第126話 魔王、儀式の祭壇へ向かうのじゃ

 紆余曲折あって邪神の眷属と組んだわらわ達は、世界獣との交信を行う為の祭壇への旅路を再開した。


「「「「ぐるぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」


「まったく、こ奴らはいったいどれだけおるんじゃ」


 道中散々倒したにも関わらず、魔物達はわらわ達を襲ってくる。


「なにせ山脈サイズの生物ですからね。下手なダンジョンよりも魔物がいるのでしょう」


 同盟を結んだルオーダが地面から刃を生み出して迫りくる魔物達を真下の死角から串刺しにする。

 見れば刃は地面だけでなく、木の幹や岩の表面など、様々な場所から突き出しておった。


「のう、お主のその魔法はどのような魔法なのじゃ?」


 ふとルオーダの力の原理が気になったわらわは、戦いの最中に質問を投げかける。


「魔法!? 邪神の使徒の!?」


 テイルよ、お主は前を向いて戦え。

 魔法なら何でもかんでも反応するでないわ。


「大した魔法ではありませんよ。魔力の紐の様なものを物質越しに伝わせて任意の場所で刃を物質化させているだけです」


 空中の任意の場所に魔法を発動させるのと違って、地面などの物質を伝導させて細い紐状の魔力のパスを自分から伸ばすことで術の制御を容易にしておると言いたいのか。しかし……


「例えばわらわの服から刃を出現させることが出来るという事かの」


 その場合、わらわの服の内側から刃を出現させたら、あっさり暗殺されてしまうのう。


「残念ながらそう便利ではありません。生物の肉体などは魂が持つ抵抗力から魔力の紐を這わせることは出来ませんし、衣服も日常的に使用している品は所有者の魔力が馴染んでいてたやすい事ではありません」


 ふふん、出来ぬとは言わんのじゃな。


「少なくとも、実力者を相手に強引に発言させるくらいなら、普通に攻撃した方が遥かに楽ですね」


 わらわの視線を察したのか、ルオーダはそんなやり方はコストの無駄遣いだと否定する。


「成程のう」


「でも使い方次第ではいろいろできそうですよね。鞭みたいな道具や細い紐を大量に投げつければ、そこら中から刃を生み出せるんですから! あっ、むしろ投げ網を投げつけるとか物凄くよけにくくなるんじゃないですか!?」


 新しい魔法の仕組みに興味津々なテイルは、相手が邪神の使徒だという事を忘れてルオーダに話しかける。

 そやつ、いつ裏切るか分からん危険人物なんじゃがなぁ。


「正確には転移魔法じゃの」


 と、魔物と戦いながら黙っていたクリエが会話に加わってくる。


「転移魔法……ですか? あれが?」


「そうじゃ。この女の魔法、無機物に魔力のパスを通して離れた場所に魔法を発現させるのはあっておるが、刃の物質化というのは嘘じゃな。パスの先端に極小の転移空間を生み出しておるのじゃよ。わざわざパスを通すのは、それだけ細く小さな転移空間を生み出す為の制御を必要とするからじゃ」


「ほえー」


 テイルはルオーダの魔法を解き明かしたクリエを尊敬のまなざして見ておるが、分かっておるのかの。

 ルオーダの魔法が転移魔法ということは、放たれるのは刃だけとは限らんという事じゃ。

 たとえば足元や真後ろの木から、猛毒を吹き付けられる可能性だってあるんじゃぞ。

 この力、ただの不意打ち用などではなく、暗殺用の能力じゃな。


 ルオーダは涼しい顔をしているが、手品の種を明かされてやや気配が揺らいでおる。

 やはり事が解決したら隙を見てわらわ達を始末するつもりだったようじゃな。

 とりあえずこれで多少はルオーダめもわらわ達を警戒しておとなしくしておるじゃろ。


 ◆


「それにしても、魔物が強くなってきていますね」


 戦いを行いながら移動をしていると、カツラ達をわらわ達の戦闘の余波から守っていたメイアが、魔物の強さの変化に着目する。


「魔物には縄張りがあるからの。移動すれば強い魔物が出てくることもあろう」


 しかしメイアは首を横に振る。


「それはそうなのですが、弱い魔物が出てきません。魔物は軍隊と違って野生動物です。重要な施設を守る為に大軍であったり強い兵を配置するといった人為的な配置が起こることはありません。野生だからこそ、強い魔物だけでなく弱い魔物の縄張り道中にある筈です」


 つまり、メイアの言いたいことはこういう事か。


「常に強い魔物しか出てきていないという事か」


「はい。階段状に新しく出会う魔物は強くなっていっております」


 これは想定外じゃったな。

 初めての場所故魔物達の強さの違いにまで気が回っておらなんだ。

 いや気が回らんかった一番の理由は今回の事件を起こした黒幕の所為なんじゃが……って、まさか!


「よもや、そんな不自然な魔物出現パターンがリュミエの仕業じゃと言う事か!?」


「流石にそこまでは分かりませんが」


 まぁそうじゃよな。いくらリュミエでも野生の魔物の生息域を弄ったりは……


「いや、それは当たりかもしれん」


 しかし、意外にもそれを肯定する発言をしたのは、クリエじゃった。


「何か思い当たる事があるのか?」


 わらわが尋ねると、クリエは苦い顔になる。


「わらわは女王に即位する為に世界獣に交信しにやって来たことがあるとは以前言ったな」


「うむ」


「その道中に魔物と戦ったことがあるのは今回と同じなのじゃが……」


 と、クリエは言葉を濁らせる。


「今回の道中は、今まで見たことも無かった魔物が混ざっておるんじゃ。しかも奥に行くにつれて」


「「……」」


 クリエの言葉に、わらわとメイア、いやテイルとルオーダまでもが視線を交えてくる。

 きっと全員がこう思ったに違いない。


『この先、どんどん強い魔物が出てくるのか』と。


「……と、とにかく目的を達成するには進むしかない。皆油断はせぬように。メイアはカツラ達を戦いの余波から守る事に専念せよ」


「はっ!」


 こうして、わらわ達は陰鬱な気持ちを抱えた状態で更なる奥地へと向かうことになった。


 ◆


「し、しんどい!」


「さ、さすがにこれは私でもキツいですね……」


「ぜひっ、ひぃっ」


「ど、どこからこんな魔物を……」


 あれから、予想通りこれまで以上の強さの魔物達がわらわ達へと押し寄せてきた。

 魔物達は強く、また頭も良かった。

 獣とはいえ知恵ある者との戦いはやっかいじゃ。

 策を弄し、こちらの意図を理解して攻撃を回避する。

 それだけで同じ能力でも厄介ぶりは大きく変わる。

 更に厄介なのが数じゃ。

 魔物達は数も多かった。


 幸いというかなんというか、対するわらわ達には実力があった。

単純な能力だけでなく、長く生きた事による戦闘経験の豊富さ。

それらを持った者が徒党を組んで居るのじゃ。陣営の違いによる連携の拙さはあったが、それを差し引いてあまりある戦力をもって魔物の襲撃を退けておった。


「ひぃーっ!」


 約一名未熟者がおるが、まぁ良い修行じゃろ。


「死んだら修行どころじゃないと思いますー!」


 そういう事を言っておれるうちはまだ大丈夫じゃの。


「とはいえ、この子達を守りながらの移動は流石に大変ですね」


 そんな中、自由気ままに動き回るカツラ達の面倒を見ていたメイアの苦労はある意味テイル以上のようじゃった。


「キュイキュイ!」


 当のカツラ達はメイアの苦労も知らず楽しそうに毛を振るわせておるわ。

 全部終わったらあとで思う存分その毛をモフってやるから覚悟しておけよお主等。


「いよいよとなったら強めの結界を張る故、そこでわらわ達の帰りを待つがよい」


「お気遣い感謝いたします」


 しかしメイアはそれ以上の弱音を吐くつもりはないらしく、背筋を正してわらわ達についてくる。


「そろそろ目的地じゃ」


 そんな中、ようやく目的地にが近づいてきたとクリエが告げる。


「この先に世界獣と交信する為の祭壇がある。そこは魔物を寄せ付けぬ聖域にもなっておるゆえ、休息も出来る」


 おお、それはありがたいのう。

 結界を張ることも出来るが、あれは相応に魔力を消費するからの。

 すぐ傍にいつ敵になるか分からん奴がいる以上、余計な力を消耗する事は避けたい。


「よし、着いた……ぞ?」


 そしてとうとう目的地に着いたと思われたのじゃが、何故かクリエは不自然に言葉を途切れさせるとその場に立ち尽くした。


「どうした? 目的地に着いたのではないのか?」


 立ち尽くすクリエを横にどけてその先を見ると、そこにはうっそうとした草むらが広がっておるだけじゃった。


「なんじゃ何もないではないか」


 もしかして場所を間違えたのか?


「ば、馬鹿な……」


 クリエは周囲をキョロキョロと見回すと、慌てた様子で来た道へ戻って走り出す。


「あの岩! あの大木の形! あの丘! 間違いない!」


 クリエは何度も確認の声を上げると、再び元来た道を戻り草むらにやって来る。


「……なんで」


 クリエはワナワナと体を震わせながら叫んだ。


「何で祭壇が無いんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

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