第121話 魔王、行列を引き連れるのじゃ

「さて、いい加減行くとするか」


 謎の生き物のトリミングを終えた所で、わらわは皆に出発を命じる。

 流石に余計な時間を食い過ぎたからの。


「えー、もう行くのか? 折角こ奴らに芸を仕込むのが面白くなってきたんじゃぞ」


 そうしたら謎の生き物達に火の輪潜りならぬ水の輪ググりをさせながら、クリエの奴めが駄々をこね始めた。

 お前何謎の生き物に芸を仕込んどるんじゃ…… 

 本来の目的を忘れておるじゃろ。


「阿呆、わらわ達の目的は世界獣を止めることじゃろうが」


「だがのう、もうちっとくらい長居しても良いのではないかー? 散々山道を登って足が疲れてしもうたし、ホレ、こ奴らのモフモフぶりは中々に触り心地がよいぞー」


 と、謎の生き物を抱きかかえてモフモフしだすクリエ。

 くっ、確かに触り心地が良いのは認めるが……認めはするが。


「リュミエが見ておるぞ」


 そう、この光景はクリエの姉であるリュミエに見られておる筈じゃ。

 妹がサボっていないか監視する為にな。


「はっ!! す、すぐ行くのじゃ!」


 姉に監視されている可能性が高い、というかまず確実に監視されているであろう事に今更気付いたクリエが慌てて立ち上がると駆け出す。


「申し訳ございませんリンド様。つい伸び放題だった毛を綺麗にトリミングする事に夢中になってしまいました」


 うむ、メイドの仕事ってなんじゃったろうな。少なくともトリマーではない気がするんじゃ。


「そうでした! 誰か怪しい人達がいるんでしたもんね! 速く追いついて何を企んでいるのか白状させないと!」


 これまた同じように目的を忘れて謎の生き物と遊んでいたテイルが、これ見よがしにやる気を見せてクリエを追いかける。

 今更取り繕っても遅いんじゃよー。


「毛玉スライム達がおらんで良かったのじゃ。もし居たらズルズルと長居しておったじゃろうからなぁ」


 ともあれ、わらわ達は再び世界獣と交信する為の地へと向かうのじゃった。


「「「ピッ」」」


 と、進みだそうとしたら、足元にわらわらと謎の生き物達がまとわりついてくる。

 うーん、真上から見ると動くカツラの群れじゃな。


「これ、わらわ達はこれから行くところがあるのじゃ。邪魔するでない」


「ピィ~」


 わらわが窘めると、カツラ達は名残惜しそうな鳴き声を上げつつも離れる。

 うむうむ、聞き分けの良い子達じゃ。


「では壮健でな」


 カツラ達に別れの挨拶を告げると、わらわ達は今度こそ歩みを再開する。


「「「ピッ」」」


 カツラ達の森を抜けると、再び見慣れた山道に戻って来る。


「「「ピッピッ」」」


「って、何でついてくるんじゃ!!」


 いつまでたっても離れん気配に振り向くと、そこには一列に並んだカツラ達の群れ。


「わらわ達は遊びに行くのではない。森に帰るのじゃ。あ、いや、ここも森になるのか?」


 山道ってつまるところ山の一部じゃしなぁ。この場合縄張りに帰れの方が良いのか?


「「「ピィ~」」」


 しかしカツラ達はわらわ達から離れるのが嫌だとばかりに悲しそうな鳴き声をあげる。

 むぅ、どうしたもんかのう。


「皆さん、この先は危険ですので、安全な場所にお戻りください」


「そうだよ皆。ここは危険な魔物がいっぱい居て危ないんだよ。私達は危ない所にいかないといけないから、皆は帰って。ね?」


 メイア達もカツラ達を危険に巻き込みたくないと、彼等を説得する。


「うむ、わらわ達は仕事でここに来たのじゃ。大人しく帰るがお主等の為じゃ」


 いや、お主さっきまで思いっきり仕事を忘れて遊んでおったよな?


「「「ピィ~」」」


 しかしカツラ達は帰る様子を見せぬ。


「ほれ、良い子じゃから安全な場所に帰るのじゃ」


「「「……」」」


 するとカツラ達はお互いに顔を見合わせると一鳴きする。

 そして、わらわ達の足元に群がって来た。


「って何でわらわ達に群がって来るんじゃ!? 帰れと言うたじゃろ!」


「「「ピィ~」」」


「もしかして言葉が通じとらんのか?」


 メイア達の言う事を聞いておったから、言葉が通じていると思って負ったがそうではないのか?


「集合―っ!」


 と、突然クリエが大きな声を上げた。何じゃ一体!?


「「「ピーッ!」」」


 するとカツラ達がわらわらとクリエの下に集まってゆく。


「ちゃんと理解できとるみたいじゃぞ」


 と、ドヤァな顔を向けてくるクリエ。

 それは分かったが、ドヤ顔見せる意味あったのか?


「……」


 するとその光景を見ていたメイアが何やら考え込む様子を見せる。


「どうしたメイア?」


「一つ試してみます」


 と、メイアが手を上げると、カツラ達が何事だとメイアに視線を向ける。


「全員解散!」


 するとカツラ達はクリエから離れて思い思いの行動を始める。


「全員安全な場所に避難!」


「「「ピッ!」」」


 すると今度はわらわ達の元に集まって来た。


「何で今のでわらわ達の所に来るんじゃ!?」


「やはりそうですか」


 困惑するわらわに対し、メイアは何かを確信したと深く頷く。


「どうやらこの子達は私達の傍が安全だと考えているようですね」


 わらわ達の傍が? 何でそうなるんじゃ?


「戦っている所を見たならともかく、わらわ達は偶々通りがかっただけじゃぞ? こ奴らに信頼されるような要素はどこにもないじゃろ」


「あっ、もしかして」


 と、今度はテイルが声をあげる。


「これ、刷り込みじゃないですか?」


「刷り込み? 鳥の雛が初めて見たものを親と思うアレか」


「恐らくはそうです。先ほど、この子達が木から落ちて動き出したあの時が、この子達が孵化した瞬間だったのでしょう」


 それで偶々近くを通りがかったわらわ達を親と思ったという事か?

 流石にそれは強引な気もするんじゃが……


「ですが実際クリエ様の命令にも従っています。安全な場所と言われてクリエ様の傍を選ぶと考えるよりは、親の傍が安全と判断したと考えた方が辻褄が合うかと」


「あれ? わらわもしかしてディスられてる?」


もしかせんでもディスられておるのう。


「しかしそうなると困ったの。いくら刷り込みが原因でこうなったといっても、こやつ等を危険な場所に連れて行くわけにはいかん。誰ぞ置いて行ってこやつ等の面倒を見て貰うか?」


「おお、それならわらわに任せるが良い!」


 クリエが血迷った事を言い出したので、無視する。


「お主が行かんでどうする。リュミエにぶっ飛ばされるぞ」


「……冗談じゃよ」


 絶対忘れとったじゃろ。相手が刷り込みされたからといってお主まで鳥頭になってどうする。


「とはいえ、ここで足止めされる訳にはいかんか。仕方ない。わらわ達は先に進む故、メイアはテイルと一緒に一旦森に戻り、そこに魔物避けの結界を設置してこい」


「かしこまりました。全員整列!」


「「「ピッ!」」」


 メイアの号令にカツラ達がピシッと一列に並ぶ。


「こうしてみるとカルガモの行列みたいで可愛いですね師匠!」


「そうかぁ?」


ともあれ、わらわ達がメイア達と分かれて別行動をしようとしたその時じゃった。


「ゥォォォォォォォォンンッ!!」


 後方から現れた魔物の群れがわらわ達に襲い掛かって来たのじゃ。

 ふむ、あの程度なら、二人でも問題あるまいて……ってイカン!


「ピッ?」


 間の悪いことに、カツラ達の列が魔物達の近くにまで伸びてしまっていたのじゃ。


「しまった!」


 なんという事じゃ。カツラ達のカルガモのような習性がこのような危機を招くとは!


「くっ! 間に合うか!」


 わらわはカツラ達を巻き込まぬよう、威力を絞って魔法を放つ。


「ギャウン!」


 皆が放った魔法が魔物達を吹き飛ばしてゆく。

 しかし魔物の数はどんどん増えていく。


「皆こちらに集まるのじゃ!」


「「「ピッ!」」」


 わらわの招集に従い、カツラ達が集まって来る。

 よしよし、良い子じゃ。


「結界を張ります!」


 すかさずメイアが結界を張り、魔物からカツラ達を守る。


「でかした! あとはわらわに任せるが良い!」


 真っ先に動いたのはクリエじゃった。


「ははははっ! エルフの女王の力をとくと見るが良い! 木々よ、エルフの女王の名において命ずる! わらわの敵を締め潰してしまえ!」


 クリエが声高に命じると、周囲の木々が動き出し、魔物達に巻き付いてゆく。

 そしてギリギリと魔物達の体を締め付け、ブチリと音を立てて引きちぎった。


「ひぇぇっ!?」


 凄惨な光景にテイルが悲鳴を上げる。


「よく見ておくのじゃテイル。あれがエルフの魔法じゃよ」


「あ、あれって魔法なんですか!? 呪文っていうより命令って感じだったんですけど。もしかしてアレがエルフの精霊魔法って奴ですか!?」


 魔法と聞いてテイルが目をキラキラさせる。

 やれやれ、惑わされておるのう。


「あれは無詠唱魔法じゃよ。命令の方はフリじゃ」


「フリ?」


「そうじゃ。ああやって木々が命令に従っているように見えれば、仕組みを知らぬ者にはエルフは呪文を唱えずと木々や自然の精霊と意思疎通するだけで魔法を発動しているように見えるじゃろ?」


「え? じゃああれってハッタリなんですか?」


「うむ」


「なんだぁ~」


 未知の魔法と思ったら、ただの無詠唱魔法だと判明してガッカリするテイル。


「じゃが魔法そのものは本物じゃよ。魔力によって炎や風といった自然現象を操るのではなく、植物のような実在する存在を自在に操るのじゃぞ。技術としてはそうとうなものじゃ」


 そう、植物の成長を早めて一気に若木を大木にするような魔法は存在するが、そもそも動物のように動かない樹木を自在に動かすのは非常に難易度の高い魔法じゃ。

 縄や鞭のような柔らかいモノを動かす事は容易じゃが、木の枝などは多少のしなりこそあれど、グネグネ曲がるものではない。


「言われてみれば……凄い魔法なんですね」


 まぁそんな大層な術式でやってる事は植物を動かすだけな辺り、寿命が長すぎて暇なエルフの遊びなんじゃがな。


 ともあれ、クリエの魔法で魔物達は殲滅された。

 何気に視界外の魔物の反応まで消えている辺り制御が相当なんじゃが、テイルはそこまでは気づけておらんじゃろな。


「はっはっはーっ、どうじゃ!」


 褒めろとばかりに無い胸を張るクリエ。


「おー、すごいすごい」


「凄いですクリエ様!」


「はっはっはっはーっ!」


 余りそ奴を甘やかすなよテイル。

 無限に調子に乗るでの。


「ゴァァァァァ!」


「リンド様、別口の魔物です」


「うむ」


 先ほどまでの平和な時間とは打って変わって、新たな魔物の群れが襲い掛かって来る。

 しかも探知魔法の反応を見るに、まだまだ来るぞ。


「これはのんびりしておったら世界獣の体に巣食う魔物達が全て来る勢いじゃの」


止むをえまい。ここは一旦全員で戻って森に結界を張ってから急ぎ移動を再開……


「ピピッ?」


「って、なにやっとるんじゃぁーっ!」


その時じゃった。列の一番外に居たカツラがトコトコと魔物に向かって歩いていくではないか!


「いかん! 戻れ!」


「ピ?」


 わらわの制止にカツラが振り返るが、それがいかんかった。

カツラは振り向いた時にバランスを崩し、コテンとこけたのじゃ。

しかもその角度がまた悪く、魔物に向かって転がって行く。


「くっ、間に合え!」


 わらわ達が同時に放った魔法は魔物に向かってゆく。

 しかしカツラはコロコロと魔物に向かって転がっていき、しかもここが山道である事が災いして加速していた。


「駄目か!」


 もはや助からん、数瞬後に引き裂かれるカツラの姿を覚悟したわらわ達じゃったが、そこで信じられん事が起きる。


「グルゥゥゥゥゥォォォ!」


 なんと魔物達はカツラを無視してわらわ達に向かってきたのじゃ。


「はぁ!?」


 まさかの反応に困惑して反応が遅れてしまったものの、わらわ達は魔物を迎撃する。


「皆カツラ達から離れろ!」


「え!? カツラ? あ、はい!」


 すぐさまわらわの意図を察したメイアとクリエ、そして遅れて指示に従ったテイルがカツラ達から離れると、魔物達は思った通り傍にいたカツラ達を無視してわらわ達に向かってきた。


「やれやれ、理由はよく分らんが助かったの」


 魔物の群れがカツラ達を無視したお蔭で、わらわ達は無駄な犠牲を出さずに済んだのじゃった。

 しかし何故襲われなかったんじゃろうな?

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