第127話 魔王、転がるカツラを追うのじゃ
「な、無い! 祭壇が無いのじゃーっ!」
クリエに案内されて世界獣と交信できる祭壇の場所にやって来たわらわ達じゃったが、そこに祭壇は無かった。
「あー、道を間違えたのではないのか?」
こ奴はどこか抜けておるでな。魔物達に襲われている間に道を間違えた可能性がある。
「わらわはエルフじゃぞ! お主等と違ってこんなに分かりやすい木々を間違えたりせんわ!」
いや、全くわからんが。
あー、そう言えば特定の種族が他種族の容姿理解できずとも、同族の微妙な違いが分かる様に、エルフは同じエルフだけでなく木々の微妙な違いも分かるという話を聞いたことがあるのう。
恐らくはクリエもそういった違いが分かるという事か。
「と言う事は魔物にでも破壊されたという事か?」
「いや、それもあり得ん。祭壇は世界獣が動いても壊れない様にしっかり作られておる。崩壊したとしても基部が地面に埋まっておる筈じゃ」
忽然と消えたという事か。不可解じゃな。
「不味いぞ、祭壇が無ければ世界獣と交信は不可能じゃ」
「直接会話をする事は出来ないのですか? あなた方の守護者だというのなら、完全に会話できずともある程度意図を伝える事は出来るのでは?」
ルオーダの言う事も尤もじゃ。
言葉は通じずとも、身振り手振りなりでこちらの意思を伝えることはできんのかの。
少なくとも自分を崇めて来た存在であるエルフを敵と認識する事はあるまい。
しかしクリエは眉間にしわを寄せて首を横に振る。
「無理じゃ。世界獣はわらわ達のように会話をする訳ではない。本質が動物ではない故、こちらを見て意図を読み取って貰う事も不可能なんじゃよ。唯一の交信方法は念話に近いやり方なんじゃがそれでもこれだけの巨体、当然思念の圧も凄まじいものになる。祭壇による出力調整が無ければ、一瞬で精神が消し飛ぶぞ。同様に、わらわ達では思念が小さすぎてやはり祭壇によって思念を増幅して貰わねば、世界獣には届かぬ」
成程、祭壇は世界獣と交信する為の道具であると共に、交信者を守る盾でもあったか。
「確かにそれでは祭壇は必須じゃの」
だからこそ、祭壇が無いというこの状況は不味いか。
「まさかわらわ達の邪魔をする為にリュミエが破壊したという事は……」
「いや、流石にそれはあるまい。いくら姉上でも、国の守護者と交信する手段を破壊する名ど……」
「では新たに祭壇を作る事は出来ないのですか?」
「無理じゃ。祭壇は古代の遺物。わらわが生まれる前のシロモノ故、同じ物を建造する事など出来ぬ。そもそも材料に何を使っておるかもわからん程なんじゃよ」
まさかそれ程のものじゃったとは。
エルフの国の歴史が古い事は知っておったが、王族であるクリエにすら伝わっていない知識があったのか。
果たしてリュミエでも知っているかどうか。
いや、知っているか知らんかで言えば、知ってそうな気もするが。
何なら勝手に調べて勝手に察した可能性もあるが。
「となると、あとはリュミエをとっ捕まえて全てを白状させるか?」
「なんつー恐ろしい事を言うんじゃ! 姉上に歯向かうなんて恐ろしい事を言うでないわ!」
うーん、思いっきり躾けられておるのう。
「じゃが他に方法はないぞ」
「同時に時間もありませんよ。宰相殿の話では、世界獣はこの世界を取り込み自分自身の一部にしてしまうという話です。最悪、今すぐ世界を取り込みだす危険すらあります」
「分かっとるわい! しかし祭壇が無い事には!」
「「「グルォォォォッ」」」
そうこう話し込んでおる間に新たな魔物達が襲ってきた。
「やれやれ、わらわ達の敵ではないが、こう頻繁に襲われては堪らんのう」
「全くです。世界は我等が主神によって破壊されるのですから、大人しくしていればいいのに」
いや、邪神に破壊させるつもりはないぞ。
「と言うか、邪神の使徒なのに魔物に襲われるんじゃな」
「魔物は地上の生命ですからね。術で操る事もありますが、基本野生の魔物は我々であっても襲ってきますよ」
そういえば先ほど遭遇するまでは魔物と戦っておったんじゃったな。
「ひわわわっ!」
などと話しておると、テイルが悲鳴を上げながら逃げ惑う姿が目に入る。
「何をやっておるか。ちゃんと戦わんと無駄に体力を消耗するばかりじゃぞ」
「そんな事言っても、私の実力じゃ無理ですよー! 強すぎますー!」
そう言って魔法を放つも、テイルの魔法は魔物達に大したダメージを与える事が出来んようじゃった。
ふむ、この辺りの魔物には手が出んか。
こりゃあもうちっと鍛えた方がよいのう。
「ブルリ、なんだか悪寒が……」
仕方ない。いつまでもここに居ても得るものはない。ここは一旦引くとするか。
「あっ、待ちなさい!」
その時じゃった。突然メイアが慌てた様子で駆け出したのじゃ。
「どうしたメイア?」
「カツラ達が急に転がりだしたんです!」
「はぁ!?」
カツラ達が転がる? 何をしとるんじゃ?
見れば確かにカツラ達はコロコロと転がって世界獣の背を下ってゆく。
「って、普通に転がり落ちとるではないか!」
いかん、このまま転がって行ったらどこぞにぶつかって怪我してしまうぞ!
「撤退じゃ撤退! カツラ達を保護して世界獣から脱出するぞ!」
「なんじゃと!? それでは世界獣との交信が出禁ではないか!」
「どのみち祭壇が無いのじゃからしょうがないじゃろ! 探すにしてもこの巨体じゃ! 世界獣の体に引っ付いたままで探すよりも、一度離れたい場所まで撤退してから辺りを付けた方が良い!」
「賛成です。エルフの魔法を併用した人海戦術を行えば、私達だけで探すよりも早く見つかるでしょう」
「くっ、分かったわい!」
わらわ達二人に説得された事で、クリエは不承不承頷いて追いかけて来た。
ただその間にもカツラ達は下の方に転がってしまっており、先行したメイアが一匹ずつ捕まえては後ろを追いかけるテイルに放り投げる。
「任せます!」
「はわわわっはい!」
そしてそんなテイルを狙って魔物が飛び出してくる。
「ギシャアアア!」
「うひぃいぃぃっ!」
「「ぬん!」」
追いついたわらわ達が魔物を両断し、テイルとカツラ達を守る。
「いかんな、どんどん速度が上がっておる」
カツラ達はかなりの勢いで転がり続け、グングン坂を下ってゆく。
対してこちらは魔物達が妨害してくる所為で、微妙に速度が出せんでいた。
「そもそもあの生き物、生き物? を守る意味があるのですか?」
「それは、全く以ってその通りなんじゃがな!」
ルオーダの真っ当な疑問にわらわは苦笑する。
確かにあ奴等は世界獣の体の上で生きる魔物達に襲われる事はない。
きっと放っておいても逞しく生きるのだろう。
じゃが、何故か放っておけなんだ。
得体のしれん存在じゃが、あ奴らのフワフワな毛並みがそうさせるのか?
いや、流石に状況が状況じゃ、私情で優先順位を変える訳にはいかん。
「ふむ、確かに理由はないの」
じゃが、なんとなくあ奴らの事を気にせずにはおられなんだのじゃ。
それを特に強く感じていたのはメイアかもしれん。
「でしたら……」
しかし、こういう時、わらわは自分の勘を信じた方が良いと思っていた。
わらわ達長寿種族にとって勘とはただのあてずっぽうと言うだけではない。
自分がこれまで学んできた事、経験してきた事が無意識のうちに正解に導いている事もあるのじゃ。
何せ短命の種族とは比べ物にならん時間を生きて来たのじゃからな。
それは現在直面している問題に類似した問題に過去直面していた事があるからじゃ。
ただ、それが昔過ぎてすぐに思い出せず、はっきりと言語化して説明するのに思考が追いついていない状態である事が多々あるのじゃ。
いや待て、ボケている訳でも歳で記憶力が落ちている訳でもないからな!
ただ、沢山経験し過ぎてすぐに思い出せんだけじゃ!
ともあれ、そんなわらわの勘が、カツラ達を追いかけ保護するべきだと告げておる。
「事情は説明できんが、アレは保護しておいた方が良い!」
「……分かりました。詳しい話はあとで聞きましょう。今はあの子達の保護ですね」
と、ルオーダが手をかざすと、転がってゆくカツラ達の正面に刃が飛び出した。
「危ない!」
その光景を見たテイルが思わず悲鳴を上げる。
「いや、大丈夫じゃ」
事実、ルオーダが出した刃は、刃の腹をカツラ達に向けておる。
そしてやや斜めの角度で受け止めると、そのまま刃の腹を登って宙に放り出された。
転がる角度が変わった事で、加速エネルギーが重力によって消費され、速度が落ちる。
「はっ!」
すかさずそれを受け止めるメイア。
「やるのう」
「ですが遠くで転がっている個体には届きませんでした。そちらは自力でお願いします」
「まかせよ! 木々よ、そなたらの同胞を抱き留めよ!」
わらわ達に追いついたクリエが魔法を発動させると、ルオーダが確保できなかったカツラ達を木の枝が受け止めて確保してゆく。
「お見事」
「ふふん、どうじゃ」
ルオーダに褒められ、クリエが満面の笑みを浮かべる。
「いえまだです! 数が足りません!」
「なんじゃと!?」
じゃが、それでも確保できんかったカツラ達がおったらしい。
「仕方ありません、私とエルフの女王が魔物を引き受けますので、貴方がたはこの生き物の保護を」
「任せた! あとテイルもな!」
ルオーダの言葉を信じ、わらわとメイアは迎撃を捨てて速度を上げる。
テイルはこの速度についてこれないので置いていく。
速度を上げて進むと、魔物が至近距離で飛び出す。
寧ろわらわ達が魔物に向かって跳び込んでいる状況じゃな。
しかし魔物はわらわ達を傷つける前に出現した刃と木の枝に絡めとられて地に叩きつけられる。
「見つけた!」
最後の二匹を見つけたわらわ達はさらに加速する。
あと少し、と手を伸ばしたその時、視界が開けた。
「お?」
木々の緑が消え、現れたのは青と白のまだらの光景。これは……
「崖じゃぁぁぁぁ!」
次の瞬間、わらわ達は宙を舞った。
途端襲ってくる猛烈な風。
じゃがこれは普通の風ではない。
濃密な魔力を纏った魔法乱流じゃ。
「しまった! 世界獣の体をでてしもうたか!」
世界獣の周囲を飛行魔法で飛んで近づくことはこの魔法乱流に巻き込まれてしまう。
この状態では真っ当に飛ぶことは出来ず、さらにこの流れに住む特殊な飛行魔物に襲われてしまう。
「キェェェェェェェア!」
案の定襲ってくる翼の生えた魔物達。
鳥の羽の魔物、虫の羽の魔物、そもそも羽ですらなく幅広の刃を背負った魔物と敵は様々。
「とはいえ、これで元魔王なんでな。お主等如きに負けてやる道理はないのじゃ!」
わらわはこちらに向かってくる魔物に魔法を放つ。
当然魔物達はそれを悠々と回避した、と思われた。
「来い!」
しかし魔物達が回避した魔法が破裂すると同時に、魔物達の体が破裂した魔法に吸い込まれる。
「渦動魔法ヴォーテックススフィアじゃ。飛行系の魔物にはテキメンじゃよ」
回避する敵を吸い込む攻撃魔法は、回避に自身のある敵にこそ効果を発揮する。
特に余裕を見せてギリギリで回避する輩にはの。
「と、勝利の余韻に浸っておる暇はないの!」
わらわは宙を舞うカツラ達を念動魔法でキャッチすると、襲ってくる魔物達を迎撃しつつ落下してゆく。
そして魔力乱流の圏外に出た所で落下速度を抑える魔法を発動すると、そっとカツラ達と共に地上に降りた。
「やれやれ、お主等もっと考えて行動せんか」
「キュイ!」
しかしカツラ達は何も分かっていない様子でコロコロと転がっておった。
「って、どこ行くんじゃ!?」
どうやってクリエ達と合流したものかと考えておったら、再びカツラ達がどこかに向かって転がり始めた。
「リンド様、一旦あの子達を森に連れ帰るべきでは?」
「そうじゃな、流石にこの状況で子守りまでは……む?」
流石にカツラ達を連れたままでは事態解決は難しいと判断したわらわは、メイアの意見に頷こうとした。
しかしそこで、カツラ達が奇妙な挙動をしておる事に気付いたのじゃ。
「キュイ」
「キュイ?」
群れからはぐれてどこかへ行こうとしたカツラを、もう一匹のカツラが引っ張って群れに戻したのじゃ。
じゃが、群れが向かおうとしている方向が問題じゃった。
「どうかなさったのですか?」
メイアの問いを手で制してカツラ達達を観察していると、他のカツラ達も今のカツラ達のように、別の方向に行こうとする仲間を引き留め、やはり同じ方向を指して進路を修正しておる。
だが、その方向は世界獣の工法ではなく、どこか別の場所へと向かっておった。
「これは……どこか明確な目的地でもあるのか?」
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