第115話 魔王、宰相と依頼交渉をするのじゃ

「よくぞまいった客人よ。わらわはエルフ国女王クリエール・ラド・ヴァ・トライトメルト・ソルストルカルファである!」


 なんとも白々しい挨拶が始まった。

 ついさっき姉に引きずられていったばかりじゃというのに。


「お招きにあずかり光栄じゃ、エルフの女王よ」


 まぁこちらは素性を隠して居るし、あ奴の顔を立ててやるとするか。


「くっ、ふふふっ、貴様がわらわに対してへりくだった態度をとる姿を見るのは最高じゃのぐぼっ!」


 こちらが下手に出たのを良い事に一瞬で馬脚を現した馬鹿を、横に控えていたリュミエが黙らせる。


「駄目ですよ女王陛下。相手はお客人なのですから」


 こっちがへりくだった態度なら、向こうは家臣にぶちのめされる主君という有様。

 もはやどちらが情けないのやら。


「失礼しましたお客人。これ以上の格式ばった挨拶も我々には意味の無い事。ですので早々に本題に入りましょう」


 撃沈したクリエを放置し、リュミエが話を進める。


「皆様にお願いしたいのは、女王陛下の護衛です」


「「「っ!?」」」


 リュミエの発言に、謁見の間が騒然となる。


「リュミエール様、それはどういっっっぁ!?」


 リュミエールに意見をしようとした騎士がおったが、言葉の途中で突然言葉を途切れさせてへたり込む。

 

「おだまりなさい。お客人と話している最中に無礼ですよ」


 かの騎士が突然言葉を止めたのは、リュミエの殺気を浴びたからじゃ。

 大臣達官僚と共に並んでいた以上、近衛騎士もしくは騎士団長クラスの筈なのじゃが、それをひと睨みで黙らせるのじゃから凄まじいものよな。


「失礼しました。我が国の騎士達はこの有様でして、到底世界獣を相手にした女王陛下の護衛は務まらないのです」


「せ、世界獣の名をよそも……っ!!」


 世界獣の名が出た事に慌てた官僚の一人じゃったが、慌てて自らの口を手で閉じる。

 先に殺気を浴びて放心してしもうた騎士を思い出したのじゃろう。

 幸い、自ら口を閉じた事で、かの者はリュミエの怒りを受けずに済んだようじゃった。


「口で言うのは容易ですが、実際に見てみなければ危機感を理解できないでしょう。こちらをご覧ください」


 そういってリュミエが魔力を発すると、謁見の間の光景が一瞬で屋外の景色に代わる。


「え!? 転移魔法ですか!?」


「いや、これは幻覚、外部の光景を魔法で映し出しておるのじゃ」


「その通り、これは城の外を映した光景です」


 突然景色が変わった事に驚いたテイルにカラクリを説明してやると、リュミエも肯定する。


「あちらをご覧ください」


 リュミエが指さした先には周囲の山々とは比較にならんほど大きな山がそびえたっておった。


 その山の大きさは周囲の山に比べて3~5倍はありそうなほどとびぬけた大きさじゃ。


「わー、おおきな山ですねぇ」


「そうじゃな。しかしはて?」


 その光景を見て、わらわは違和感を感じる。

 エルフの国のあれほど大きな山はあったかのう?

 エルフの国は木々が生い茂った森は多いが、大きな山はそうなかったとおもうのじゃが。


 そうわらわが首を傾げた時じゃった。突然その山が動いたのじゃ。

 それも目で見て分かるほど大きくグラリと、山全体が。


「なんじゃ!? 山崩れか!?」


 あれほどの山が崩れれば、周辺は大惨事じゃぞ!?

 じゃが、不思議なことに山の木々が崩れる様子はなかった。


「なんじゃと!?」


 あり得ん、あれほど大きく揺れたのであれば、山崩れが起きぬはずがない!


「これはどういうことじゃ?」


 何らかの魔法によって山崩れを阻止したのか?

 いやあり得ん。山の一角程度ならともかく、あれだけの巨大な山全体の木々を保護するなど不可能じゃ。


 それだけではなかった。なんと揺れていた山が動き出したのじゃ。


「なんと!?」


 周囲の景色と比較して、明らかに動いておる。


「あれが世界獣です」


「なんじゃと!? あれが!?」


 あの動く山が!? 一体世界獣とは何なのじゃ!?

 確かに超大型の魔物の中には背中にコケや草木が生える種もおるが、そういった生物は大抵数十年単位の長い睡眠時間を要する事で寝ている間に土が積もって植物が育っていたというものが大半じゃ。行ってみれば土の下で寝ているようなものじゃ。


 しかしアレは木々が崩れ落ちることなく山と共に移動しておる。

 どういう事なのじゃ!?


「世界獣とは獣の名を冠してはいますが獣ではありません。世界獣とは、巨大にして複雑怪奇に絡まった動く樹木なのです」


「動く樹木とな!?」


 なんと、それではアレは山ではなく、巨大な樹木だというのか!?


「動く樹って事は、トレントとかそういう植物系の魔物って事ですか?」


 テイルの問いに、リュミエは頷く。


「その通りです。世界獣の本質は樹です。世界獣とは、神話の時代、神々の争いの余波から逃げ惑っていた我等エルフを己の懐に招き守ってくれた偉大なる樹木なのです」


「神話の時代にエルフを守った樹木……? っ!! 始祖の樹か!」


 始祖の樹、それは人族には世界樹とも精霊の樹とも呼ばれ、エルフ達にとっては神にも等しい存在とされている幻の樹じゃ。

 始祖の樹には様々な伝説があり、曰く不老不死の果実を実らせる樹であるという話や、どんな病も治る雫を生み出す霊木など、それはもう枚挙にいとまがない程の伝説の塊じゃった。


「まさか始祖の樹が動く超巨大樹木だったとはの」


 わらわも長生きしてきたつもりじゃったが、よもやこんなものが実在しておるとは、驚きじゃ。


「本来世界獣は我等エルフの聖域で長き眠りについていたのですが、数日前に突然動き出したのです」


「理由は何じゃ?」


 わらわの問いにリュミエは無言で首を横に振るのみじゃった。


「世界獣は我等エルフの守護者。しかし他種族にとっては文字通りの脅威です。見ての通り、ただ歩くだけで周囲への被害は甚大となるのですから、彼らの領域に入ってしまえば間違いなく攻撃対象となってしまいます」


「そうなる前に捕獲しろという事か。しかしあれほどの巨体、破壊しろというのならともかく、止めるとなると相当の手間じゃぞ」


 事実、動く山脈と言える存在と止めようとすれば、相当な大規模魔法を使わねばならん。

 しかも相手の反応次第では、反撃される恐れすらあった。


「そちらについては我々に手があります」


「ふむ、それは先ほどの護衛云々の事か?」


 謁見の間に入ってリュミエが最初に口にした要件は、この世界獣の件ではなく、クリエの護衛じゃった。

 しかしここまで話がデカくなってきた以上、その目的は馬鹿正直にクリエの護衛をするだけではなかろう。


「世界獣は意思を持つ存在です。しかし世界獣と意思を通じさせることが出来るのは、代々のエルフの女王のみなのです。皆様には女王陛下が世界獣と意思を通じさせることのできる距離まで護衛して頂きたいのです」


 ふむ、クリエが世界獣とコンタクトを取るには距離の制限があるという事か。


「世界獣と意思を通じさせることが出来れば、世界獣も動きを止めてくれることでしょう。しかし世界獣がどのような理由で活動を始めたのか分からない以上、万が一のことを考えて護衛が必用でしょう」


 それでわらわ達の出番という訳か。

わらわは、すぐ傍でへたり込んだままの騎士に視線を送る。

あの者、決して弱いわけではない。じゃがリュミエがアレでは不足と判断したのなら、わらわ達の力を借りたいというのは本心じゃろう。


ただ、問題があるとすれば二つじゃ。

一つはリュミエの本心。


こ奴の実力があれば、わらわの力を借りずとも世界獣の懐まで護衛する事は容易ではないにせよ問題なく行えるはずじゃ。

寧ろ可愛い妹とお出かけとか言って上機嫌で出かけるに違いない。

リュミエがそんなチャンスをみすみす逃すとは思えん。


もう一つは報酬じゃな。

リュミエがわらわ達を手伝わせようとするような案件じゃ。

間違いなく面倒ごとなのは言うまでもない。

そんな厄介ごと、生半可な報酬では受ける気にもなれんわい。


「報酬ですが……」


 と、まるでこちらの考えを読んでいたかのようにリュミエは報酬について語りだす。


「オリハルコンのフライパンとフライ返しなどどうでしょう」


「舐めとるん「受けましょうリンド様」」


 わらわが文句を言おうとする前に、メイアがすかさず言葉をかぶせてきた。


「メイア、お主……」


「リンド様おっしゃりたい事は分かります」


 ホントにわかっとるのかぁ?


「ですがオリハルコンの調理器具は焦げず、錆びず、熱伝導効率も良く、何より洗い物をする時に食材の欠片がこびり付かないのです!」


……わらわ、怒っていいのかのう?

流石に危険極まりない依頼の報酬が調理器具は流石のわらわもええ加減にせいって言うぞ?


「師匠、今オリハルコンって言ってませんでしたか!? あの伝説のオリハルコンですか!?」


対してテイルはまた違う方向で驚きをあらわにしておった。


「あー、テイルは知らんかもしれんが、オリハルコンというのは産出量はひどく少ないが、ちゃんと実在する金属じゃぞ」


「ええ!? そうだったんですか!?」


「うむ、昔は人族の国にもあったんじゃが、わら……魔族との度重なる戦いで負けた騎士達が戦利品として奪い取られた事で人族の国からは無くなってしまったんじゃよ」


 更に言うとオリハルコンを加工できる技術者は少ない。

 長い荒そうで人材が不足している人族の国では、質を落としてでも数を揃える方針を続けてきたせいで、時間をかけて良い物を作る職人がおらんくなり、失伝してしまった技術も多い事から、オリハルコンはますます幻となっていったのじゃ。


「じゃが外の国では金はかかるが入手できんほどではない。じゃから交渉材料としては弱いの」


 あとのう、オリハルコンと一言にいうが、報酬として与えられるオリハルコンもどの程度含まれておるか分かった者ではないからの。

 なんなら鉄9.9に対してオリハルコン0.1でもオリハルコン(が含まれた)製品と言えるからの。


「あとはそうですね。人族や魔族には伝わっていないエルフの魔法などどうでしょうか・」


「いやだか「師匠受けましょう!」


 テイルよ、お前もかい。


「エルフの魔法ですよ! 森の奥に隠れ、長き時を生きて魔法の研鑽を積んできたエルフの魔法! きっと凄い魔法ですよ!」


 ……テイルよ、この流れで言うまでもないと思ったんじゃが、この場合与えられるエルフの魔法は、他種族が欲しがりもしなかった暇つぶしに作ったクソくだらん魔法の可能性が高いんじゃぞ。

 どんな魔法が与えられるか分からんうちから受けるのはお勧めせんのじゃ。


「リュミエよ、あまりわらわを舐めるでない。それらの品は、お主等の国の国難の解決にふさわしい品と本気で言えるのか?」


 これまでのふざけた提案はこれから先の交渉の前のジャブみたいなものじゃろう。

 となればここからが本番じゃ。


「成程、これらの品では不足ですか。では……」


来るか!


「我が国が誇る最高級食材、アールブファンガスを一年分でどうでしょうか?」


「乗ったぁーっ!」


 わらわはリュミエの提案を快諾した。


「ちょっ、師匠!? 何自分も即決してるんですか!?」


「ばかもん、アールブファンガスじゃぞ! エルフ国が誇るガチもんの超高級食材なんじゃぞ!!」


 アールブファンガス、それはエルフ国の深層領域でのみ採取が可能な非常に貴重なキノコじゃ。

 あまりに希少すぎる故、貴族であってもめったに食する機会がないほどの貴重ぶり邪。

 その味たるや、過去に国賓として招かれた際にもてなしとして供されたのじゃが、驚くほど深い味わいは、噛めば噛むほど美味みが染み出してくる正に高級食材の名に恥じぬものじゃった。また触感や噛み心地も良く、非の打ち所のない食材なのじゃよ。

 そのアールブファンガスが一年分も手に入るとあらば、危険を冒してでも受ける価値のある依頼と言えた。


「という訳でその依頼受けた!」


「ふふ、快諾頂きありがとうございます」


 こうして、わらわ達はリュミエよりクリエの護衛依頼を受ける事になったのじゃった。

 ん? そういえば交渉している間クリエが静かじゃったのう。


「ぐでぇ……」


 こ奴、さっき黙らされた時からずっと気絶しておったんかい……

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