素マスクを装着し、操縦桿を握りしめて空へと飛び出した。


「まさか戦闘機の操縦までできるなんて驚いたぞ」

「それはこっちの台詞だよ。脱兎くん、いつも面倒くさいことから逃げ回ってたのにどうして操縦できるの?」

「ああん? 俺は逃げるために逃げてるわけじゃねー。逃げることに人生を捧げてんだよ。だから逃げるために必要なことは全て学んだ。ただそれだけだ」

「……なんか、かっこいいね」

「……そーかよ。そんなことより、これでようやくワキトモともおさらば――――な⁉」


 安心しそうになった直後、レーダーに巨大な反応があった。


「ンオオオオオオオオオオオ!」


 後ろをみるとそこには巨大な六対の翼を生やしたワキトモが空を飛んでいた。

 まるで悪夢にでてくる天使のような姿に思わず吐き気がした。


「嘘だろあいつ……いったいどこまで追いかけてくるんだ!」

「空でもダメだなんて……これじゃあどこに逃げたって……」


 オワレの機体がみるみる減速していく。


「ンオオオオ! オオオオオ!」

「諦めるな!」

「脱兎くん……でも、もう……」

「これがラストチェイスだ! 俺を信じてついてこい!」

「脱兎くん……」

「俺たちには逃げることしかできねー! だったら地の果てまでも逃げ続ける! そうだろ! そうじゃないのかよ!」

「……うん! そうだよね、わたしたちには逃げることしかできない。ならもうとことん逃げちゃおう!」

「その意気だ!」

「ねえ脱兎くん!」

「なんだ?」

「わたしね、いまとっても怖い!」

「……そうか」

「でもね!」

「え?」

「脱兎くんと一緒に逃げるの……すっごく楽しいよ!」

「……へっ、そーかよ。こっからはフルスロットルだ! 置いてかれんなよオワレ!」

「うん!」


 俺たちは爆音を響かせながら空を横切る。


 ワキトモは訓練所で吸収したのか機関銃やミサイルで攻撃してきたが、俺たちは旋回しつつ躱していく。


 やがて目的地の島が見えた。


「種子島だ! あそこに着陸するぞ!」

「種子島……? あそこになにかあるの?」

「いいから俺を信じろ!」

「……わかった!」


 俺たちは種子島の上空で脱出スイッチを押し込み、座席が射出された。

 上空でパラシュートを開きそのままJAXAの宇宙センターへと向かう。


 地上に降り立ち急いでパラシュートを外すと、俺たちは有人ロケットの発射台へと向かった。


 長い階段を登り、ロケットの側面のエアロックを解除して内部へと入る。


 操縦席に座って点火装置に燃料を送り込むシークエンスを起動した。


「オワレ、ロケットの操縦は?」

「もちろん履修済みだよ!」

「さすがだな」


 俺たちが同時にボタンを押し込むと、ロケットが点火した。

 凄まじい重力を感じながら地上が遠ざかっていく。


 大気圏を抜けて第一ロケット部を切り離す。

 続いて第二ロケット部が点火し加速する。


 あとは無重力の中を慣性の法則に従ってどこまでも進んでいく。

 ロケットの後方カメラをモニタに映すと、ワキトモの姿が見えた。その後ろには青い地球が回っている。


「ね、脱兎くん」

「なんだ?」

「わたしたちなら、どこまでだって逃げられるよね?」

「ああ、どこまでもな。さあ逃げようぜ。銀河のその向こうまで!」


 俺たちの逃走劇は、まだまだ始まったばかりだ!

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