第122話 魔王、団体様ツアーなのじゃ

「では行くぞ。わらわ達から離れるでないぞ」


「「「ピッ!」」」


 結局わらわ達はカツラ達を連れて行くことになった。

 それというのも何故かカツラ達が魔物に襲われなかったからじゃ。

 どのみち置いて行こうとしてもついてこようとするなら、もう割り切って連れて行った方が安全だと判断したわけなのじゃよ。


「「グギャァァァ!!」」


 移動を再開すると、すぐさま魔物達が襲ってくる。

 しかしやはりカツラ達は襲われず、わらわ達だけが狙われた。


「やはり世界獣に巣食う魔物達はカツラ達を狙わぬようじゃな」


 先ほどの魔物達だけならば、食性の問題で特定の魔物には狙われないという可能性もあったが、複数の種類の魔物達から狙われないとなればもはや疑う余地もあるまい。


「となるとこのカツラ達は世界獣に関する何か、ということか?」


 世界獣の体に出来た森の木から生まれた謎の生き物。

 その特異な生まれ故を利用して世界獣の匂いなりなんなりを纏い、魔物達の鼻を誤魔化しておるのかのう?

 いやそれならこの森に暮らす魔物達は皆同じになるか。


 植物とも動物ともとれぬ奇妙な生態。

 かといってトレントのような植物の魔物ともまた違うのじゃから、世の中にはまだまだわらわの知らぬことがあるもんじゃのう。

 

「はーい、そっち行っちゃだめですよー。こっちですよー」


「ピッ!」


 けれどやはり生まれたての赤ん坊らしく、カツラ達はあっちこっちに行こうとする。

 好奇心旺盛なのはやはり子供と言う事なのじゃろうな。


 とはいえ、魔物から狙われないと言ってもわらわ達の戦闘の余波を受ければ怪我をしてしまう。

 わらわ達はカツラ達を巻き込まぬように立ち回りながら、世界獣の体を登ってゆく。


 すると再び戦いの後が残る土地を発見する。


「リンド様、アレを」


 わらわ達は周囲を警戒しつつ破壊痕を確認する。


「血の匂いが濃いですね。それなのに死骸狙いの魔物達の姿も見当たりません」


「うむ、破壊された木々が熱を持っておる。これは直近の戦いじゃな」


先行している者達に追いつくのはもうすぐじゃの。

わらわ達は警戒を強めて世界獣の体を登ってゆく。すると……


「リンド様、戦闘音です」


 遂に何者かが戦う音を耳にしたのじゃ。


「追いついたようじゃな。じゃが……」


 わらわ達が気付いて間もなくすると戦いの音が消え、森に静寂が戻る。


「向こうもこちらに気付いておるな。自分達の魔力を隠すつもりもないようじゃ」


 来るなら来いという事か。

 よかろう、その誘いに乗ってやるぞ。


 ◆


わらわ達がそこに到着すると、今まさに戦いが行われていたであろう場所は荒れ地となっておった。

そしてその中心には、二人の男女の姿があった。


「む?」


 ただ、その男女の片割れである男の姿を見てわらわは声を上げてしまう。


「お主は……エプトム大司教か!」


そう、男女の片割れの男は、かつて以前戦いを繰り広げたエプトム大司教ったのじゃ」


「ほう、私の名前を知っていますか。エルフにまで知られているとは、私も有名になった者ですね」


 は? 何を言っておるんじゃ? お主とはこの間戦ったばかりじゃろ?

 少し見ない間にボケたか?


(師匠、もしかしてあの人、私達の変身魔法に気付いてないんじゃないでしょうか?)


 おお、そうじゃった。そう言えばわらわ達、今回はエルフに変身しておったんじゃった。

 今までは人間にばかり変身しておって、すっかり忘れておったわ。


「貴様等、誰の許可を得てここにおる。ここに来るのを許されたのは極一部のエルフだけじゃぞ! 即刻ここから立ち去れ!」


 そんなわらわ達の事情を知らぬクリエは、エプトム大司教を相手に躊躇うことなく噛み付く。


「それは困りましたねぇ。私達は許可を貰ってここに来たのですが」


「許可じゃと? 一体誰が許可を与えたというのじゃ。わらわは知らぬぞ」


 馬脚を現したのう。

 お主等の前におるのは仮にもエルフの女王じゃぞ。

 であればエルフの最重要機密に対しての接触許可が、こやつに報告されぬわけがあるまい。


「どうやら誤解があるようですね。我々に許可をくださったのは……」


 エプトム大司教はニコニコと一見すると友好的な笑みを浮かべながら近づいてくる。 


「我々ですよ!」


 その瞬間、クリエの足元から鋭い刃が飛び出す。が、


「つまらん」


 それはクリエを貫くことなく、ピタリと制止した。

 いや、止められたのじゃ。

 よく見れば小さな障壁が地面より生えた刃の先端を受け止めておる。


「ほう、流石の精度じゃな」


「え? 何ですかアレ? 魔法障壁?」


 クリエの防御魔法を見て目をキラキラさせたテイルが声を上げる。


「うむ、あれは極小に圧縮した防御魔法じゃな。普通は広範囲に展開してどこを攻撃されても受け止める様にするが、あの魔法は薄絹のような膜を周囲に纏わせ、術者に危害が加わる様な力や速度のあるものが触れると瞬間的にその部分だけ障壁が展開されるのじゃ」


「つまり自動的に攻撃が接触した箇所だけ防御魔法が発生する魔法って事ですか?」

 

「その通りじゃ。ピンポイントに発生する分、魔力消費と強度は高いぞ」


「凄い! そんな防御魔法もあるんですね!」


 あれもなかなかに発動が面倒な魔法なんじゃが、腐ってもエルフの女王じゃな。

 寧ろ気になったのはエプトム大司教の魔法の方じゃ。

 前回の戦いではあのような魔法は使わなんだ。

 それにエプトム大司教が魔法を使う様子も魔力の発動の気配もなかったのじゃが……


「攻撃してきたという事は、お主等は敵じゃな。安心せよ、裁判の手間はとらせぬ。わらわの名においてお主等は極刑じゃ。情報を盾にして生き残ろうとしても無駄じゃ。首だけ残して脳みそから情報を吸い出す」


 いつもならテイルがはしゃぐ姿に気分良くして調子に乗るクリエじゃったが、今はエルフの女王としての責務に従い冷徹な態度でエプトム大司教を冷たい目で見つめておる。


「クリエ、そ奴は面倒な呪いを使うぞ発動させる前に始末するのじゃ」


「ほう、呪いか。それは面白いな」


「何故それを? 貴女は一体何者……うぐっ!?」


 わらわの助言に注意を逸らされたエプトム大司教がこちらに問いかけようとした途端、その体が宙に浮きあがる。


「いかんのう、わらわと話している途中で他の女に話しかけるとは。デリカシーのない男じゃ」


 エプトム大司教の体が浮きがったのは、クリエの魔法が原因じゃった。

 奴はエプトム大司教のみぞおちにこぶし大の高圧縮した風の玉をアッパー気味の角度でぶつけたのじゃ。


「さっきわらわを狙おうとしたのはこの辺じゃったな」


「ぐっ、これは失礼……私とした事……がっ!」


 再びクリエにエプトム大司教の攻撃が放たれる。

 しかも今度は六方向から刃が飛び出してクリエを襲う。

 じゃが刃はクリエの魔法で阻まれる。

 けれどその瞬間、刃から枝が生える様に新たな刃が無数に生まれ、クリエに襲い掛かる。


「無駄じゃ」


 刃は障壁に防がれるにつれて枝が生まれていき、まるで刃で出来た植物のようにクリエを覆い隠してゆく。


「はぁ」


 既にクリエの姿は見えない程刃に覆われているなか、クリエの溜息だけが聞こえて来た。


「だから無駄じゃと言っておる」


 同時に、周囲を覆っていた刃の群れが粉々に砕け散った。


「こんな稚拙な魔法でわらわに傷をつけることが出来ると思うな女!」


 その言葉と共にクリエが放った魔法は、真正面に立つエプトム大司教ではなく、後ろに控える女に放たれた。


「まぁ」


 すると女は楽しそうな声を上げてクリエの魔法を地面から生えた刃で防いだ。

 しかし刃は一瞬で折れ、クリエの魔法が女の顔面を襲う。


「あらあら」


 すぐさま刃の盾が無数に現れ、クリエの魔法を受け止める。

 刃は耐えきれずに砕け、後ろの刃が受けるもやはり砕ける。

 しかし何十枚もの刃の盾に防がれ続けた事でその威力は減衰し、遂には女に届く前にクリエの魔法は消滅した。


「わたくしの刃に気付かれましたか」


「ふん、そんなモノすぐに分かったわ。しかも不遜にもわらわの魔法を防ぎおってからに。特別に許す。名を名乗れ」


 自分の魔法を防いだことで油断ならぬ相手だと判断し、クリエの注意が女の方に向けられる。


「これは光栄ですわ。わたくしの名はルオーダ。邪神の使徒ルオーダと申します」


「やはり邪神の使徒か」


 エプトム大司教と共にいる以上真っ当な人間でないと思っておったが、邪神の使徒じゃったか!

 こんな場所に邪神の使徒が二人、間違いなくろくでもない事を企んでおるな。

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