第124話 魔王、知られざる姉妹の確執に巻き込まれるのじゃ!?
「お疲れ様です皆さん」
邪神の使徒ルオーダの協力者として現れたのは、なんとわらわ達の依頼主であり、クリエの姉でもあるリュミエじゃった。
「あ、姉上……!?」
「はい、貴方の姉ですよ」
あまりにも訳の分からぬ状況にクリエが困惑した声をあげると、リュミエはにこやかな笑みで答える。
「ふふふ、驚いているようですね」
そこに困惑するわらわ達をあざ笑うようにルオーダが笑みを浮かべる。
「貴様、一体どのようなでまかせでこの女狐を言いくるめた?」
「あら、女狐とは酷いですね」
「いいえ、いいえ、私はこの方を騙してなどいませんよ。なにしろ私達に接触してきたのは、彼女の方なのですから」
「リュミエからじゃと!?」
「ええ、私は以前よりエルフの国を堕とすために暗躍してきました。ただエルフ達は独特の美意識がある為、少々難儀していたのです。けれどそんな折、人族の国がエルフの国に制圧された頃でしょうか、なんとこちらの宰相様から私達に接触してきたのです」
リュミエの方から邪神の使徒に接触したとはどういうことじゃ!?
相手は邪神の使徒、どれほど用心してその力を利用しようとしても、最期に利用されるのはこちらの方と言われる相手なのじゃぞ!
「姉上、本当なのですか!? 邪神の使徒と手を組むなど、何を考えているのです!?」
「あら、本当に分からないのですか?」
それに答えたのはリュミエではなく、ルオーダじゃった。
「黙れ! 貴様には聞いておらん!」
「あらあら、短気だこと。本当にリュミエール様が仰る通り、女王に相応しくない方のようですね」
「はぁ!? 姉上がじゃと!?」
クリエが女王に相応しくないじゃと? 何を言っとるんじゃこやつは?
「ふふふ、リュミエール様はね、貴方によって女王の地位を奪われた事を恨んでいらっしゃるのですよ。本来なら年も能力も上の自分が女王になる筈だった。だというのに、親である王は妹を溺愛し、何の力もない無能な貴方を女王に据えたのです」
クスクスと、楽し気に嗤うルオーダに対して、わらわ達が絞り出せたのは、たった一言じゃった。
「「はぁ~~?」」
ええと、こやつマジで何を言っとるんじゃ?
どこか別の王家と勘違いしておらんかの?
「あのじゃな、誤解の無いように言っておくが、父上は最後までわらわでなくて姉上を女王にしようとしておったぞ。わらわを女王に推したのは姉上の方じゃからな」
うむ、その通り。クリエの王位継承に関する騒動ではわらわも巻き込まれたからの。
「それは前王の情報操作の一環ですよ。王が強権を発揮してまで出来の悪い子供を次期女王に推しては、第一王女を女王に推す派閥との間に亀裂が生まれてしまいます。それは国家を運営する国王として、とてもよろしくない。そこで前王はリュミエール様ご自身の意志でクリエール様を女王に推薦する様に命じたのです。お優しいリュミエール様は、ご自身の我が儘が原因で国が割れ、無駄な血が流される事を嫌い、王の命令に従うしかなかったのです」
「いやいやいや、本当に何を言っとるんじゃお主は!? あの時は家臣一同姉上の推薦を反対したんじゃぞ! どう考えても姉上が女王になる方が良いと! 勿論わらわもじゃ! そしたら姉上はこう言ったんじゃ。『クリエを女王にしなければ、クーデターを起こします』と! そこまで言ったらもう穏便にわらわを女王に推すどころではないじゃろ!!」
「……エルフの感性はよくわかりませんが、それで無事王位は譲られたのでしょう? 前王の狙い通りに」
いや、全然無事ではなかったんじゃが。
寧ろそれこそルオーダの言う通り国が割れる所だったんじゃぞ。
「ふふふ、世間では女王の地位はリュミエール様が望んで譲ったなどと前王によって情報操作された訳ですが、果たして女王の地位を奪われたばかりか、自身の意思すら捻じ曲げられたリュミエール様の心中はいかほどのものか。妹としてどう思われますか?」
「いや、どうと言われても……」
クリエはルオーダの話に戸惑うばかりじゃった。
確かにの、あの場に居た者からすれば、リュミエがクリエに王位を譲ろうとしたのは本心にしか見えなんだ。
とてもではないが、本心では真逆の事を思っていたとは思ないのじゃ。
「あら、薄情な妹さんですね。お姉様がこんなに傷ついたというのに」
「ああ、それは嘘ですよ」
「そう、嘘なんですか」
スルリと、口を挟むリュミエの言葉に応じるルオーダ。
数瞬の間はそれに対し何ら違和感を感じていなかったルオーダじゃったが、んん? と眉を顰めるとリュミエに振り返る。
「……え?」
「その話、ぜーんぶ嘘です」
「……は?」
そしてこぼれる間抜けな声。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
うむ、そうなるよの。
「は? 嘘? え? どこまでが?」
「ぜーんぶで。可愛い妹を恨んでいるという話も、父上に命令されたという話も、貴方達と協力したいという話も全部です」
「は、はぁっ!?」
もう驚くだけのカラクリになったかのような有り様でルオーダは言葉を失い、ただただ驚くばかりじゃった。
「な、なら何で私達に協力しようなどと……?」
ああ、うむ。それはわらわ達も気になった。
邪神の使徒に協力する理由が嘘だとしても、連中と接触し、いかにも協力者然として現れた理由が分からぬ。
「それはね、貴方達の力を利用する為よ」
「私達の……?」
困惑するばかりであったルオーダじゃったが、自分達を利用する為だったと言われ、空気が変わる。
じゃろうな、利用しようとして利用されたとあっては、邪神の使徒の名折れじゃからな。
「そう、封印の眠りについていた世界獣を解放し、世界を世界獣によって滅茶苦茶にする為に!」
「「「…………は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
「何を考えているのですか姉上ぇぇぇぇぇっ!!」
流石にこれはクリエも叫ばずにはおられなんだ。
「何でって、貴方の為よクリエ。これは貴方をより素晴らしい女王にする為の試練なのです」
その為に滅茶苦茶にされる世界は堪ったものはないのじゃが。
「そんな事の為に我等エルフの守護者である世界獣に何かをしたのですか!?」
「ええ、そうよ。世界獣にとっても良い退屈しのぎになるかなって」
だからそれで世界を滅茶苦茶にされたら堪ったものではないんじゃけど。
「姉上ぇぇぇぇぇえぇぇぇっ!!」
うむ、クリエは泣いてよいと思うぞ。
「ふ、ふふっ、ふふふふふっ」
唐突に笑い出したのは、ルオーダじゃった。
「成る程、女王を鍛える為ですか。成る程ね」
ルオーダは先ほどまでと違い、幾分か落ち着きを取り戻していた。
同時に、その顔には何やら良からぬことを考えているとしか思えぬ笑みを浮かべておる。
「そう言う事なら当初の予定通り協力しましょう。貴方は世界獣を利用して妹さんを鍛え、われわれはこの混乱を利用して暗躍する。お互いに損のない取引ですね」
むっ、これはマズいの。どれほど下らぬ理由であろうとも、邪神の使徒の自由にするわけにはいかん。
「あら、それは助かるわ。それじゃあ世界獣がこの世界を飲み込むまで、頑張って暗躍してちょうだい」
「ええ、分かりまし……世界を飲み込む?」
頷きそうになったルオーダは、しかしリュミエの言葉に眉を顰める。
「そうなのです。世界獣は世界に森を産み出したる植物の祖。そしてそれと同時に世界を植物で飲み込む存在でもあるのです」
「ちなみに飲み込まれるとどうなるんじゃ?」
好奇心からわらわが訪ねると、リュミエはこう答えた。
「世界はそのまま世界獣の一部になって滅びます」
「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!!」」」
世界が世界獣の一部になる!? なんじゃそれ!?
「かつて神々はこの世界を緑で満たす為に世界獣を産み出しました。そして世界獣は神々の望み通り世界を緑で満たしたのです。けれど世界獣は止まりませんでした。そのまま手当たり次第に自分の体から生み出された緑を世界にまき散らし続け、世界を緑だけで埋め尽くそうとしたのです。世界獣と植物は同じ存在。それゆえ、世界の全てが植物に満たされた時、この世界は世界獣と一体化してしまうのです」
思った以上にとんでもない事になるではないかぁぁ!!
「な、成る程そうなれば我々邪神の使徒としても、世界を滅ぼすという使命を無事果たせるという訳ですし、決して悪い話では……」
「いえ、世界獣の一部になるので、邪神の目的である世界を滅ぼすという行為は完遂できなくなります。邪神にとって重要なのは、結果的に世界を滅ぼすのではなく、自らの手で世界を滅ぼす事が重要ですので」
「え?」
「あら、ご存じありませんでした?」
何で邪神の使徒より邪神の目的に詳しいんじゃお主? さすがにわらわも知らんかった情報なんじゃけど。
「という訳で、世界獣を止めなければ、世界は滅茶苦茶になり、邪神にとっても目的を達成できなくなります」
「それ誰が得するんですかーっ!?」
もう邪神の使徒の方がまともなツッコミしとるんじゃけど。
「という訳で皆さん、特にクリエ。頑張って世界獣を止めてください。期待していますよ」
「おいリュミエ! お主妹の為とはいえやり過ぎじゃろ!!」
「そうですよ!この世界を破滅させるのは邪神様なのですよ!」
「姉上、流石にそれはシャレにならないのじゃ!」
流石にこれは看過できんと、わらわ達はリュミエに詰め寄ろうとする。
「ふふふ、皆さん異な事を仰る」
じゃが、リュミエは不敵な笑みを返してこう言った。
「可愛い妹の為の試練なのですよ。世界の一つや二つ破壊するくらい派手でないと妹の晴れ舞台とは言えないではないですか」
「「「「「迷惑が過ぎるぅぅぅぅぅぅっ!!」」」」」
「という訳で世界獣を止めない限りこの世界の世界獣化は止まりません。それを阻止したいのなら、頑張って世界獣との交信を成功させてくださいね。最も、世界獣との交信の場までは、危険な試練がいくつも待ち構えていますが」
「「「「「だからソレ悪役のセリフぅぅぅぅぅぅぅっ!!」」」」」
くっ、こうなってはもう説得どころではない!
リュミエの奴を捕らえてこの事態を止めさせる!
こやつの事じゃ、いざと言う時の為の保険は用意している筈!
「「「っ!!」」」
わらわと同じことを考えたのか、クリエとルオーダも同時に動いた。
「あら怖い。なので私は帰らせて頂きますね」
「そうはさせませんよ!」
ルオーダが手をかざすと、周囲の空間に赤く輝く蜘蛛の巣のようなものが展開される。
「空間転移を封じさせてもらいました! これで逃げる事は出来ません!」
「植物よ! 姉上を拘束せよ!」
同時に、クリエの放った植物の拘束がリュミエの全身に巻き付く。
「やれ魔王!」
「うむっ!」
拘束が完了と同時に、わらわはリュミエ相手に魔力をギリギリまで拳に込めた一撃をたたき込む。
リュミエの防御魔法を完全に貫く事は出来ずとも、一時的に動きを封じる程度のダメージは与えられる筈……そう思った瞬間、リュミエの体が吹き飛んだ。
「な、はぁっ!?」
「ギャーッ! 殺人事件ーっ! 幾らなんでもやり過ぎなのじゃ魔王!」
「いや待て、わらわそこまで力を込めては……!?」
「違います! それは本体ではありません!」
そう叫んだのは、ルオーダじゃった。
「はい、正解です」
吹き飛ばされたリュミエの首が楽しそうにそう言うと、散らばっていたリュミエの体が突如砂となり一カ所に集まってゆく。
そして人型を形作り、服や装飾品の形が形成され色が付き、気が付けば元のリュミエの姿へと戻っていたのじゃった。
「これは私の義体です。本体は別の場所にいます。ですからこの私を捕らえても状況を改善する事は出来ませんよ」
「……信じられない。この私がバラバラになるまで分身体である事に気付かなかったなんて」
「ふふふ、気に病む必要はありませんよ。この義体は特別製ですから」
元の姿に戻った優雅にお辞儀をすると、ふわりと掻き消えた。
「そんな! 空間転移を封じているのに!?」
「ふふふ、まだまだ術式が甘いですね。これでは封鎖式の間がスカスカで逃げ放題ですよ」
姿が無くなったというのに、リュミエの声だけが木霊する。
「それでは皆さんの健闘をお祈りしております。頑張ってねクリエ」
それだけ言うと、今度こそ完全にリュミエの気配は無くなったのじゃった。
「「「って、いくら何でも好き放題し過ぎなのでは!?」」」
この時、決して交わる事が無い筈の魔族とエルフ、そして邪神の使徒の心が一つになったのじゃった。
いやホント何考えとんじゃ!?
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