第117話 魔王、世界獣を登るのじゃ
「おー、快適じゃのう」
周囲から放たれる殺気立った魔物の咆哮に包まれながら、クリエが暢気な事を口走る。
それもその筈、わらわ達は結界によって魔物から身を守っていたからじゃ。
「継続浄化魔法のお陰で毒も無力化できて凄いですね!」
そしてこちらではテイルがわらわの教えた継続浄化魔法に興味津々の様子じゃった。
「通常は毒に汚染された人や場所を瞬間的に浄化したらそれで終わりの解毒魔法を、継続的に発動させ続けるなんて! これだから師匠に魔法を習うのはやめられないんです!」
「その代わりに魔力も相応に減るがの」
「ですね! 人族だとこの魔法を発動させた瞬間に大半の魔力を消費して倒れちゃうと思います!」
今回使った魔法は、発動すると範囲内を一定時間解毒し続けるタイプの解毒魔法じゃった。
通常の魔法はごく短時間、瞬間的に効果を発揮するがゆえに魔力消費は最小限に抑えられる。
対して継続的に効果を発揮する魔法は、使っている間、ずっと魔力を消費し続けるのじゃが、術式によっては最初に一定量の魔力を注ぐと、効果が切れるまで術式の維持も魔力消費も必要なくなるタイプの魔法があるのじゃ。
「欠点としては一度発動したら途中で中断できぬゆえ、場所を変えたら魔力が無駄になる事かのう」
何せ最初に必要分の魔力を先払いしてしまうからの。
ただ、発動している間ずっと魔力を消費するタイプの魔法よりは消費魔力が少ない事と、眠っていても魔法が発動し続けることがメリットかの。
ちなみに今魔物避けに張っている結界も同じタイプの魔法じゃ。
「お食事の用意が整いました」
「うむ」
何故結界を張っていたかの答えはこの通り食事の為じゃ。
世界獣は非常に大きい、それゆえしっかり要所要所で休憩していかねばの。
「うむ、メイアの食事はいつも美味じゃの」
「恐縮でございます」
屋外であってもメイアメイド技術に陰りはない。
いつものように美味な料理を用意してくれるのじゃ。
「さて、それではいくかの」
食事を終えたわらわ達は世界獣の登頂を再開する。
実際に近づくと実感するが、世界獣の周囲はすさまじい魔力の乱流があり、飛行魔法で近づけば、すぐさま魔力の嵐に巻き込まれて飛行魔法の制御を失うのは明白じゃった。
強引に飛べばなんとか飛べん事もないが、少なくともテイルには無理じゃな。
あと飛べるは飛べるが、魔力を無駄に消耗する故、やはりやりたくはないの。
そしてクリエの言っておった花粉獣じゃが、連中は世界獣の周りを飛んでおるのではなく、周辺に巻き起こっている魔力気流に吹き飛ばされているというのが正解じゃった。
つまりタンンポポの綿毛のように、風ならぬ魔力気流に飛ばされて移動しておる訳じゃ。
とはいえ、自力で軌道を制御できずとも、下手に近づいたら体から有毒物質を魔力気流に放って空が大変なことになる為とても近づきたくはなかった。
という訳でやはり地上から向かうのが無難なんじゃよな。
「全てが初見尽くしの場所で力ずくというのも愚かしいからのう」
しかし、現れる魔物は厄介ではあるものの、わらわ達が冷静に対処すれば倒せぬ相手ではない。
ひたすらに数が多かったり、シンプルにキモかったりはしたがの。
そしてちょうど中腹まで来たころにわらわ達はそれを発見した。
「これは……」
それは戦闘跡じゃった。
明らかに何者かが戦った跡があったのじゃ。
「ふむ、既に死骸は魔物達が処分してしまったようで何と何が戦ったのかは分からんが、この破壊痕は並の魔物の戦いではないのう」
周辺の世界獣の背の森はひどく荒れ果てており、そこで激しい戦いがあったのは間違いなかった。
「問題は誰がこんなところで戦ったかじゃな。クリエよ、世界獣の背でこのような被害を出す魔物はおるか?」
「おらんの。以前わらわが世界獣の背に乗ったときはこんな破壊をもたらす魔物はおらなんだ」
ということはこの破壊跡をもたらした存在は、つい最近やってきたという事か。
「これは怪しいのう」
「そうですね。世界獣が突然動き出したのもここ最近の事のようですし、クリエ陛下も知らぬ戦闘跡を残す相手が居たとなれば……今回の事件に関係している可能性が高いかと」
そうじゃの。メイアの言う通りじゃ。
戦闘跡は一日二日程度のものではない。
ということは、今回の世界獣が動き出した事件に何かしらの関係がある可能性が高い。
「ふむ、これは早々に事件の黒幕と出会えるかもしれんのう」
ただし、これほどの破壊跡をもたらす相手じゃ。
決して油断できる相手ではないのう。
これはもしかすると、あの連中がまた関係しておるのかもしれんな。
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