第113話 魔王、エルフの国存続の危機と聞いて仰天するのじゃ

「んー、美味いのじゃ! ダンデライポンの蜜から作った魔物蜂のハチミツは別格じゃのう!」


 朝食のハニートーストをお代わりしながら、クリエが満面の笑みでハチミツを絶賛する。


「お主の国にも魔物蜂はおるじゃろ?」


「魔物蜂との生息域が合わんのよ。わらわの国の森は強い魔物が多いでの。ダンデライポンが生活できる生息域だと他の魔物の餌になって魔物蜂が安定してダンデライポンのハチミツを集める事が出来んのじゃ」


 成程、魔物の生息域の違いか。確かにそれは考えたこともなかったのう。


「それにしても、他に美味で栄養価の高い花の魔物由来のハツミツはあるが、ダンデライポンのハチミツはなんというか、個性があるの」


「おお、分かるぞ。単純な味や滋養なら他にも美味いハチミツはあるが、ダンデライポンのハチミツは何故か特別感を感じるんじゃよな」


 これは何でじゃろうな。なんというかホッとするのじゃ。もしくはダンデライポンの産み出す花の蜜に特別な効能があるのかもしれん。


「リンド様、クリエ様、エルフの国が未曽有の災害に見舞われているそうです」


「うむ、そうか」


「報告ご苦労なのじゃ」


 食事の茶を楽しみながら、メイアからの朝の報告を聞く。


「「って、なんじゃとぉぉぉぉ!」」


 エルフの国が未曽有の危機ってどういう事じゃい!?


「朝っぱらから何、人の国で不吉なジョーク飛ばすんじゃ!」


「ジョークではなく事実です」


 確かに、メイアは真顔でふざける時があるが、報告の時に情報が混線するような冗談は言わん。


「なら何が起きたのじゃ? 他国からの侵略か?」


 考えられるのは侵略かの。丁度人族との戦いが終わった直後じゃ。

 もしかしたらエルフ達が戦争に向かって国内の警備が手薄になった瞬間を狙って何かしらの工作が行われたのかもしれん。


「いえ、特定の国家の侵略ではありません。部下からの報告では、巨大な植物の塊のような獣がエルフの国を荒らしているそうです」


 巨大な植物の塊のような獣? 何じゃそりゃ? そんな魔物見たことも聞いた事もないぞ。


「世界獣かっ!!」


 しかしクリエには心あたりがあったのか、血相を変えた様子でテーブルを叩いて立ち上がる。


「なんじゃ知っとるのか?」


「……まぁな」


 けれどクリエは口を噤む。

 どうやら世界獣という存在はエルフ達にとってかなり面倒な存在のようじゃな。


「ふむ、あまりに危険で封印されておった魔物とというところかの?」


「んなわけあるか! 世界獣はわらわの国の守護獣じゃ!!」


「守護獣?」


 何じゃと? エルフの国のそんなモノがおるとは初耳じゃぞ!?


「あっ、いかん」


 わらわの驚きを見たクリエは慌てて両手で口を塞ぐ。

 この様子からして、世界獣という名はかなり秘匿性の高い存在のようじゃな。

 しかしじゃ、せっかく聞いてしまったのじゃから、今後の為に情報を得ておかねばの。


「いまさらじゃろ。既にその世界獣という奴は暴れまわって衆目の目に晒されておるんじゃ。ここで隠してもすぐに情報は広まるぞ」


 あのエルフの国を蹂躙する未知の魔物となれば、各国はこぞってその存在を調べることじゃろう。

 あの厄介なエルフの国を蹂躙する程の恐ろしい存在、そして厄介なエルフの国に痛手を負わせる事の出来る手段として。

 良くも悪くも注目を集めるのは間違いないの。


「それで、どのくらいの大きさなのじゃ?」


 とはいえ、クリエがすぐに口を割るとも思えんので、メイアに報告の続きを促す。


「部下からの報告では、イーチャ山並みの大きさとの事です」


「イーチャ山じゃと!?」


 予想外の大きさを聞いて流石のわらわも驚きを隠せなんだ。


「師匠、イーチャ山ってなんですか?」


 おお、そうじゃったな。テイルは魔王国の塵をよく知らんのじゃった。


「イーチャ山とは魔王国王都から見る事の出来る大きな山じゃ。そうじゃの、お主に分かりやすいサイズとしては……この島と同じくらいじゃ」


 テイルが判断しやすい比較対象は何かあったかと考えたわらわは、丁度拡張したこの島がイーチャ山と同じくらいのサイズだと思い出す。


「この島!? え? え? 島ってどういう……」


「この島の端から端くらいの大きさじゃよ」


「それってかなり大きいじゃないですか!」


 うむ、わらわ頑張って島を拡張したのじゃよ。

 今では元の島の三倍以上の大きさになったのじゃ。

うむ、一応後で浜辺付近を微調整して、周辺の魚達の生育環境を整えたのじゃよ。……メイド隊がの。


 ともあれ、比較対象が分かった事でテイルもその魔物の大きさが実感できたようじゃ。


「でも、そんな大きな魔物が歩き回るのなら、何で師匠達が知らないんですか? 師匠達って長生きしてますし、他の国の情報もエグいくらい調べてるじゃないですか」


 うむ、それはわらわも疑問だったのじゃ。聖獣然り、強力な魔物の情報は下手をすると一国の軍隊並みに重要なものとなるからの。

 だからこそ我が国も魔物の情報は重視しておったのじゃが……


「……世界獣は我等エルフにとっても秘中の秘じゃ。お主等が知らぬのも無理はない」


 と、これまで沈黙を保ってきたクリエが重々しい口調で声を発した。


「秘中の秘とな? それほどまでに重要な魔物なのか?」


「世界獣は我が国の守護神じゃ」


「守護神か、それは聖獣のような存在と言う事か?」


「たわけ、あ奴らは単に人族に祭り上げられておるだけの魔物じゃ。世界獣は我等にとってまことの守護神なのじゃよ」


 ふむ、どうやら本気で重要な存在と見える。しかし聖獣とも違うとは一体どういう事かの?


「これ以上は聞かせられぬ。今の話は宿代と思っておくが良い。決して他言するでないぞ。でなければ我等エルフが総出で守護神の事を知ったお主等を始末しにいくでの」


「さらっと特大の厄介事を押し付けていくでないわ! って、宿代とな?」


「うむ。世界獣が暴れているとなれば、わらわが戻らぬわけにはいかぬ。瞬き程の短い間じゃったが世話になったの」


 いや、半月は瞬きどころじゃないのじゃ。

全くこれだから長命種は。いやわらわもそうじゃけど。


「ではわらわは島の魔物達にも別れの挨拶をしてくる。今のうちにわらわへの土産を用意しておくのじゃぞ!」


「承知しました。廃棄寸前の茶葉と新人メイドの失敗作のクッキーのような物体をお包みいたしますね」


「ホントに出されたら泣くぞわらわ!!」


 などと叫びながらクリエが外に出ていくと、またしてもわらわの手元にカサリと不吉な紙の感触が現れた。


「……」


 もう誰からの手紙か分かり切っている紙を手に取ると、そこにはこう書いてあった。


『魔王様にも是非ご同行願います』


 うーわー、これ絶対厄介な案件じゃ。

 行かんぞ、わらわ絶対行かんぞ! クリエの面倒を見ただけでもう十分じゃろ!

 すると今度は反対側の手に紙の感触が現れる。


『我が国の最高機密を知った以上、巻き込まれて頂きます』


「お主の妹が勝手にバラしたんじゃろうがーっ!!」


「うぇ!? 一体どうしたんですか師匠!?」


 わらわの突然の叫びに驚いたテイルがビクリを尻尾を逆立たせる。


「なんでもないのじゃ。全く迷惑な……」


 すると今度は足元に紙のクシャリとした音が鳴る。

 ええい! どんな怪奇現象じゃ!


『もしお断りになった場合、色々と不都合な事が起きるかもしれません。例えば口封じのために何故か貴国の宰相からの暗殺部隊が大挙してくるなど』


「何故かも何も口封じって思いっきり言っておるじゃろうがー!」


「うひっ!?」


 リュミエめ。わらわが王位を退いたと知ってこれ幸いと利用しにきたな。

 しかし奴もわらわ達魔族の流儀を知らぬわけではあるまい。

 舐めた事を抜かしてきたのじゃ。ならば相応の報いは受けて貰う事になるぞ。


『とまぁ冗談はここまでとしましょう。今回の件でお力を借りたいのは事実です。相応の対価も用意いたしましょう。また、この件は現在のリンド様にとっても、有益な情報になるかと存じます』


「現在のわらわにとってもじゃと?」


 むむ、リュミエめ、何を企んでおる?

 こやつの事じゃ、最終的には自分が最も利益を得れるようにするじゃろうが、わらわにここまで言う以上は相応の見返りを用意しているという事じゃろう。


「利用されるのは目に見えておるが、あやつが名言しておるのであれば、わらわにとって雄勁なのも間違いあるまい」


 これはもう覚悟を決めるしかないの。

あ奴の妹に貸しを増やすつもりでいくとするか。



「あの~、師匠?」


「よし決めたぞ。メイア、テイル」


「はっ」


「は、はい!」


「わらわ達もエルフの国へ向かうぞ!」


 こうして、わらわは明らかに厄介事が待ち受けているであろうエルフの国へ向かう事を決めたのじゃった。


「まぁ、一番被害を受けるのは仕事から逃げ出したクリエじゃしの。そう考えれば多少は気が楽なのじゃ」

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